4歩目 ふざけ混じりの真面目な話ほど信用できないものはない

 疲れに痛み、吐き気やその他諸々を堪えて歩いていると、ふと冷たい何かが顔に当たった。

 見上げてみれば、いつの間にか空は黒い雲に覆われている。今の感じからして十中八九雨が降ってきたらしい。

 血とか流したかったし丁度良かっ──いや良くないな、これは嘘でもそう思えそうにない。


 轟音と共に空が一瞬光り、それと同時に雨足が一気に強くなっていく。

 相変わらず運が悪い、毛が生えてる分水を吸った体が微妙に重いし、本当に面倒だ。さっきまでは晴れてたような気がしたんだけどな。

 山の天気は変わりやすいって言うし、この場所どっかの森だと思ってたけど案外ただ木が多い山の中ってだけってこともあり得……考えるのは後にしよう。


 雨音に交じってさっきとは違って唸るような音が聞こえ、思考を中断させられる。随分雷が多い、雲が多かったりするんだろうか。

 さっさと雨宿りできるところを探したいけど……こういう時って木に近づかない方が安全なんだっけ。

 とはいえこれ以上濡れるよりはまだ雨を避けれた方がいい、風邪ひいて動けなくなるよりはマシだ。

 道を脇に逸れて比較的木が鬱蒼としている場所に移動し、体を震わせて水を飛ばす。葉っぱの間から雨粒が振ってはくるけど、何もない時よりは防げている。


「やぁやぁ少年、調子どう?」


 不意に真横から聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 顔を上げればそこに立っていたのは黒色の燕尾服を着た背の高い男、案の定そいつの顔の部分には黒い穴が開いている。

 一体いつから、なんて聞こうにも今の体じゃ会話ができないんだった。この体じゃ話す相手はいないとはいえ、こういう時は少し不便だな。


「多分会話の問題を気にしてるんだろうけどその辺は心配しなくていいよ、こっちに思念……簡単に言えば僕に言いたいことを強く考えてくれれば分かるし」


 そういうのもできるんだ……なんなんだこいつ。

 あの川で話してた内容と俺の現状的に一応こっちの味方みたいだけど、よくよく考えたら名前とかを聞く前に異世界転生したからこいつのことはまだよく分かってない。

 ……あ、こっちのこと待ってるみたいだし反応くらいしないと、どうすればいいかは教えてくれたし。


『んーっと、こんな感じ?』


「そうそうそんな感じ。 ……それにしても驚いたよ、魔力の残滓を追ってみたらなんかドンパチの痕跡があるんだもん」


 マリョク?……よく分からないけど、言い方的には匂いみたいな感じなのか?

 というかあそこに行ってたんだ、あの川みたいなところから走ってたどり着ける距離にあったんだ。


『それで何か用? まだ話すことでもあった?」


「まぁそんなところだね、不可抗力とはいえ大事なこと説明する前に送っちゃったし」


『名前とか聞いてなかったしね、会えてよかった』


「んん? ……だっはっはっはっはっは! 気にするところそこかぁ!」


 ソレの黒い穴が一瞬怪訝そうに歪んだかと思うと、すぐに打って変わって笑い声と共に体と一緒に震えるように揺らめきだした。

 なんか川にいた時よりも表情が分かりやすくなってる気がする、そんなことできるなら最初からやってくれればよかったのに。

 困惑するこっちを余所に、多分一頻り笑い終えたソレは息を整えると、今度はその穴がグニャリと下から上に三日月のように曲がる。


「僕の名前なんかどうでもいいさ、教え忘れたのはもっと重要事項……それこそ、この世界で生き残る上で大切なことさ」


『大切なことって……あ、魔法とか?』


「察しがいいねぇ、あの惨状を見るに結構使われたみたいだけど、どうだった?」


『……腹に一発貰った』


 言われて下を向けば、忘れるなと言わんばかりに土の柱で殴られた脇腹が痛む。多分骨は折れてないみたいだけどしばらく残りそうだ。

 そういえば獅子熊の死骸埋めておいたほうがよかったかな……いや、もう後の祭りか。大きさ的に穴掘っても入れるのが大変そうだし。


(……んでこいつはなにしてんだろ)


 視線を移せば、丁度また顔の穴の中に手を突っ込んで生々しい音を立てながら何かを引きずり出している姿が目に入った。

 穴から出てきた手に握られていたのは黄緑色の石、図鑑を出された時と違って黒い液体が滴っているなんてことはなく、薄く光を放っている。


『なんか綺麗だな、それ』


「この世界の呼び方に合わせるならクラスがC+級の……まぁ中級の中でも特に強いモンスターの魔魂まこんさ、大事なことを教えるついでにこいつを渡そうと思っててね」


 また三日月のように穴を曲げ、ソレは手に持った石を差し出す。

 魔魂って言うと獅子熊の時にうっかり食べたあれのことか? なんか色々聞こえてきたし、ひょっとしてまたなんか起きたりしそうだな。

 改めて見てみれば石の大きさは大体栗と同じくらい、石みたいな見た目を気にしなければ食べやすい大きさではあるけど……まぁ熊の生肉食べてるんだし、今更なんだって話だけど。

 とはいえやっぱ心配だし一旦解析で確認しておいて損はないか。


 意識を集中させながら差し出された石を見つめる、段々コツが分かってきてさっきよりも早く頭の中に情報が流れてくる。

 ……そうして流れてきた文字の羅列は、明らかに雰囲気が異常だった。


【クラスC+:バイアクヘーの魔魂】

【旧■■■であ■邪■■■タ■の眷属である■界を飛行する黒き怪物の魔魂】


 文字のところどころが塗り潰されてるのもそうだけど眷属とか界って漢字が使われてるし明らかにやばい。

 恐る恐るソレの顔を見れば、心なしか面白そうにしているように見えた。


『……ねぇ、これどう見ても危険物じゃない?』


「大丈夫大丈夫、僕がついてるから」


『それ信用できな──あがっ!?』


《魔魂の捕食を確認しました》

《保有魔力が上昇しました》

《バイアクヘーの魔魂を捕食したことにより、ユニークスキル【星雲ヲ駆リシ風】を吸収しました》


 不意打ちで魔魂を口の中に押し込まれ、無理やり飲まされたかと思うと獅子熊の時と同じ文字の羅列が流れてきた。

 抗議と恨みを込めて思い切り睨みつけるもソレは全く意に介していない、薄々思ってたけどデリカシーってのがないらしい。最悪だ。

 ……食べたものは仕方がないからこの際放っておくとして、獅子熊の時も思ったけどスキルを吸収って言われてもやっぱりよく分からないな。

 そういえばこの声なんだろ、男と女が混ざったような感じだけど。解析の時は聞こえてこないし、あれとは別物って考えてもよさそうだ。


「その様子じゃ無事にスキルを確保できた感じかな?」


『できたけど……言うことそれ?』


「それ以外に何があるって言うのさ、そんなことより確認したいんだけど自分への鑑定術は使えるかい?」


『……さっきみたいに他の物にはできるんだけど自分はまだできてない』


 全く悪びれていないソレから今雨宿りしている木に視線を移し、意識を集中させて解析を使う。

 今回はどんなのが……あれ、知ってる名前だ。


【クラスG:アナザーワールド・アップルツリー】

深禍大戦しんまたいせんの時代、アミズガルへ異界より巻き込まれた果実の木。成熟すると赤々とした甘い実が収穫でき、一部の大陸では林檎と呼ばれている】

【当時は数が少なかったために異界の救世主及び富裕層の食べ物とされていたが、現在は領土奪還による畑の増加に伴い、平民の手にも渡るようになった】

〖曰く、より強い魔素の漂う場所で育てられた赤き果実は、時として黄金に染まることがあった〗

〖一口齧れば凄まじい力を得ることができたが、代償として理性が消失していくという性質上現在その製法は封印されている〗


 思ったよりも物騒なことが書いてあるな、この木。……また深禍大戦か、あのニグレドって名前の武器も同じ時に作られたらしいけどなんなんだろ。


「やっぱり結構使いこなせてるねぇ、記憶覗いた感じ異世界モノとか読んだことないみたいだったけど」


『よく分からないけど、俺の家そういうのが許される環境じゃ……あんた今変なこと言わなかった?』


「それほど変なことでもないよ、だって僕神様だし。魂を介して記憶を覗くことくらい朝飯前さ」


『は?』


 さらっと鼓膜を突き抜けていった発言に、俺は思わずソレの顔──穴だけど──をまじまじと見つめる。

 神様。こんな目、鼻、口全部取っ払って妙に蠢いてる黒い穴が代わりにあるゲテモノが、神様?

 ……いや、確かに思い返せば神様っぽい…………ようなことはしてたけど、正直嘘だと思いたい。あまりにもビジュアルがイメージしてる神様とかけ離れすぎててどっちかと言えば気まぐれを起こした悪魔の類が近いんじゃないかと思える。


『……本当に言ってるの?』


「ドン引きしてる君に朗報だ、神様って結構人外タイプがいたりするんだよ」


『それのどこが朗報……えっと、顔に穴空いてる神様ってのは?』


「僕がいるじゃない、崇めてもいいんだよ?」


 自分に向けて指を差しながらソレ──自称神様は、その穴を不規則に動かしながら笑う。

 今更だけど川で最初に会った時とは態度が大違いだ、一周回ってすごい気持ち悪い。

 

「それはそれとして自分に解析とかその辺りのスキルを使う方法だけど結構簡単なことでね、目に魔力を集中させてそこから自分という存在をイメージすれば勝手に情報が送られるってわけさ」


 半目で見つめるこっちを無視して説明が続く。

 すっごい癪だけど、その辺の知識じゃ俺の方が下だから言われた通りさっきみたいに目に意識を集中させる。

 この後は自分を……人間じゃなくて、今狼として立ってる俺をイメージすればいいんだっけ。

 咄嗟に頭に浮かんだのは湖で見た白が混じった灰色の狼、その顔や四肢、尻尾と順番に連想していく。

 少しすると、さっきと同じように体の中で何かが動いた。今度は体の外に漏れず、逆に体の奥に広がっていくような感覚だった。



 クラスX:虚灰狼ブランクヴォルフェ

 種族:魔狼族

 状態:通常

 魔力総量:60/60


【ユニークスキル】

〈外なる理〉〈吸収:星雲ヲ駆リシ風〉


【アクティベイトスキル】

牙爪術狼式がそうじゅつろうしき

 クラスF:〈スマッシュクロウ〉

〖鑑定術〗

 クラスF:〈解析〉


〖魔法〗

《下級自然魔法》

 地属性・クラスF:〈テルジラ〉


【パッシブスキル】

〈闇属性耐性〉〈心握耐性〉


【称号スキル】

〈一匹狼〉



 ぼんやりと浮かんできた文字の羅列の中、一つの単語に目が留まる。

 ブランクヴォルフェ。確か、これに更新されたってのはさっきも聞こえたし、どうやら今の俺の種族はこいつでいいらしい。

 ……それにしても空白ブランクで一匹狼か、なんにもなかった俺には丁度いいな。一個思うことがあるとしたらこいつ自称神様は一体何を思って俺をこの体にしたのかだ。


「どうだい? さっきの魔魂でスキルが増えてるでしょ」


『増えてるけど……パッシブとか称号とか見覚えがないのがあるんだけど、なにこれ』


「そっちに関しては文字の部分に意識を集中すれば詳細が……違うか、いつ習得したとかだったら多分この世界に順応する前からくっ付いていた物だろうね。大体の場合パッシブは種族の都合上生まれながらの性質、もしくは称号が刻まれたりで習得されるんだけど……君の場合は前の世界で蓄積されたのが影響してるんじゃない?」


 相変わらず軽い調子で嫌な部分を言ってくる自称神様に顔を顰める。ただ心当たりがあるから否定はできない。

 スマッシュクロウってのを習得した時にも確か経験が蓄積されたって声がしたし、そんな感じなんだろうな。気に食わないけど。

 ……そういえば、さっきからよく聞くけどスキルってそもそもなんだろ。口ぶり的には解析とかがそれなんだろうけど、魔法とは違うのか同じなのか……あ、こいつそれを説明しに来たんだっけ。

 考え込むのをやめ、一番的確な答えを出せそうな奴に目を向ける。


『ねぇ、俺スキルとかその辺りのことよく知らないんだけど、それも教え忘れて──は?』


「丁度説明するつもりで準備してたのさ。もうちょっと待っててね、今これ食べてぐええ!?」


『教え忘れがあったんじゃないのかあんた』


 反射的にリンゴを穴の中に吸い込んでいくその横顔を思い切りぶっ叩いていた、何故だか罪悪感とかそういうのはなく、代わりに頭……いや胸? の方が少し熱いような、覚えているようで思い出せない変な感覚がある。


「君ねぇ! ツッコミ入れるにせよ手加減っての知らないのかい!? 国宝級の顔に傷がついたらどうするのさ!?」


『そんな顔が国宝級だったらあんた以外の生き物全部に失礼だろ』


「おいおい辛辣だねぇ、まぁその方が面白みがあるんだけどさ」


 何故か楽しそうに笑い、自称神様はリンゴを食べ……食べ終え、今度は懐から取り出した得体の知れない肉みたいな物を吸い込んでいく。気のせいか小さい鳴き声が聞こえたような気がしたけどすぐに消えたからよく分からない。

 駄目だこれ、なんか突っ込んだら負けな気がしてきた。話が通じるけど受け答えがまともじゃない、いつだったか聞いたふざけてないと死ぬって奴だ。


「んじゃ休憩も終わったわけだし次に進もうか、自分の状態ステータスも確認できたみたいだしね」


 再び笑顔らしき表情を浮かべ、満足そうに両手を広げる。

 一見なんてこともないその様子に、俺は何故だか嫌な予感がした。




 その正体が何か分かるまで、そう時間はかからなかった。

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