五.限界を超える能力

 変化は突然、目に見える形で現れた。

 ピーチ少年の目つきが変わった。

 ただでさえ宇宙の無重力下にあってふわりふわりと浮遊する髪の毛が、あたかも静電気を帯びたかのようにぴんと張って、まるでウニか何かのようになった。


 と同時、その小さな体から妖気の渦が立ちのぼった。


「お母にお兄、この小舟は遅すぎる。ぼくが外に出て船を押すよ」


 ピーチ少年は船外に飛び出すと、超絶技「天空飛翔」のさらに上をゆくスピードで小舟を押しはじめた。小舟にものすごい加速度がかかる。思わず悲鳴を上げるお母たち。


「きゃあ、た、助けて」


 しかしその加速の際の苦しみも、すぐに治まった。なんと小舟は光の速さを超えてしまったのである。心の、そして魂のスピードだ。妖海を支えていた無数の魂を受け継いだからこそ、なせる大技だ。


 普通の「天空飛翔」の術ならゆうに三日はかかるところを、ピーチ少年の押す小舟はたったの三時間でたどり着いてしまった。小舟はものすごい速さを徐々に落として、最後にはゆっくりと地球の海面に着水した。そこはどこあろう、御告海岸の海上だったのである。驚くべきことに、そのような超光速で飛んできたあとにあっても、ピーチ少年は故郷の海岸を間違えることがなかったのである。そのまま小舟を岸に着けると、ピーチ少年はなかの二人が降りてから、小舟を軽々と持ち上げ、家のあるほうへ歩きはじめた。そこでようやく状況を理解したお母と桃太郎であった。


「ここは……、御告海岸だ。おれたちは地球に帰ってきたんだ!」


 そんな驚きもつかの間、またしてもピーチ少年は二人の想像を超えた言葉を口にする。


「今、時代は戦国乱世の真っただ中にある。数刻前には、ご先祖様の川上妖海がこの世を去ったばかりだ」


「川上……ようかい」


「家宝の家系図に記されていた偉大なるご先祖・川上大海の祖父だ。その川上大海のもとに、ウサギが一匹保護されている」


「ピーチよ、なぜ、そんなことがわかるのだ」


 桃太郎の問いももっともであった。なぜなら今、ピーチ少年は川上妖海と同化したに等しい。時に年齢を超越して、時に時代を超越して能力を発揮するピーチ少年は、兄の桃太郎をしても理解を超えた存在であるのだ。



 ……川上家では妖海の葬儀も済み、大海と一匹のウサギがぽつんと座っていた。

 そこに元気のいい声が響いた。


「頼もう!」


 ピーチ少年の声である。


「誰だろう。また弔問客かな」


 大海が玄関を開けると、そこには見知らぬ人間たちが三人立っていた。ピーチ少年とお母と桃太郎である。


「どなた……ですか」


「大海よ、わしじゃ、妖海じゃ」


 ピーチ少年の口から出た言葉に、大海は思わずわが耳を疑った。しかしその声はたしかに川上妖海その人の声であった。


「わしのなかにあった魂はこの、未来からやってきた遠い子孫の体のなかに宿ったのじゃ」


 それはお母にとっても、桃太郎にとっても、驚きの内容だった。二人は思わずピーチ少年の顔をのぞき込む。


「つまりわしは川上妖海でもあり、」

 と、ここまでは妖海の声。


「川上ピーチでもあるんだ」

 と、ここはピーチ少年の声だった。


 ここにピーチ少年の肉体は完全に二人の人間の魂が入り交じった状態になったのである。


「さてと、われわれが未来へ帰るためには玉手箱の力が必要なわけじゃが……」


 ピーチ少年は川上妖海の声音で話しながら納戸へ向かった。


「あいにく、玉手箱は一つしかない」


「と、言うことは……」


 桃太郎が何かに気づいた。


「その玉手箱を今、使ってしまうことは、あの地震のときにひらく玉手箱がなくなる、ということになる」


「それってどういうこと?」


 お母の問いにピーチ少年が答えた。


「ぼくらがこの時代にやってくるという事実がなくなってしまうんだ。最悪の場合、ぼくらは消失してしまうかもしれない」


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