七転八倒 それでも歩みは止められない

「俺は運命の出会いを果たすのかもしれん」


「そんなお伽話、叶うとは到底」


「思えなくても、信じてるんだ」


「過信は盲目に変化へんげするよ」


「やっぱ、これからの子供の教育方針的にも動物の気持ちを知るってのは、大事だろ?」


「……。どんな場所でも、安心安全だしね」


「そうそう」


「将来設計には少し気が」


「王道な犬か猫。いやいや敢えての遺伝子改良した魔物も」


「莫大な使い魔の服従契約費を賄える完璧な職選びと屑が過去に犯した商人警護のトラブルを解決しないと、始まらないと思うけど」


 住所も職歴も無く、引越し先の連帯保証人はおろか周囲の勇者としての絶対的な視線と意識に耐えかね、王都の繁華街から即離脱。


 運良く追っ手から免れてはいるが、いつ何時誰に襲われてもおかしくないよなー正直。


 まだ――此奴の立ち位置もわからないし。


「へーこんな種類があるんだね」


 愛らしい子供らしからぬうっすいリアクションで到着の程を改め、俺らは内部へ侵入する。


「おぉ〜これはこれは勇者様!」


 入店一歩目でダル絡みの店員に捕まった。


「今回はどのようなご用件で?」


「子供の教育にも繋がる使い魔を数体ほど」


「では、此方などはどうでしょう?」


 一軒家に見劣りしない純白な長毛体躯にツノ付き持ち主が腕枕で安らかに眠っていた。


「零の白騎士」


 檻に閉ざされた敗者に対し、相変わらずの険しい面持ちを浮かべる精一杯な姿を横目に、


「ほぉーお坊ちゃん、物知りですね」


「零下? って」


「絶対零度を誇る地域に生息し、様々な分野で活用する為に変異した能力、火を操るから零火って言うんだ」


「あ、そっちか」


「何が?」


「いや別に」


「もしかして、れい」


「別に、知ってたし」


「ホント?」


「ほんと」


「立ち話はその辺にして、どうでしょう?」


「成獣なんだろ? 懐くのか」


「それはご心配なく。服従契約を致しますので一切の抵抗は不可能。出来てじゃれる程度かと」


「それが赤子からしたら命取りになるだろ」


「ならば、更に強化された呪印を結んでくだされば、問題ないかと」


「幾らだ」


「合計でしたら金貨数千枚!」


 野郎の厚顔無恥の笑みに自然と眉根が寄る。


「ですが、今なら何と二百枚‼︎」


 足元見やがって。


 ふと後輩に目を配るも、一線を置いて学のない馬鹿は良いように搾取されるよ、と言わんばかりに軽蔑の眼差しを周りに振り撒き、同時に舐められた態度、この交渉の第一段階から技術面の疎さを認めざるを得なかった。


「チッ、えーと」


 昔の癖で両の掌の指を折り曲げる。


 その仕草に、笑われてしまった。可愛い連れ以外。だがあちゃーと心の声が聞こえた。


 気がしてならない。


「幾らま」


 後ろを通り過ぎる、何かが俺の影を踏む。


 瞬間、瞬く間に鞘を払い、首筋目掛けて。


 ……。


 相手の死を寸前に構えた眼が俺を我に返し、こんな所在含め、無意識に視線に肌が強張った。


 まだ、過去が抜けない。


「おぉ!」


 そんな表舞台より白熱する裏舞台へ移動する中で適当な退場を終えれば、奴の相棒か。


 色んな意味で初めて肩から登場した、サラマンダーを目にする。


 中心はグッとお目覚め早々、臨戦体制に入った檻に行き、背景も籠った全体にまで引いた。


「ん? なんで、お前見えている?」


「今更? その眼鏡でしょ? どうせ」


「いやはや何でも見通されますな」


 片眼鏡がキラリと輝き、錚々たる金歯がニヤリと微笑んだ。


「サラマンダーはかなりの希少価値でしてね」


「それ以上喋ったらサラマンダーより先に、俺がお前を消し炭にするぞ?」


 齢五つにしては上々の殺気を放ち、「ハハハ、軽い冗談ですよ」刃を抜かずとも退かせた。


 次から参考にしよう。


 そして、此奴の本来の任務なのか。


「それって正真正銘の神具だよね?」


「えぇ、要りますか?」


「幾ら?」


「金貨、五千枚です」


「はい」


 あっさり。


 値切りなく一括払いで叩きつけやがった。


 金の山を。


 こうも潔いと後に残るのは圧倒されることだけで、よくわからん袋に回収するのに何の疑念も湧かなかった。


「……。じゃあ十五枚で頼むよ」


「えぇ! えぇ! お得意様のお父様ともなれば、喜んで値引き致します」


 誰が父親だ。と突っ込んでまた面倒事になるのも避ける為に此処はグッと言葉を呑み、俺たちの従順に背に付いていく騎士と進む。


 も、不規則且つ妙に重みのある足音に、


 あっ。

 

 契約諸々、省いたのを思い返してしまった。


「どうすっかな」


「一応、補足するけど、一番高いのは契約時だよ。奴隷商専用の魔道具の期間延長だから」


「……どれくらい違う?」


「うーん、太陽が五十回昇るくらい。と、思う」


「ま、いっか」


「……」


 誰一人、俺の意見に賛同せず、また歩み出す。


 前へ。


 また一つ、大きな命の灯火を照らして。


「なんか、いやーな雰囲気だな」


「そりゃ、あんな魔物が居ればね」


 視界の半数を埋める主張の激しい毒大蛇。


 沈んだ濁りの広がる紫色を帯び、シャーと見慣れた舌を出し入れし、あの種ならではの牙と血液を垂らして生い茂る草花を枯らし、早速、新たなる標的三つを無事にロックオン。


「んじゃ、まぁ」


「僕、観戦」


「お手並み拝見と行こうか」


 零火の白騎士VSグレイモアの色違い‼︎


「どんな戦いになるかね」


「それはまだ」


「お楽しみか」


 呑気な他愛もない会話を交わす真横では白熱したぶつかり合いが繰り広げられていた。


「随分と苦戦してるようだね」


「まぁ、S級難易度の魔物の一体だからな」


 無理もない。


「何しろ――戦闘慣れしてないだろうしな」


「いや、そうでもないよ」


「え?」


「零火の白騎士ってのはバランス良く、精鋭部隊を発足してね、幾つかの役割もあるの」


 流石は自然に生きる者たち、だな。


「司令塔や索敵、回復に斥候。そして、中でも群を抜いているのは攻撃型。他にはない、たった一つにして最強の技がある」


「それは」


「フォルムチェンジ」


「進化……するのか?」


「此処らへんの荒れた場所じゃ一時的にだけどね」


 あの能力だけで押し切るには無理がある。


 氷塊も厚く覆われた皮膚の前では、無力。


 況してや、近接戦では負けなしのあの相手にまるで玩具のような生温い爪や牙の抵抗じゃ、自らが嬉々として弱点を晒すようなもの。


「そろそろ、やる筈だよ。獰猛且つ残忍な性格であらゆる生命を見境なく、口から吐く炎で焼き尽くし、通常より二回りも大きく筋骨隆々な肉体は鋼並みの強度を誇るとされる」


 さらっと此方に迫った飛び火の波を共に飛び上がり、軽々と避けつつ見下ろしていた。


 それでもまだ尚、肉の剥き出しは垣間見えるものの決定的な一手には繋がらずにいた。


 そして、


「最強の形態と呼び声高い防御力と攻撃力を兼ね備えたダークモードにホワイトタイプの鎧兜と脇腹に添えられた数々の刃はまるで」


 零火の白騎士。


 そう名付けられた由来を今目の前で肉眼で目にした感動は得も言えぬ快楽を噛み締めていた。勿論、瞼で。

 

「一部の間では森の守り神と恐れられているほどだよ」


「でも、まだこれは完全な姿じゃない」


「まだ、あるのか?」


「残念ながら、今回は拝めそうにないね」


「みたいだな」


 最後の流れ弾の炎を奇しくも着地と同時にぶつけられ、クリーンショットを間一髪で免れはしたが、「あっち」軽い火傷を受けた。


 それに対し、ヒスロアの小僧はマントを払うようにしてただ弾き返すだけで無傷で済む。


 何たる差だ。


 今度こそ安全に地面に着地すると同時、


 あんな色々とくすぐられる見た目も、まるで愛くるしいマスコットのような小さな体に元通りを遂げ、叛旗を翻さず、事なきを得る。


「ん? どうしたんだ?」


 なんだか不満そうだ。


 まぁ、気持ちはわからなくもないが。


「何故、本来、モグラみたいに地下生活を群れで行っているのに」


「孤立していたのか」


「確かめて見る価値はありそうだけど、一旦戻る?」


「俺の道に下がるという言葉はない!」


「極端だなぁ」


「次の村にはムーピープルもいるぞ」


「ホント⁉︎」


「あぁ」


 円な瞳輝かせやがって、まだまだ子供だな。


「そんなに好きなんだな」


「うん! 兄ちゃんと一緒に最後の一匹が展示された動物園、何度も行ったんだ‼︎」


「そっかそっか、ん? 今、なんだか」


「いつの世も弱者は淘汰される運命にあるよ、当たり前じゃん」


「こいつ」


「ほら、早く行こうよ」


「あぁ、そうだな……」


 こんな子供なのに勇者とは将来が末恐ろしいな。


 そんな一抹の不安を胸に秘め、前へと進む。

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