第34話:興味津々だけだと思っていたら
帰宅して、シオンはずっと気持ち悪いような笑顔を浮かべていた。
「んふふ」
「閣下、とても楽しそうですが」
「楽しくないわけないでしょう?あの子、本当に面白い!」
あぁ、玩具を見つけてしまったのかな、とラケルは思ったが、いや違う!とすぐにさっきのフローリアを思い出した。
あれは玩具どころではない。
シオンの興味そのものを思いきり惹き付けている。
「シェリアスルーツ侯爵令嬢ですか?」
「そう。普通に考えて、髪を掴まれて動きにくいとかいう理由で、自分の髪、ばっさり切る?」
「まぁ……切らないでしょうね。多分」
「でもあの子は切った、しかも成長促進魔法を応用して自分の髪を復活させるだなんて!」
「復活、っていうか髪の成長を早めただけ……で……」
途中でラケルはあれ、と思った。
髪の毛を伸ばす、成長を促す、までは分かるし、髪が短い人に対してやらなくもない。
しかし、後ろ髪だけ。オマケに元あった髪の長さまで、ぴったり伸ばす、というのはなかなか簡単に出来る芸当ではない。
だが、先程の話からするに、かかった時間は数分どころではないだろう。恐らく数秒しかかかっていない。
手をかざす、そして魔法を発動させる、発動と同時に魔力調整をして髪を伸ばす長さを調整する。
これをいとも簡単にやってしまった、ということは、とてつもない魔法の才能がある、と言い切ってしまっても問題ない。
「……考えたらとんでもないですよね……」
「でしょ?多分、あの王太子妃候補にはできっこないわよ」
くく、とシオンは笑いながらアリカを思い浮かべる。
伯爵家令嬢、とは聞いたが、学力に関しては特筆すべきものもなく、かといって著しく劣っているところもなく。学園に通う生徒としては可もなく不可もなく。
王太子妃としてどうか、と問われれば恐らく国の大臣たちは声を揃えて『不可』と答えるだろう。
外交に語学力が必須となるのだが、書けるものの話すことが何より必要であるにも関わらず、話せない、というのだからミハエルが伴侶を選んだ基準も馬鹿丸出しというものである。
顔が好みだから、だけで選んだことがバレバレだし、お前は王太子妃の役割を何だと思っているんだという声が、あちらこちらで既に上がっている。
なお、フローリアを王太子妃候補から外した結果、シェリアスルーツ家が喜びまくった、などの話も聞こえてくるほど。
「はー……ほんと、あんなに将来有望な子が馬鹿の尻拭いすることにならなくて良かったわ。馬鹿には馬鹿を宛てがうのが一番なんだけど、被害を被るのは国民なのよねぇ」
「閣下、王位寄越せってクーデター起こせばいいじゃないですか」
「王位寄越せとか言ってクーデター起こして、うっかり成功してアタシが王になったら嫁という名の王妃を選ばなきゃいけないでしょ、アンタ馬鹿なの?」
「フローリア嬢がいますって」
「おい、結果論としてクソババアと同じことほざいてんじゃねぇぞ」
思わずオネエ言葉が家出したシオンだが、魔獣退治にあんなにもうっきうきになる令嬢はいないだろう。
否定したものの、ラケルは珍しく食い下がる。
「いやでも、閣下の嫁なんてフローリア嬢くらいしかいないでしょう。好みバッチリだし」
「ちょーっとお黙り」
「ぶっ」
スパン!といい音でラケルにビンタをかますシオン。
確かに、シオンの好みを全て兼ね備えている才女といえば、恐らくフローリアくらい。
だが、シオンが気にしているのは年齢差と、何より結婚したら王太后の思い通りになってしまうこと。
「閣下、筋力もあるのにビンタしないでくださいよ!!」
「あ?」
「美形だから無駄に迫力あるんで睨むの禁止してもらって良いですかね」
「馬鹿みたいな抗議してきてんじゃないわよ、もう一回引っぱたかれたい?」
「嫌です」
ようしもう一発、と手を構えるシオンだが、コンコン、と部屋の扉がノックされる。
楽しい会話をしていたのに何だよもう、と思いながらシオンは『はーい』と応答する。
古参のメイドが『公爵閣下、お手紙でございます』と恭しくシオン宛の手紙を差し出してくれたので、はて?と思いながら受け取り名前を確認して、微妙な顔になった。
「……何かしら」
「誰からです?」
「アルウィン」
それって、と何となくラケルは嫌な予感がした。
アルウィンは大層親バカだと聞いたことがあるし、あの厳つい見た目とも反して娘バカに加えて嫁バカでもある。
「……魔獣討伐の回数増やしてやろうかしら、何よりもう……」
そっとラケルが背後から手紙を覗き込むと、たった一行。
『娘はやらん』
笑いたいのを必死に堪えるが、王太后の命令とかガン無視してフローリアと結婚するのが一番シオンにとって幸せの近道ではないか、と思うラケル。
フローリアと会話をしている時のシオンは、とてもイキイキしていた。そばで見ていたから分かるし、普段の何か足りないような感じもなく、会話をしていたのだからこれ以上にいい話は恐らくないのでは、とラケルは思ってしまう。
頭もいい、会話のやり取りを聞いていても、二人揃って魔法にめちゃくちゃ強いのが分かるやり取りのそれら。
フローリア自身の魔力量もとてつもなく多いし、魔獣を倒すときに恐らくフローリアなら核を潰すことなくさくっと殺せそうだ、というのがラケルの正直なフローリアに対しての感想。
「人を何だと思ってんのよあの嫁馬鹿アルウィン!」
「侯爵は娘さんも大層可愛がっておりますし、しかも閣下のお顔を見ても動じないあたり閣下に求婚されるのでは、とか思っちゃったんじゃないです?」
「……ラケル、アンタとっても楽しそうね」
「何言ってるんです?閣下の方が楽しそうですよ。気付いてないんですか?」
「は?」
ラケルの言う通り、アルウィンからの殺意まみれの手紙を見ても、どこか楽しそうにしているシオンがいる。
──そうだ。実際、楽しい。
王太后のあれこれが無ければ……というところまで考えて、あれ、とシオンは思う。
違う、こんなこと思ってはいけない、と本能的に感じた。
「閣下、お顔が真っ赤ですが」
「…………っ!?」
にま、と意地悪く笑うラケルは日々の恨みやら何やらを込めているのだが、実際言う通りなのだから仕方ない。
耳まで真っ赤になるシオンが、これほどまでに楽しいとは思わなかった!とラケルはまたニヤついてしまう。
「(あぁもう……!)」
「そうだ、閣下。知ってます?」
「何よ!!」
にま、から一歩進んでニタァ、と笑ったラケルは心底楽しそうにこう告げた。
「いくつになっても一目惚れってしていいんですよ!」
「お黙り!!」
ばちん、ではなくばっちん、というやたら重たい音が響き、ラケルが吹っ飛んでしまったのだが、シオンは無視した。
「馬鹿ほざくんじゃない!そう、これは一目惚れなんかじゃないんだからね!」
そうだ、一目惚れではないんだ。
ただ、魔法の使い方の繊細さや、並外れた運動能力に興味津々なだけであって、惚れてなんかいない。言葉を交わしたのも、今日が初めてなのだから。多分。小さい頃の話は知らないし覚えてない。あと小さい頃に会話をしていたとしてもそこまで興味がなかった、が本当のところ。
更に、フローリアとシオンの年の差は、十三歳。ロリコンにならないかどうか不安ではあるが、貴族ならば有り得ない年齢差ではないと思いたい。
「思いたい、って何よぉぉぉ!!アタシ馬鹿なの!?」
部屋のソファーに置かれていたふかふかしたクッションを引っつかみ、ばっふん!と床に叩き付けた。
「か、閣下……思いきり殴らないで、ください……いてて……」
「アンタが馬鹿なこと言うからでしょうが!!」
「だって事実ですし?」
吹っ飛んだラケルは復活し、ゲンナリとした様子で言い放ったのだが、今度は頭をわし、と掴まれて超至近距離で顔をつきあわせる。
「アンタの言うこと!!あのクソババアの言うことと同じだからね!?分かってんでしょうね!!」
「知ってますし分かってます」
しれっと呆気なく言い切ったラケルだが、本心だ。
シオンには、一緒に笑い合える人と共に幸せになってもらいたい。
仮に王太后が突撃してきたとしても、平然と受け流せるメンタルの強さもさることながや、シオンの好みからいえばまさにフローリアが適切でしかないから、ラケル的にはさっさとくっついてほしい。今日初めてフローリアを見たが、シオンと並んだらとても映える。なんか色々と。
王位を継がないのならば、シオンにはシェリアスルーツ侯爵家に婿入りしてもらおう、とまでラケルは思っているくらいには、フローリアがシオンにとっての優良物件。
「でも、閣下の好みバッチリじゃないですか。王太后が色々黙ればご結婚とかしたらいいのに」
「シェリアスルーツ侯爵令嬢と!?アンタばっかじゃないの!?」
「へんは、ひはいれふ(殿下、痛いです)」
顔を真っ赤にして叫びながらまたラケルの頬をぎっちぎちと引っ張るシオン。
ダメだ、あの子には真っ当な人と結婚してもらうことが何より大切なのだから。
だから、今は抑え込まなければいけないのだ。シオンは、己にそう言い聞かせた。
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