7話 機人《ケルビラス》と《エリゴール》




 眼前に突如として広がった異形の群れに、リーレニカは白銀の世界による解析を急ぐ。

 「機人を量産する機人」剛腕の貴婦人エリゴールに、「唄を聞いた者を老化させる機人」病弱な唄鳥ケルビラス。

 そして、エリゴールの産んだ巨大な赤子。闇の天蓋てんがいを下ろしたようなスカートがゆらめくたび、次々と凶悪な天使が現れ、四肢を突いて産声を上げてくる。


「サーカスというより地獄みたい」

「せめて博物館ミュージアムと呼んでいただきたいものだ」


 ヴォルタスはステージの中央で余裕そうにしている。装飾を施された赤い椅子に深々と腰掛け脚を組む奇術師は、薄ら笑った。

 一方、白銀の世界に映る光景は、機人の体内で循環するマシーナウイルスの色を幾つものネオン色に変質させている。

 マシーナ性質が不明ゆえ、急所や脆弱性ぜいじゃくせいといった情報が一切入ってこない。

 たまらず思念会話に切り替えた。


Amaryllisアマリリスまだ?』

『ワシは奴らの本質を理解しておるが、お前達人間に伝える表現がない』

『威張ってる場合じゃないのよ』

『違うわい。アレはお前達の理解の外に居る生き物だと言っとる』


 今まで的確な情報を提供してきたAmaryllisアマリリスがここに来て初めてする要領を得ない物言い。リーレニカはやや動揺した。

 持ち前の知識と白銀の世界に映し出される光景から自力で理解しようと試みる。


 ――まず、機人化には階層レイヤーという指標がある。

 それは言い換えれば「人間から機人という異形」になるまでの、五段階の秒読みカウントアップだ。

 目の前のソレは既に階層レイヤーなどと言う次元に居ない。図鑑にすら掲載されないような、稀有けうな症例だろう。

 Amaryllisアマリリスが言語化できないのは、高位生命体としてあまりに本質を捉え過ぎているからに過ぎないはずだ。

 少しレベルを落とせば、上澄みだけでも理解できるのではないか。

 思考を巡らせていると、チャンネルを切り替えたような雑音が脳内を掻いた。すぐに聞き覚えのある、調子の良い少年の声に代わる。


『やっと繋がったぜ。水くせえな。困った時はオレを呼べよ』

「ソンツォ?」


 思わず声が出る。

 ヴォルタスはいぶかしげにリーレニカを見る。構わず走り出した。

 敵が増え続けている状況下。下手に動けば状況を掌握する前に謎の力で畳み掛けられ殺されるだろう。ただ、いずれにしても仕掛けなければ巨大な赤子の物量で圧殺される。

 機人を刺激しないよう、あらゆるデバイス機能を制限する必要がある。まずは仮面デバイスの接続を切り、仮面の立体構造を半分まで格納させた。

 目元があらわになり、視界が開ける。

 即座にリーレニカを隠していた漆黒の衣が原型を失い、コウモリスカートの姿を露出させた。

 謎の黒い半球ドームで外界と隔絶され、ヴォルタスにはこちらの正体が割れている以上、この場で仮面は必要ない。

 人の身で赤子の隙間を縫うように疾駆した。

 赤子達の鳴き声が重なる。轟音となって大気を震わせた。


『う――っさ! 保育所にでもいんのか?』

『敵とエンカウントしました。機人二体に、量産体が十。兵器型を使用する男一名です』

『そのマシーナ反応全部機人か。オーケー。管制室と同期しろ。解析してやる』

『了解――同期完了です』


 白銀の世界が変質する。

 初め、真っ白なキャンバスに生き物の輪郭だけ描いていた景色だったが、青白く明滅すると――姿形を取り戻し、「視界情報を解説する文字」が無数に浮かんだ。

 非現実的な仮想空間に放られた錯覚を覚える。劇場のスクリーンに映し出された、体験型アクション喜劇を見ているような浮遊感に近い。

 組織の管制室と視界を共有した戦闘支援システム。所謂いわゆる、「拡張現実」だった。

 進路を妨げるように短い剛腕を振るう赤子。飛び退き、再び半球ドームの中央を目指しつつ逃げ回る。

 ソンツォがノリの良いタイピング音を奏でながら上機嫌に言う。


『よーく見えるぜ。機人の『成体』か。レイヤーになってからかなり時間が経ってるな』

『それで?』

『「めちゃくちゃつえー奴になった」ってことだ。機人は〈階層レイヤー〉があるだろ。大体の人間様は人の形を残そうと、〈マネキン〉っつー幼体で機人化の成長を止めるんだ。つまり「機人の赤ちゃん」だな。んで、レイヤーを踏み越えた奴は成体っつー「完全体」になる訳だ』

『秀才少年様のお勉強会してる場合じゃないのよ』


 いよいよ敵の手数が増え始め厳しくなっている中、温度差の異なる組織の管制員は謎に上機嫌になる。


『まー秀才って言ったらオレしか居ない訳だが。レニカ嬢ちゃんが知ってる言葉で言うと、幼体のマネキンを意のままに操る上位種――つまり「司令塔コマンダー」って種類の機人が居るだろ? あのどデカいの女がソレだ』

『あの巨人をエリゴールと呼んでいました。赤子を産んでます。いずれも量産型の機人です』

『それは幼体だな。見た目赤ん坊だが、得意の弾道スペツナズナイフで腕でもブッ刺してやりゃすぐ溶ける。宝石――マシーナ・コアが無いだろ? ありゃデク人形と一緒だ』

『ところで、逃走は?』

『ダメだ。リーレニカを囲んでる半球ドームは几帳面なマシーナ配列で、どデカい重機でも持ってこねえと物理破壊はできねえ。こいつ作った奴はかなりの職人だな』


 ここまでやり取りをし、リーレニカは次に効率的な選択肢を問う。


『召喚者を殺せば止められませんか?』

『さすがエージェント。勘がいいな。あのマジシャンと浮いてるカードは、マシーナウイルスを循環させて繋がってるぜ。だいぶ複雑な接続だがな。マジシャンの意識が無けりゃ、機人もただのマシーナ粒子になってバラバラになるだろう。燃料切れの戦車同然さ』


 ならば話は早い。

 既に広いステージを埋め尽くすほどの「赤子」が量産され始めている。

 リーレニカは瞳を金色に輝かせた。


「杭打ち――〝一本〟」


 赤子の巨大な手が地を叩くと、リーレニカの足が床から浮いた。構わずスペツナズナイフを射出する。

 体勢を崩して放たれたナイフは、頭上でそびえる貴婦人――エリゴールの眉間へ飛翔した。


「それは届きませんよ」


 ヴォルタスは頬杖をついたまま、床へ背を打ちつけそうになっているリーレニカを見物する。

 ナイフは頭上で失速し――角度を変えた。

 宙で刃が歪な光を反射すると、推進力を得た切先はヴォルタスの首へと吸い込まれる。

 それは不自然に停止した。


「だからそう申し上げたのですが」


 ヴォルタスのシルクハットを切り裂くはずだったスペズナズナイフは、不可視の力でそこから先へ進めなかった。

 運動エネルギーを捻じ曲げる〈杭打ち〉は、既にアルニスタへ使ったデバイス機能だ。ヴォルタスに割れていてもおかしくなかった。

 即座に回収を諦め、ワイヤーを柄から外し、大腿部から替刃を装填する。

 視界に解析結果が映し出される。

 黒い半球ドームと同じ性質を持つマシーナ粒子が、ヴォルタスを囲む柱となって護られているようだ。


『そう言えばもう一体居たんだったな』


 ソンツォの間延びした声。

 フードを目深に被った鳥人間がステージの一番奥で杖を掲げている。


「ケルビラスはただの病ではありませんよ」とヴォルタスの退屈そうな声。


『あいつ「発声」でマシーナを動かしてるな。マジシャンを守ってるのは鳥野郎の機能か。生き物の構造じゃねえから、言葉だけじゃリーレニカに講義できねえけど』

『ケルビラスという機人です。大昔に村人全員を老衰させた少年がモデルだと』

『「唄を聴いた奴を老化させる」ってやつか。実物見るのは初めてだが、仕組みは単純だぜ。「耳塞いでも老化させる」んだ』

『どこか単純なんですか』

『あの時代にはデバイスなんて便利なもん無かったからな。俺たち人間にはどうしようもなかったって意味で単純なんだよ』


 白銀の世界にソンツォの補足情報が次々と並べられるが、いちいち見ていられない。

 少なくともあのケルビラスという老いた鳥人間が厄介だ。まずはそこから叩く必要がある。

 そこまで考えたところで、視界情報の一端にふと意識が向く。偶然ではなく、ソンツォがリーレニカの意識しそうな位置に必要な文字情報を添付したのだろう。

 嫌な汗が頬を伝う。

 ――これを使い続けろと?


「もう勿体ぶる必要ないでしょう? これ以上隠すなら、こちらも容赦しませんよ」


 ヴォルタスの苛立ちを含んだ声音こわねに続き、最奥のケルビラスが極めて低い声で唄い始めた。

 唄というより、一定の音程をなぞる経読きょうよみに近い。

 次の瞬間、ケルビラスを中心に悪性マシーナが爆発的に増殖し始めた。

 どす黒い霧。ある種、おびただしい羽虫の群れで出来た津波を見ているようだった。

 全身をまさぐられるような不快感が押し寄せる。

 ソンツォがやや真面目なトーンで警告した。


『いいからやれ。死ぬぞ』

「――〈とばり〉」


 全身を夜空色のカーテンが覆う。

 床から当てられたスポットライトの光も通さない、マシーナ由来の保護膜が形成された。

 本来は隠密行動時に、他者から目撃されるリスクを想定したデバイス機能。あらゆる情報を外界と切り離すための秘匿のヴェールだ。

 ただし。

 それはケルビラスの唄すらもシャットアウトした。


「ほう? 生体型にそんな使い方が」

『言う通りにして良かっただろ?』


 目には目を。マシーナにはマシーナをと言うところか。

 白銀の世界は既にどす黒い虫の霧で覆い尽くされている。虫に見えるのは、ケルビラスが「発声でマシーナ操作」する特性によるものだろう。ここまで細かく、無数の粒子を動かせるのは人間業ではない。

 とばりも長時間の維持は厳しい。

 用途はあくまで隠密のためであって、戦闘ではない。

 生体型デバイスによるとばりは、狐面デバイスとは異なり、纏う全てのマシーナ粒子を精密操作している。

 このままとばりを展開し続ければ、Amaryllisアマリリスの稼働エネルギーとする血中マシーナが汚染され続け自滅――機人化してしまうだろう。


『長期戦には向きませんね』

『当たり前だ。お前戦士なんかじゃないだろ』


 機人殺しはプロのお前がやれと言うことか。

 リーレニカは深くため息をつく。

 そして見開いた。


 ――まずは機人からね。


 とばりを展開した時点で、機人特有の「マシーナを視る感覚器」が刺激される。

 よって、赤子はおもちゃを見つけた無邪気さでリーレニカへ殺到した。

 観察はここまでだ。

 赤子をナイフで殴り切ると、ソンツォの情報通り容易くその形を瓦解させた。

 鉛色の濁った粒子が噴出。滞留し、大気をさらに汚す。

 すると。


『あ、お前だろ』


 今までそこに立っているだけだった巨大な貴婦人――エリゴールが、ヒステリックな叫び声を上げて活動を開始した。

 人の言葉を借りれば、子供を壊されのである。

 細い体でよく持ち上げられるものだというべきか、とにかく、石柱の如き巨腕が持ち上がると、リーレニカ目掛け一直線に振り下ろされた。

 轟音が劇場を震撼しんかんさせる。

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