それは、終わったはずの恋だった
翠川稜
第1話(高瀬side)
1週間前。
わたしは振られた。
いままで恋愛なんてしなかった……とは言わない。
普通に付き合ってきた彼氏はいる。
ただ、その恋愛の終わりはいつも自然消滅だった。
だから……。
「ごめん、美咲には悪いと思ってる」
明確な恋の終わりを告げられたのは、これが初めてだった。
けどさ、30歳。つきあって3年目で、じゃ、そろそろ結婚でもっていう時期でこういう明確な終わりってあるかな。
目の前に座ってる男女を見つめて深々とため息をついた。
これが根性悪そうで、キモが座ってそうなタイプなら、じゃあ具体的な賠償について弁護士はさんで話し合おうかってところなんだけどね。
つまり、あれよ。
27歳から付き合って3年、27歳で付き合い始めるってことは、結婚も視野に入れてもおかしくないよね? だからもう30の大台にのったことだし、そろそろ結婚について具体的な話をしようかと思ってた彼氏から、実は付き合ってるわたし以外の女の子と深い関係になり、おまけにその子に子供ができたので別れたいと、そう言われたわけだ。
「わかった」
ショックといえばショックだが、一番ショックなのはこの自分の冷静さだ。
思えば半年ぐらい前からやばかった。
仕事が忙しいのはもちろんだった。
最初こそは、会いたいなーとか思ったし時間も作ってたけれど、毎日の電話も億劫になったところでやな予感はしたんだ。
あ、これはあかん、これはいつものヤツだ、このまま音信不通で終わるかもしれん……そんな漠然とした予感。
周囲が結婚だ妊娠だ出産だと、女として次のステージに上っていく中で、一人出遅れるそんな予感が漠然とわたしを包んでいたのが、その仕事が忙しい時期の半年前のことだ。
「まあ、平坂君は……誠実だから(そんな男が二股するかどうか、隣に俯いて鎮座してるどーも見ても23、4の女子には判断つかないだろーが)黙ってフェードアウトしないで、言ってくれたんだろうし」
「美咲……」
「しかたない、幸せにね」
「冷静なんだな」
「……あのさあ、ここでわたしが、嫌だどーのこーの喚いても、どーにもならんでしょうが、その彼女の状態じゃあさあ、これが、わたしと同い年だったら、法律事務所のフリーダイヤルに電話して賠償求めるね。式場について話し合おうっていってたのにこれだし、そういう案件なわけでしょ。話し合いの段階で早めの申告だったから、わたしもうだうだ言わないだけで? もしかして平坂君はそういう覚悟で『冷静』ってわたしに対していうのかな?」
「ごめん」
じゃあ黙ってなよ。
うん。あれだ、周囲がわあわあ騒ぐからって、じゃあ自分もそろそろ結婚しちゃおっかなーとかはやめれと、天の啓示だなって思おうとしてんだからさ。
だいたいこの状況の男が何言ったって、ダメじゃない? 口開くなら謝罪一択でって話でしょ。
それともナニ?
あたしがあんまりにも冷静なんで実は自分のほうが弄ばれてたとか思ってる?
「話がそれだけなら、あ、これ、合鍵返すね、平坂君のところに、わたしの荷物とかはないと思うけど。じゃあね」
コーヒー代ぐらいはお前が払えよって話ですよ。
わたしはさっさと立ち上がり店をでた。
◇◇◇
けどさ……やばいのよ、このショックじゃないのがやばいのよ。
たった今別れた元カレの言う通り、冷静すぎんじゃね? ってところがやばいのよ。
あーあーこのままずっとあれ? お一人様ってやつですか?
2ヶ月前に30になったし?
脳内がめっさ結婚否定のうえ、独身ポジティブ思考に覆われはじめてるんですけど。
いまここで結婚したとしてよ? 仕事どーすんの? 子供は? 具体的な生活設計の見通しをきちんとヤツと話し合えた?
否、二人でなんとかしようよ的な答えはいらないのよ。二人でなんとかしようよ、ってことは、わたしになんとかしろってことだよね? 絶対そうだからっ!
ストーカーとかDVとかギャンブル狂とか借金もちとかマザコンとかそーじゃないから、安心して付き合ってた部分はあるけどさ、あーあーそうか浮気癖とかは見ぬけなかったか。それは、わたしがダメだろう。
つまり、そういう男だったわけだ。
結婚? なしなし。
そりゃ、優しいし、頼りがいあったけど、肝心要のところで、こっちに結論持ち込んできたヤツだった。
あー……もうそう思えてしまうところが愛がないってことだよね?
それで結婚したらダメだろ。
そういうところがあっても、ひっくるめてずっと一緒にいたいとか、仕事よりもそっちが大事とかそういう気持ちがあればいいのに、それがまったくなくなってるこの状態で結婚とか無理無理無理。
相手を責められないから、冷静でもある。
ヤツも不安だったろう。
仕事とはいえ深夜帰宅とかまじで仕事かよとか思ってただろう。口にしなかっただけで。クライアントと交渉入ると、そうなるんだって説明したって同業種じゃないもんは理解できないだろうし。
家事とか育児とかを一緒に~とはいうものの、男だから世帯主として嫁と子供を食わせて……とは思ってるから、わたしが仕事を辞めて、もしくは仕事のペースをおとして、果たして生活が成り立っていけるかとか。
わが身を振り返ると男にとっても不安案件なわけですよ。
うん。だめだ。
こうして独身が増えていくんだ。
いいんだ別に。
こういう社会が悪いんであって、わたしもヤツもたいして悪くない。
……でもなんかムカっとするな。
なんでだ?
◇◇◇
「それは、その元カレには嫁も子供もすぐさまできて第二ステージに入って、高瀬を切ったからじゃね?」
「え……そこ?」
「そこだよ、そんなわけで、はい帰り仕度して」
「はえ?」
「本日は藤城ハウジングさんとの面通し的な飲み会でーす。高瀬の企画を採用してくれたんだから、高瀬が顔出さんとやばいって、話だろ」
「え……明日、朝一で現場にいくんですけど飲み会って、鬼ですか?」
「うちみたいな弱小事務所にはありがたい取引先なんじゃ、支度しろ」
大手スポンサーに逆らえない宮仕え……。
この間のコンペで大手ハウジングとの契約がとれたのは、半年の時間と彼氏との関係を犠牲にってところか。ボーナスぐらい色をつけてくれるんだろーなこの事務所。永遠の愛(笑)を手に入れそびれた女には、自力で稼いだ金ぐらいしか満足得られないんだよっ!! だいたい大手ハウジングメーカーとの飲み会っていっても接待だよな。
おっさんのご機嫌取り。
あーすみません、どんだけお前上から目線だよ、お前みたいな女に接待されてもうれしかねーよ、だいたい、女だからって理由で上がとったんだよ、性別上は女なんだから、酌の一つもしやがれってことですか。そーですか。
「高瀬、ぶすくれてるな」
「ブスですけどなにか? 結婚しようと話をはじめようとしたところで、若いねーちゃんに彼氏寝取られるぐらいにはブスですけどなにか?」
「……だから……その件についてはまた改めて、きいてやるから、今日はいつものように」
「いつものように?」
「アタクシ出来る女です的な雰囲気で」
「じゃあ、ブスくれてても問題ないですね」
「弱小事務所なんだよ、頼むよ」
乗り込んだ地下鉄のドアが開くと同時に足をホームに踏み出す。
「チっ」
「うわ、舌打ちしやがった、コイツ!」
「やりますよ、やりますよ、やればいいんでしょ、才能あふれる若き新進気鋭のインテリアデザイナー的な雰囲気で、にっこり笑って、御社とお仕事ができるなんて光栄です的なことをいっときゃいいんですよねっ」
ピっとICカードをかざして改札を抜ける。
「あーまー……高瀬はまじで実際才能あるから、ほら、今回のことは非常に残念だったけど、お前には仕事があるじゃないか」
さ・い・の・う?
才能だとう?
あるか! そんなものっ!!
小さいころ貧乏で、団地住まいで、どんなに小さくても一戸建てとかのお友達のおうちに憧れて、憧れのおうち、自分で住むにはどうしたらいいかなーとか想像するのが楽しくて、それを仕事にと思って勉強して、学生の頃にコンテストとかだして、大手事務所に就職とか思ってたんだけど、コンテストとかは最終選考どまりとか次点で就職活動にインパクト欠けて、学生結婚した妹の婚家が弱小とはいえ、そこそこのメーカーさんと取引のあるデザイン設計事務所で縁故で入っただけ。
才能なんてあるかああああ。ばかあああああ。
全部、みなさんのおかげです。そいうことじゃね!?
「皆川さん……才能なんて、ないんですよ。コンテストでも金はとったことないし」
「いやいや、選ばれるだけ、候補にあがるだけでも才能あるって! 三年やっても日の目をみないやつはみないからね! このギョーカイ! そんな高瀬には申し訳ないと思う。接待の仮ホステス扱い! だが、この機会に大手さんには顔と名前覚えてもらって、次につながるから!」
「皆川さん……優しい……」
「惚れるなよ、オレは嫁と娘にぞっこんだから」
「もげてしまえ、クソリア充」
たとえ相手が上司でもこういうことが言えるのは、縁故で入社した弱小インテリア設計事務だから。
少人数精鋭で、私以外は女性も男性も既婚者で、家族ぐるみのお付き合いだ。
アットホームな社風といえば聞こえはいいが、社内恋愛のレの字も出てこない。
映画やテレビドラマにあるような社内恋愛とかって、めっちゃ憧れるわ。
この会社にいる限り絶対にありえんがな!
どこかにいないもんかね、皆川さんがいうように、才能あるからぜひうちで、ってヘッドハンティングされないものかね。
……女子として、恋愛結婚にヘッドハンティングされないんだから、せめて仕事でそんぐらいの夢を見てもいいじゃん。
いいじゃん……。それぐらい。夢みてもさ。
妄想するだけならただなんだから。
◇◇◇
「御社とお仕事ができるとは、思ってもいませんでした。今回のコンペで、弊社を取っていただいて光栄です」
皆川さんに言った言葉をもう一度、言ってみた。
てか、それしか言えないし。
クライアントの要望とかを聞くわけじゃないからほかにどーいえばいいのさ。
「いやいや、うちの新たなシリーズは是非、若手でってことで社長の言葉があってね、高瀬さんのデザインはいいですよ。住みやすい空間、機能的なキッチンに、寛ぎのリビング、動線の配慮が実用的ながら、古臭さは感じない。高瀬さん建築士の資格もお持ちなんでしょ?」
うむ。
さすが大手ハウジングメーカー企画部長。本来こっちが接待側なのに、何この卒のなさ。女ってだけで舐められるこの業界にきて、それを見せない。
こわいわー失敗したらと思うとガクブルだわ。現場で女のくせにしゃしゃりでやがってとかでデザイン指定に耳を貸さない職人のおっさん達のほうがまだわかりやすくて扱いやすいわ。
「はい。一生の買い物ですから、クライアント側の納得のいく空間作りの為に図面を見るだけでなく描けることも必要と思ったので」
「若いのにたいしたものだね。今日はね、今後、高瀬さんと一緒に仕事をしてもらう、うちの設計グループの若いのをつれてきてるんですよ。梶谷」
……そして紹介されたのは、スーツ姿に隙がなく、人当たりよさげな笑顔をしたイケメンだった。
「梶谷です」
……だけどこの顔と名前は知っている。
お久しぶりですというべきか、初めましてというべきか……。
わたしの記憶にはあるけれど、この男はわたしに対して印象はないかもしれない。
「高瀬です、はじめまして。よろしくお願いします」
この挨拶が正解で間違ってないはずだ。
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