第5話:大好きな姉妹ですもの

 手配された馬車に乗り込み、レイラは帰路についた。だが、隣にちゃっかり座っているフリッツをまじまじと見つめる。


「ねぇフリッツ」

「なぁに、レイラ」

「どうしてあなたも馬車に?」

「レイラが暴走しないように、かなぁ。表向きは」


 のほほんと言われた台詞だし、これを言われるとおそらく普通の人なら怒るに違いない。

 レイラの場合、何回かやらかしているから『確かに』と納得してフリッツの肩にもたれかかった。


「うっかり暴走しかけたら、止めてくださいます?」

「もちろん。未来の義姉上のことも心配だしね」

「まぁ…!フローリアを心配してくれるなんて、フリッツは優しいわ!」


 あはは、うふふ、と馬車の中でイチャコラする二人だが、これが通常運転。

 フリッツとレイラ、家同士が定めた婚約者同士ではあるものの、波長が合うとでもいうのか大変に仲がいい上にラブラブである。


「多分、フローリア嬢のことだから大丈夫だとは思うんだけど…」

「そうね。だって、わたくしの大好きなフローリアだものね」

「レイラ、理由になってないよ?」

「だって…フリッツ、考えてみてくださらない?フローリアは次期ライラックとしてとても頑張っているの。王太子妃教育よりも当主教育の方が楽しそうなんだもの」

「確か、王太子妃候補になるよりも前から当主教育に取り掛かっているんだっけ」

「えぇそうよ!」


 ふふん、とレイラはまるで自分の事のように誇らしげに、そして嬉しそうに微笑んだ。


「今思い出してもうっとりするわ……。小さい頃、フローリアったら、ドレスを思いきり捲り上げてイタズラをしてきた従兄弟のアイザックの頭に、華麗にかかと落としを決めたの!」

「…………」


 確かそれ、六歳とかその辺だったような、とフリッツは思わずたらりと冷や汗を流す。

 フローリアは父親、母親、そしてレイラとの手合わせを日課として行っており、体の柔軟性もそうだが格闘センスと武器の取り扱いに関して、群を抜いていた、と聞く。もちろん魔法のセンスもあるけれど、前述したものが群を抜いて秀でているそうだ。

 それにしても、弱冠六歳でかかと落としかぁ…とは思うが、やった方も気絶せずに持ちこたえ、『お前何すんだよ!いってぇだろうが!』と貴族らしからぬ口調でフローリアにきゃんきゃんと噛み付いたが、フローリアは無表情で前ぶれなく手を伸ばし、がっちりと従兄弟の頭を掴んで、所謂アイアンクローを仕掛けたうえで、さらには足払いをかけつつ、思いきり、容赦なく床に叩きつけたらしい。

 さすがにアルウィンから『フローリア、ちょっとやり過ぎだ』と叱られたが、『まぁお父様、アイザックのこのやり方、貴族としても如何なものかと思いますが、このままアイザックが成長して他のご令嬢にご迷惑をかけるような青年に成長しても良いとおっしゃるの?』と、のんびり口調は変わらず、しかし目の奥にとてつもない怒りを込めて睨みつけたそうだ。


「僕は今聞いてもフローリア嬢の容赦のなさに、こう…びっくりというか」

「あら、そう?」

「ドレスを捲った方がもちろん悪いんだけどね」

「そうね。アイザックのおばさまもおじさまも、最初はフローリアに対してとっても怒っていたけれど、『このまま成長して、ドレス捲りだけではなく婦女に無理強いするような野蛮な男になっても良いのですか?』って、淡々と聞かれてぐうの音も出なくなっちゃってたわ」

「あー…」


 それはそうだろう。

 身分をかさにきて、自分よりも身分が下の令嬢に対して脅迫をされでもしたら。

 何かあるとしたら本人がどうのよりも、周りに迷惑をかけてしまう。

 アイザックにはあれから妹が出来たので、万が一、いたずらっ子のままアイザックが成長して、うっかり女性に対しての手が早い男性へと成長してしまったら妹の将来に影響が出てしまうではないか、と。

 後々それに気付いたアイザックの両親からは、フローリアに対してお礼状が届いたというが、本人はあっけらかんと『あぁ、あのドレスめくりのいたずらっ子』と笑っていた。

 アイザックの家との付き合いは特に揉めるわけでもなく、普通に仲良くしており、アイザック自身もフローリアと仲違いはしていないそうだ。


「それに、大丈夫よ。アイザックもきちんと反省したみたいだし、いきなりドレス捲ったらろくなことにならない、って幼いうちに身をもって理解出来たでしょうから」

「そもそも失礼だしね」

「そうよ。あ、でもアイザックのうちと我が家、仲良しだから安心してね?」


 フリッツの考えていたあれこれに対してフォローをするように、微笑んでレイラは告げる。

 恐らくレイラの前だからこそだが、微妙な表情になっていたのかもしれないな、とフリッツは苦笑いを浮かべた。


「ふふ、お顔に全部出ていますわ」

「……相変わらず、シェリアスルーツ家の皆様は規格外だなぁ、って思ったんだよ」

「当家ですから」


 くすくすとレイラは笑う。

 普通、だなんて、そんな感覚ではシェリアスルーツ家の『普通』など語りきれるわけがない。

 むしろ、普通でないからこそ成り立っている、といっても過言ではないが、時と場面をきっちり使い分けてはいる。


「フリッツ、フローリアに挨拶はしていくんでしょう?出発前にも聞いたけれど、一応確認させてちょうだいね」

「うん。それと、やっぱり気落ちしているかもしれないし、そうだったら少し言葉をかけてあげられたら、って」

「……絶対に気落ちなんかしていないわよ……」

「いいや、分からないよ。大丈夫だとは思っているけど、王太子妃教育まで無駄になってしまうことじゃないか」

「それはそうなんだけれど…」


 馬車が到着し、何やらゲッソリした執事長のダドリーに出迎えられたレイラは目を丸くする。


「やだ、ダドリー。何があったというの?」

「レイラお嬢様…おかえりなさいませ…」

「もしかして、フローリアったらありえないと思っていたけれどショックを受けて……?!いやだ、フローリア早まったりしちゃダメよ!」


 ダドリーが何か言う前にダッシュで邸宅へと走っていってしまったレイラを、ダドリーもフリッツも呆然と見送ってしまった。


「…えぇと、ダドリーさん…」

「いらっしゃいませフリッツ様…」

「一応聞いていいかな、フローリア嬢は…」

「落ち込むどころか、大変お元気でございます」


 あぁ、うん。やっぱりね。

 そうだとは思っていたし、レイラからも言われていたけれど、もしかしたら王太子妃教育が無駄になってしまったのでは、と嘆いている可能性もあるかな…と思っていたがそうではなかったらしい。

 予想通りだったので普通に声掛けて帰ろう、と決めてから御者に少しだけ待っていてもらうようにフリッツはお願いした。


 通い慣れたシェリアスルーツ家の邸宅に入ると、何やら呆然としているメイドが点々といる。

 先程の様子からして、間違いなくレイラの暴走っぷりを見て、メイドたちが驚いてしまったに違いない。

 フリッツが通り過ぎると慌てて『申し訳ございません、ご案内もせず!』と走ってきてくれたのだが、レイラの行先なんてわかっているのだから、『大丈夫だよ、ありがとう』と告げてそのまま歩いていく。


「本当に大丈夫なんでしょうねー!」


 歩いていると、突然聞こえてきたレイラの絶叫。


「あ」


 声の聞こえた方向に歩いていくと、案の定フローリアの部屋の方向から絶叫は聞こえてきたものだった。

 さて、どんな風にレイラが暴走しているのだろうか、と少しだけ心配して、フローリアの部屋の扉をノックしようとしたところ、部屋の中から先に扉が開かれた。


「まぁ、フリッツ様。こんにちは」

「こ、こんにちは、フローリア嬢」

「ちょっとフローリア!わたくしのお話を聞いていらっしゃって?!」


 三者三様とは恐らくこれか、とフリッツはちょっとだけ遠い目をしている。

 ドアを開けてくれたフローリアはいつもの、のほほんとした柔らかな笑顔を浮かべてくれているが、腰にはべったりとレイラが引っ付いているという異様な光景。

 レイラ、君ホントにフローリア嬢が大好きだね、と心の中でこっそり呟いてから、フリッツが苦笑いを浮かべているのに気付いたフローリアは、腰にべったり引っ付いていたレイラを容赦なく引き剥がした。


「レイラ、フリッツ様を放置して何しているの。めっ」

「え?」

「レイラ、また暴走したね?」

「う…」


 口を少しだけ尖らせるレイラはとても可愛らしいが、引き剥がされたままなので、割と異様な光景なのは変わっていない。

 両手首をがっちりフローリアに捕まれ、腰に抱き着かれていた状態からべり、と手を引き剥がしてほんの少しだけ筋力強化をしてレイラを持ち上げ、無理やり立たせている。


「大丈夫ですわ、フリッツ様。レイラのこれはいつものことですもの。フリッツ様こそ、ご心配いただきましたようで、誠にありがとうございます。とても嬉しいですわ」

「いえ、そんな!…でも、本当に良かったんですか?」

「そうよフローリア!でも一応聞かせて、王太子妃にならなくて良かったの?!」

「えぇ…」


 珍しく嫌そうに顔を顰めたフローリアは、迷うことなくはっきりきっぱり、こう告げた。


「そもそもなりたくないんだもの。婚約破棄してくれてありがとうございます、とお礼状を書きたいくらいですわ!」


 あー…、と呟くレイラとフリッツの声は綺麗にハモり、ついでにようやく駆け付けたダドリーは『あぁぁぁぁ夢だと仰ってください神様!』と何故か打ちひしがれている。

 恐らく、古くからいる使用人だからこそ、フローリアの経歴に傷がついたことを嘆いてくれているのだろうが、本人はケロりとしている。

 何ともまぁ、真逆な主従なのであった。

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