オネェな王弟はおっとり悪役令嬢を溺愛する

みなと

第1話:婚約破棄劇場、開幕

「本日をもって、お前との婚約を解消させてもらうからな!約立たずのナマケモノ風情が!」


 恐らく、婚約破棄を突きつけられれば怯むと思っていたのだろう。

 ついでに、泣いて許しを乞うとも思っていたのだろう。


「はぁ、どうぞ」


 真顔のまま、悔しがりも、泣きも、縋りもせず、ライラック・シェリアスルーツは頷いた。


「へ?」


 心底興味無さそうに、もう一度ライラックは大きく頷く。

 そしてこれまでの王太子妃教育で培ったであろう、とても綺麗なカーテシーをしてから改めて王太子であるミハエルに向けて、はっきりと言った。


「婚約破棄の旨、承りました。手続きの書類は当家宛にお送りくださいませ」


 あれ?え?と婚約破棄を突きつけた張本人のミハエルは、目をぱちくりとさせている。

 どうしてそんな顔をしているのか理解できないライラックは、真顔のまま特に表情を崩すこともなく、すっと姿勢を正して回れ右をした。


「お、おい、ライラック!」

「恐れながら、殿下に申し上げます」


 きゅ、とハイヒールの底を鳴らして回れ右をしたライラックは、再びミハエルに向き直った。


 なお、婚約破棄を告げた場所は、卒業を間近に控えたダンスパーティーの予行演習の会場。

 在校生が一同に揃い、いきなり始まったこの婚約破棄劇場に、何だ何だと興味津々である。


「わたくしとの婚約を破棄されるのであれば、婚約を結んだ際に取り交わした書類に基づきまして、速やかにお手続きをお願いいたします。また、我が父にはわたくしよりご報告いたしますので、ご安心くださいませ」

「へ?!」

「では、失礼いたします。皆様方、お騒がせいたしまして大変申し訳ございませんでした」


 またもや完璧なカーテシーを披露して、ライラックはそのまま会場を後にする。

 さっさかと出ていってしまったライラックに手を伸ばすけれど、伸ばした先にもう既にライラックはいない。


「何の躊躇いもなく婚約破棄を受け入れる令嬢がどこにいる?!」


 いい歳をして地団駄踏みながらそう叫んだミハエルだが、会場にいる全員の心の声は一致した。


「(ここにいたんだよなぁ…)」


 あまりにもあっさりと婚約破棄を受け入れただけではなく、その先の手続きのことまで告げた上で、ライラックはこの場から退出してしまった。

 運悪く、というかタイミングがあまりに悪かったことも災いした。

 この出来事は、一気に全校生徒に広まっただけではなく、その家族にまで全て広まってしまったのだった。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「さて、書類をどこにしまったかしら」


 先生には早退の旨をさっさと告げ、慌てている担任に『殿下自ら婚約破棄をご希望ですし、早々に手続きの必要がございます。即ち、火急の事態ですわ』と、淡々と告げたライラックは早退届を受理してもらって、帰宅した。

 勿論ながらライラックの家では、滅多なことでは早退も何もしてこない娘が帰ってきたことで、小さな騒動になってしまっていた。


「お嬢様!お嬢様、あの、失礼いたします!」

「まあ珍しい、お前がノックを忘れるなんてあるのね」


 のほほんとした口調で、ライラックは本棚の中を何やらがさごそと漁っている。

 シェリアスルーツ家の執事長、ダドリーは慌てて走ってきてしまって、しかもうっかりドアのノックを忘れて突撃をかましてしまった。

 ライラックは特に気にすることもなく、のほほんと返事をしてから、引き続き本棚の捜索をしている、


「お嬢様……一体何を…?」

「えぇとね、婚約したときの書類の控えを探しているの」

「一体、何でまた…」

「婚約破棄するんですって」


 にっこにこのライラックと、ぴしりと動きを止めた執事のダドリー。

 対比的な二人だが、ライラックは手をとめずにがさごそと書類をさがしつづけている。

 ゴーイングマイウェイとはまさにこれか、と思っていたダドリーだが、現実逃避を止めて我に返り、頭痛を堪えつつライラックに問いかけた。


「お嬢様、あの…ちなみに婚約破棄は、どなたが言い出したことで…?」

「殿下に決まっているでしょう」

「お嬢様から、ではなく」

「わたくし、あの人との婚約だなんて正直なところどうでもいいのだもの。お父様と国王陛下にどうしても、と言われたから…あと、殿下の意味のわからない戯言にお付き合いしたからこその婚約よ?」


 えぇ…と戸惑いの声を上げるダドリーだが、ライラックはどこまでも飄々としている。


「……あらいやだダドリーったら、そんな顔しなくても」

「お嬢様…」

「なぁに?」

「本当に婚約を破棄されてもよろしいのですか?!お嬢様の未来にとんでもない傷がつくのですよ!」

「我が家の役割を考えれば、大した問題ではなくない?むしろ好都合よ」

「そ、それは」


 シェリアスルーツ家の役割は、主として緊急時の魔獣退治を含めた国防をメインとし、王立騎士団の主要メンバーとして、何ならライラックの父は騎士団長として現役バリバリで働いている。

 今は確か国境付近に魔物が出たからと、討伐部隊を率いて我先にと向かったはずだ。

 副団長から『団長が意気揚々と出陣してどうしますか!』と怒られたそうだが、『それが騎士団だろう、あっはっは!』とまぁ、何とも豪快に笑い飛ばしていた。


「それに、その任にはわたくしもそろそろ参加する必要があるわ。何せ、わたくしは次のライラックなのだから」

「お嬢様…」


 ライラック・シェリアスルーツ。

 これは、『この人がシェリアスルーツ家の当主ですよ』という意味での、いわば通り名でしかない。

 シェリアスルーツ家の家紋は、国を守る盾の中央にライラックの花がデザインされている。

 次期当主となるものは、『ライラック』という名前で呼ばれることで、『この人が次のシェリアスルーツ家当主ですよ』と他の貴族たちに認識をさせているのだ。


 なお、シェリアスルーツ家当主をどうやって決めるかは、本家、分家から適齢の男女問わずを集めて、三日間の何でもありな勝ち抜きトーナメントを行う。

 それに加えて日頃の成績も加味され、継承順位が決められるのだが、次代の『ライラック』は先程婚約破棄されたばかりの少女。


 本名を、フローリア・レネ・シェリアスルーツ、という。


 艶やかなストレートの、腰まである黒髪は一つにきっちりとまとめ上げられ、少したれ目がちな翠色の瞳に見えるのは優しさである。

 勝ち抜きトーナメントをぶっちぎりで優勝しているので、勿論筋肉はついているが、フローリア曰く『ムキムキは嫌なので、頑張って筋肉のつき方を調整しました』というくらい、細マッチョ…だが、いい感じに脂肪もあるのでいかにも、な筋肉ムキムキには見えない、令嬢らしい体つき。

 幼少期にいたずらっ子の親戚によりスカートめくりを仕掛けられ、親戚一同の前でパンツを披露させられたフローリアがブチ切れ、親戚の子の脳天に華麗にかかと落としをキメたので、『あいつ多分次のシェリアスルーツ家当主だぞ』と大人たちの間で囁かれていたのは、本人は知らない。


 普段はおっとりしていて、令嬢のお手本とも言われるくらいにお淑やかだが、学園で王太子に絡まれているときは何とも言えないくらいに無表情になっている。

 なるべくおっとりを心がけているらしいが、如何せん王太子が嫌いすぎて、ついうっかり無表情になることの方が多い。

 そのため、『シェリアスルーツ家のご令嬢は家柄に胡座をかき、殿下の好意を無下している』という不名誉な噂もあるが、本人は一切気にしていない。


「…お嬢様、とはいえまずは旦那様にご報告をですね…」

「事後報告では駄目かしら。ほら、書類を整えなければいけないでしょう?」

「駄目です!」

「えぇ……」


 ぷく、と頬をふくらませるフローリアはとても可愛い。可愛いのだが、物には順番がある。

 ダドリーは、シェリアスルーツ家の使用人の中でもフローリアを可愛がっているランキングでトップに君臨しているが、そこは心を鬼にした。


「まずは旦那様にご報告!良いですか、報連相は怠ってはなりませぬ!」


 普段は甘いダドリーだが、こういう時ばかりは駄目か…とフローリアは内心こっそり舌打ちをしたのであった。

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