第10話

***


 十五日(オリジナル+四回目:最終で確定) 

【タムリンの予定】オーグを助ける行動をとる。


***


 「うわーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!」


 誰だようるせえよ騒ぐなよ!!!!

 頭の中がわんわん言って、がんがんと自分の頭が硬いものにぶつかっている。口の中が切れて血の味がして、と、バタバタと足音がし、いろいろな人の手がタムリンを羽交い絞めにする。その時に初めてタムリンは、うるさい叫び声が全部、自分の喉から出ていたことを知る。


 赤、黄色、緑、黒。ひかりひかりひかりひかりひかり…………いろいろな色やフラッシュのような光が目に飛び込んできているけれど、それは自分が地面に頭をたたきつけて視た幻覚なのかもしれなかった。上下左右がわからないほど暴れる自分に、周りの声が降ってくる。


 「タムリン!」

 「キムノワ、そいつを離すな! 抑えとけ!」

 「落ち着け! 暴れるな! お前も死ぬぞ!!!」


 なんでだ、最後の最後に何でしくじった???

 昨日(オリジナル+三回目)で成功した、同じようにその日をたどれたはずだったのに、なぜ?



 三回目と同じように、建物の探索をした。馬で逃げろ、とオーグとセセナを置いて、タムリンはドラゴンと対峙した。

 ナイフの光とぴらぴらと動く布。光と動きでドラゴンの気を引き、その鼻のあたりをナイフで傷つけて怒らせ、自分めがけて走らせる。建物からできるだけ距離を置き、川に向かってタムリンは走った。ここまでは、完璧だった。

 川が見える辺り、川に向けて坂になるあたりで火薬を投げつける……ナイフを構え、ああ昨日通りだね、と、安心しながらも狙いを定めた、その時。


 「タムリン、避けて!」


 え? 

 一瞬空耳かと思った。頭をあげると、馬に乗ってものすごい勢いで駆けてくる、セセナが目に入る。弓矢を持ち、今にも矢を放とうと言う体勢だ。うそだろ?

 タムリンはナイフを投げるタイミングを完全に逃し、バランスを崩して膝をつき、そのまま坂を転がり落ちる。必死で足を使って体を止める。セセナ?

 ぎゃああ、という叫び声。タムリンの周りにもぼたぼたっ、と、熱くて生臭い、ドラゴンの涎が降ってくる。ぎりっと引き絞ったセセナの矢が、ドラゴンの目に当たったらしく、ドラゴンが千切れんばかりに体をぶんぶんと振っているからだ。

 「こっちよ、こっちにいらっしゃい! あたしが相手よ!」

 セセナ……タムリンからドラゴンを引き離そうとしたんだ、と、理解した。だが目のあたりを抑えるとドラゴンは狂ったように頭を振り、尻尾を地面へと叩きつける。多分セセナの姿は目に入っていない。むしろ痛みで何も考えられなくなっているようだ。このままだとセセナも危ない……

 セセナがまた、矢を放つ。再び、ものすごい咆哮。ドラゴンはますます暴れ、あたりの草がちぎれて、泥と共に舞い上がる。びしゃ、という変な音がして、タムリンは自分の体がふっとばされ、そのまま地面に叩きつけられるのを感じる。

 「が、はあ」

 背中が焼けるようだ。やばい、……泥だらけの顔を拭いて目を開けると、ほんの数メートル前にドラゴンがいる。

 「タムリン、ダメ、逃げて!」

 「ごめん、セセナ……」

 足を滑らせたのか、ドラゴンの体が勢いよく自分の方へと向かって転がり落ちてくるのをタムリンは見た。ああ、ごめん、動けないや。

 「タムリン!」

 セセナが馬で駆けてくる。お嬢さん、無理だ。間に合わない。

 「逃げて……」

 声にならない声で叫ぶタムリンに、セセナの口がぱくぱく開くのが見える。え、なに?お嬢さん?何を言ってるの?聞こえないよ……そんなくだらない思いが瞬時に頭に交差した、その瞬間。

 ぐわん!

 転がってくるドラゴンにまさに潰される!と諦めて目を閉じたその時、真横でものすごい振動がした。セセナの体がまた、少し宙に跳ねた。どう、と地面にまた背中が叩きつけられたが、次の瞬間セセナの体は、なにか硬いものに包まれ、ふわっと重力が失われた。

 「う……」

 背中の痛みに耐えながら、目を開ける。

 「え」

 タムリンの目に入ったのは、ドラゴンの鱗だらけの体だった。だが、あの緑ではない。銀色に輝く鱗。そしてタムリンを覗き込むような、ブルーグリーンの瞳。猛々しい光はそこにはなく、むしろ優しくタムリンを見つめているようだ。しかもこのドラゴンからは熱を感じない。冷静なのか体質なのか、緑のドラゴンとはまったく、違っている……

 「?」

 しかもタムリンはその、ドラゴンの手のひらに優しく包まれている。ぎゅっと握ったらひとたまりもないだろう硬い手と指が、タムリンを守るようにふうわりと緩く握られている。 

 「ちょっと、まさか」

 いや、そんなはずはない。セセナが竜化するにしても、条件が揃っていない。二十歳前だし、二親等だって殺しちゃいない、だよな、セセナ?

 だけど状況的にはそれしか考えられない。そして、

 「セセナ! なにやってるんだ、逃げろ!」

 ごーっと音がしている。セセナの影になっているがこの音と炎。

 タムリンは気づいた。セセナは、壁になってくれている。緑のドラゴンに背中を向けて、タムリンをその体で庇っている。背中に向けてものすごい勢いで、火焔放射があたるのをタムリンは見る。これは間違いなく、あの緑のドラゴンが放出しているに違いない。

 

 『私は、プラチナの属性なんですって』

 セセナの声が思い出された。

 プラチナの属性。それは重たいこともそうなのだが、熱伝導がよくないこともその一つだ。銀などとは違ってプラチナの熱は、一箇所にとどまりなかなか全体には回らない。だからなんだろう、セセナが背中を犠牲にして、タムリンを守っているのは。


 わずかに火炎が途切れたタイミングでセセナはタムリンを安全な場所へと移してくれた。そして今度は本当にドラゴンと対峙し、凶暴に炎を吐くドラゴンの首の辺りをがぶりと咥える。ぎゅ、のようなぎゃ、のような雄叫びが聞こえ、緑は首を大きく振る。セセナは咥えたまま離さない。ぶじゅ、という嫌な音と共に、血飛沫があたりへとばら撒かれる。緑の長い尾がセセナに巻き付く。どう、と二匹はお互いを捕まえたまま、もろとも川へと転がり落ちた。

 「セセナ!」


 『プラチナの属性はもう一つあって、すごく硬い金属だと当時に、扱いが難しい。銀や金は熱した後に急冷するが、プラチナは急冷は絶対にだめだ。プラチナだけは急冷ではなく、徐冷しないと、木のようにぱっきりと割れるというか、割けるみたいに壊れちまうんだよ。金属ってほんとに、不思議だよな』

 ダレオが講義中にふと、教えてくれた言葉。


 あれだけ一極集中に炎を浴びて、そのあとその箇所を急冷したら?セセナの背骨が崩壊する!


 ばあん、と水飛沫。ものすごい破裂音と振動が、なんどもなんども続いた。川面は海のように揺れて、じゅうじゅうと湯気が立っている。


 「セセナ!!!」


 走って川まで行き、セセナの名前を呼んだことは覚えているが、そのあとの記憶は切れ切れだ。暴れるセセナをまた誰かが、気絶させたのだろうか。糸が切れたようにタムリンは、川を目の前に崩れ落ちる。絶望以外の何物でもない黒い重たい闇に、どっぷりと頭ごと、沈んでゆく。


 今日が、最後だったんだ。

 博士と自分の声が、頭でリフレインする。


 ……じゃあつまり、ある日を繰り返す数を決められるのは最初だけで、しかもその回数で修正できなかったらもう、その日は永遠に、最後の回で固定されるってこと……


 そうっす。最初に決めた回数の、最後の回が、アンタの世界を決めてしまうんっすよ。だから最終回までにちゃんと方法を見つけて、最後の回で確実に決める必要があるんっす。わかったっすね?



 タムリンが飲んだのは、四錠だった。つまり、オリジナル+四の回、今回の結果が、明日に引き継がれる、最終回になるのだ。ということは、明日は、オーグが生きて、セセナが……

……かみさま、お願い。あたしの命はいらないから、お願い、あと一度だけ。


 タムリンの祈りは、もう言葉にさえ、ならなかった。瞼の裏にフラッシュバックして映るセセナの口がゆっくりと、『さよなら、ロドリゲス』の形に、動いた。

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