第37話:いざ、魔獣狩り
魔獣狩りに行こうとしているアルウィンの襟元を、ルアネはわし、と掴んだ。ぐえ、という声は無視してお互いに向き合った状態になる。
「あなた様、魔獣狩りの件ですけれど」
「言うな」
「フローリアに嬉しい話があるかもしれないのはさて置いて」
「ルアネ」
「何ですか」
「その話は無しだ」
「決めるのは当人同士ですわよ」
めっ、と妻に叱られてしまったアルウィンは、心の底からしょんぼりと、しおれたような顔になっているのだが、ルアネが危惧しているのはそんなことではない。
むしろ母としてフローリアが良い人と結ばれれば、こんなにもめでたいことはないのだが、それよりも気になっていることはある。
「王太后様の横やりが入ると、とっても厄介ですわ」
「……ああ、公爵閣下が王位継承権を永久放棄するに至った元凶の一人だな」
「そうです」
神妙な顔で、ルアネは頷いてみせる。
王太后が何をやったのか、王妃がそれにならって何をしでかしたのか。女二人がしっかりと手を組んであれこれ交錯したものだから、フローリアの親世代は王太后の恐ろしさを良く知っている。
現在の王妃は、かつて王太子妃時代に王太后から『シオン派を黙らせるために、何をすれば良いのか理解しておりますね?』と唆されて、王太后に全面協力した。その過去があるからこそ、アルウィンは念には念を、と今回の婚約破棄に関しては慎重に動いた。
「そういや王太后から手紙が来てたとか、公爵が……」
「それですわ」
「……あ」
ルアネが言わんことを察したアルウィン。
うん、と頷いてルアネも恐らく認識が一緒ではないかと推測し、言葉を紡いだ。
「仮に、フローリアと公爵閣下が結ばれたとて、あの王太后の思い通りになってしまうのです」
「策にはまった感じがするのは気のせいか」
「気のせいではございませんわ」
王太后が何を思って、フローリアをシオンの婚約者に推薦したのかが分からない。
もしかして、万が一ミハエルとアリカに何かあった時のスペアとして、シオンとフローリアを手元に置いておきたいのかもしれない。
ヴィルヘルミーナの用意周到さは相当なもので、だからこそジェラールがほとんど何の障害もなく王位につけた。母として、息子を一人失ったとて自分が最も愛している息子に国王への道を用意したのでは、と囁かれているくらいだ。
「……公爵が既に動いているかもしれんが、当家からも王太后様の行動については少し釘を刺させていただこうか」
「それがよろしいかと。わたくしも少しばかり伝手を……」
「頼んだ」
ルアネの伝手とは、既に他国に嫁いだ元王女。
国王の姉でもあるため、他人が言うよりも堪えるのではないかと予想してのことだ。国王であるジェラールはその姉にとてつもなく弱い。姉が大好きなのか、あるいは弱みを握られているかは分からないけど。
「本日の討伐、お怪我などなさいませんよう」
「ああ、ありがとう」
夫の無事を祈り、妻は柔和に微笑む。夫妻の会話は、これで終了した。
双方が認識していれば、きっと大丈夫だからと感じ、アルウィンは魔獣討伐に向かうべく待ち合わせの騎士団演習場に行くために厩舎へと向かう。
愛馬で行くのが一番だ、と常日頃思っているのだが、どうやらフローリアも同じだったらしい。娘の愛馬がもう居ないから、恐らく先に向かったのだな、と予想できた。
「さぁて………フローリアを閣下が気に入るのか、その逆になるのか………」
もしも本当にフローリアがシオンに惚れたとすれば、親としてきっと祝福はする。めっちゃ腹が立つし、認めたくもないし、王家とも繋がりたくはないけれど。
だがアルウィン自身が妻のルアネとは結構な恋愛結婚をしているがために、頭から反対をすればフローリアのことだ。とんでもない行動力を発揮してしまうに違いない。
「………あーあ………」
先日の二人のやり取りを見て、親としてアルウィンは思った。
ああ、きっとこの二人ならばとても良い家庭が築けるだろう。そして、色んな意味で最強御夫妻になるであろうことも。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「公爵閣下、本日はよろしくお願いいたします」
深々と頭を下げるフローリアと、外行きの笑顔で頷いているシオン。
まさしく美男美女、なのだがそれを見守っているラケルはもう背後からシオンをフローリアの方に突き飛ばしたい気持ちでいっぱいだった。
「ラケル、顔どうにかしろ」
「気のせいでございます、閣下」
にこやかに会話をしている二人だが、副音声はきっちり隠す。
フローリアも今日はいつにも増して、笑顔がキラキラしている。なお、シオンに会えて嬉しいからではない。魔獣狩りに行けることが嬉しいのだ。
「フローリア嬢、怪我には気を付けてね」
「はい、先輩」
「フローリア嬢、怪我した同期がいたら放置で良いからね」
「はいせんぱ………えっと」
「自分で行くって言ったんだから、責任は己にあるの。貴女は魔獣狩りをしっかり経験してきなさい」
「は、はい」
言えない、父アルウィンが魔獣狩りに行くときに、よく連れて行ってもらっているだなんて。
更についでに、倒している魔獣のランクが基本的にBランク以上の危険度が高いものだなんて、言えるわけがない。
いくら実演演習とはいえ、怪我をした同期は放っておけない。なので、そこに関しては先輩の意見は聞かなかったことにしたいが、自己責任は賛成というか言葉の通りなので悩んでいるフローリアである。
「シェリアスルーツ令嬢、大丈夫だ。こちらもそれなりに力はあるつもりだから」
「あ、ええと………は、はい」
そうじゃないんです………と心の中でこっそり付け加えるが、まあ大丈夫かとフローリアは思うことにした。
そうこうしていると、結構なスピードで馬を操り、アルウィンがやってきた。フローリアはひらひらと父に手を振る。
「お父様、お疲れ様です。おはようございます」
「おう。何で先に行ったんだ?」
「待ちきれなくて」
にっこりと笑って言うフローリアの台詞に、何人かの団員が頬を赤らめたが、セルジュの冷静な声で我に返る。
「お嬢様の楽しみは、魔獣討伐の楽しみだからなー」
頬を赤らめた団員はその言葉に『あっ』と呟いて、すぅっと冷静になる。何ならシオンもその一人だ。
まぁそりゃそうだよな、魔獣狩りの方だよな、とうんうん、と頷いている人もいる。
「まぁ………怪我したら放置していくのでそのつもりで。残った連中はメニューを残してるので、それに従って訓練だ!さて、閣下は………」
「こちらの準備は問題ない、今日はよろしく頼む」
「かしこまりました」
各々、手荷物を馬に括りつけ、騎乗していつでも出発できるように待機をしている。
フローリアも、自身の愛馬の首あたりをぽんぽんと叩いて、『よろしくね』と挨拶をしている。家を出るときもそうしたのだが、改めて、ということだろう。
よく懐いているようで、馬はフローリアに甘えるようにすり寄っており、そこだけ見ればとても平和な光景ではある、のだが行先は魔獣狩り。
ひらりと馬にまたがったフローリアは、団長であるアルウィンの号令を待ち、嬉々としているからあまり待たせてはいけないとアルウィンも馬に改めて跨った。
シオンもラケルも、準備できていることを確認したアルウィンは、号令をかける。
「では、出発する!」
訓練場を出て、馬で駆け始める。
少ししてシオンがアルウィンに並び、場所を先導することを提案しているのか、何やら会話をしている。
フローリアは少し後ろを馬で駆けていることや、久しぶりに王都の外に出ていることもあってか、視線が周囲へと向いている。
「(久しぶりだわ………やっぱり外で体を動かさないと、なまってしまうわね)」
のんびり、と言えるのか言えないのかという速度で走る馬からの景色を楽しそうに見ているフローリアだが、時折じっとシオンのことも観察してみた。
「(レイラが閣下をおすすめ、とか言っていたけど………どういう意味で………?そりゃ確かに、とても素敵だとは思うけど………それだけ、だし………)」
未だ、フローリアは恋という感覚が分からなかった。
ミハエルの婚約者として振る舞ってきた時間が長いため、そもそも恋とは何ぞや、という状態。だからミハエル曰くの一目惚れに関しても意味が分からず、ほとほと困っていたのだ。
この魔獣狩りの最中に何か分かるかな、と思いながら、目的地まで馬を走らせていく面々。
「止まれ!」
ふと、いきなりシオンが叫ぶ。
何だ何だ、と全員がほんの少しだけざわついた。
「馬を降りろ、ここからは徒歩だ」
「閣下、ここ………」
アルウィンとセルジュの嫌そうな顔と雰囲気で、ここは危険だ、と何となく想像がついた。
そして一方のフローリアは、一人嬉々としているのだが、今は誰もが目の前のひりつき始めた雰囲気にそれどころではなかった。
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