五十歩百歩 ちっちゃな勇者が現れた

 順調とは言えぬも着々と進んでいく上り坂で奥の方から異様なオーラを発した障壁が。


 遅かれ早かれ、ぶち当たる運命なのか。


 殺気には余りに乏しい憤りを此方に流し、小柄な体型に女々しさを加えた煤汚れた外套マントを土埃を含んだそよ風に靡かせ、迫り来る。


 黄金色を帯びた煌びやかな身分証を握る。それも二つに割れ、とても大事そうにして。


 良質な遺伝子を受け継いだ顔立ちの子は、腰に携えた禍々しく鞘を無くした剣を掴む。


 無造作な触れ難い光の沈んだ真っ白に短めの髪に紅‼︎ と、主張の激しい毫毛が疎に見え隠れする頭を低く下げ、、死んだ瞳を。


 明確に俺に向ける。


 あの色は、病か。まだ幼いのに不運だな。


「ねぇ」


 案外。子供らしい第一声に無言を貫いて、次の言葉を誘う。


「この先は?」


 口調自体は荒々しいが、やはりまだまだ。


「南大国の王都が在る、行かない方がいい」


「へぇ、それは教えてくれるんだ」


 前言撤回。


 己の立場も弁えぬ小童だ。


「口の聞き方に気をつけた方がいい。これから先、苦労するぞ」


「それは、そっちの方じゃない?」


「あ?」


「尊大で冷酷、そして強欲。貴方が思っているより、弱者と強者の対応。然程、さっきと生き様は変わらないよ」


「まるで過去を見透かしたような発言だな」


「まぁ、そんなところかな」


 何様のつもりだ。散々ただ親の影に隠れて生きてきた分際で、ちょっとばかし身分が「『上だからって調子に乗ってんじゃねぇ』って、思ってるんだろうね。元、勇者様?」


 久しく忘れていた戦慄が、再び走り出す。


「今の在り方はこれからの人生で大きな影響を齎す。もし、今後の選択を誤れば、忌むべき存在が我が物となろう。と、言っておくよ」


「……」


「身構えなくていい。まだ僕敵じゃない」


「どういうことだ?」


「工事中の事故」


「――」


「夜道のトラブル」


「っ」


「そして、一悶着後の脱走」


「っ⁉︎」


「お前、何者なんだ」


「貴方がこれから先、初めて自分で買う本。それの何代目か先の作品の主人公、26代目勇者――ヒスロア・オウガ・ノースドラゴン」


「な、んで。いや、どうやって」


「義眼の事。もしかして偶然だと思った?」


「ハッ」


 奴の思惑に見事にハマり、左目に手を翳す。


「ちょっとの間、貴方の映像人生を覗かせてもらってたんだ」


 あのクソ親父はわざと、それも金の為に。


「俺は、ずっと踊らされてたって訳か」


「みんな、誰かの舞台上のマペットだよ」


「じゃ、これからよろしくね」


「ガキの世話は勘弁だ」


「こう見えて色々世界のことも知ってるんだよ」


「それをガキだって言ってるんだ」


「じゃあ、どうやったら大人になれるの?」


「さぁな、未来にでも行って確かめるといい」


「それができたら苦労しないんだけどね」


「お前が今回の首謀者じゃないんだな」


「うん」


 あっさり即答。しかも、食い気味でかよ。


「ガキなんて連れて行ったら人攫いと勘違いされちまうだろうが」


「おじさんは歳的にも結婚適齢期でしょ?」


 ……。


「まぁ、良いよ。僕のことは他の人には見えないから」


「随分と便利だな」


「うん、そっちの方が事も巧く運ぶって言ったら渋々、頷いてくれたよ」


「で、その承諾した奴ってのは?」


「まだ知らない方がいい。この作戦自体、反対だったんだから」


「そうか」


「うん」


「じゃあ」


「うん」


「行く、か」


「凄く嫌だけど、わかった」


 何だこいつ。


 こうして死んでも要らぬお供を連れ、先へ。


 まだまだ物語は続きそうだ。

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