16.指南、そして思案

 仮想空間に設けられた訓練領域では、黒髪の青年が身の丈ほどある大太刀を渾身の力をこめて振るっている。


「うらあああああああああ!!!」


 鬼気迫る一撃は、だがしかし、二刀流の女剣士が見たところ気迫が空回りしているように思えた。冷淡な一瞥で見切った美雨はわずかに身体を動かして、緋色が放った一閃をかわすのだった。


「技を出そうと意識しすぎっ。全身を使って、もっとコンパクトに動くのっ」

「そんなこと、言われ、ましてもっ……」


 呼吸を整える時間すら与えられず、必死に体勢を戻そうとする緋色に、美雨が二本の刀を振り下ろす。無慈悲に繰り出される連続攻撃をなんとか交わしていると、オペレーターによる冷静な指示が空間内に響き渡った。


「一ノ瀬、聞こえているか、山神やまがみだ。訓練前にも伝えていたが……」


 それは訓練室でモニタリングしていたオペレーターリーダーによるもので、緋色はこの日はじめて彼の名前を知ったのだが、現状、あいにく名前など知ったことかという心境である。


(凄腕の剣士が襲いかかっているっていうのに、返事ができると思ってんのか!?)


 悪態をつきそうになるのを堪え、黒髪の青年はそれでも懸命に攻撃をかわす。その光景を見やりながら、山神はなにごともなかったかのようにメガネを直し、新入隊員に淡々と説明を続けた。


「……特機が所有する武器には“解放能力”が秘められている。特定の動作を行えば火力が飛躍的に向上するといった仕組みだ」


 特機ではそれらを総じて『滅幻技めつげんぎ』と呼称している。初任務で緋色が目撃した美雨の『滅幻刀技めつげんとうぎ』もこれに類するものであり、彼女が“必殺技”と呼んでいたものは、まさにこれであった。


 山神はさらに続ける。


「滅幻技を発動させるためのモーションは扱う武器によって異なる。大太刀の発動条件はすでに表示されていると思うのだが、もしかすると見えていないのかな?」

「見えて、ますよっ!」


 息も絶え絶えに呟いて、緋色は眼前の左側に表示された内容を疎ましげに見やった。そこには技を発動させるためにどのような動きをすればいいかが、ご丁寧に動画で説明されていて、彼の集中力を奪う一因となっていたのだ。


 そんなことはお構いなしとばかりに、山神は不可思議そうな声を上げた。


「理解できないな? 見えているならなぜ実行しないのかね?」


 本気で言っているのなら性格を疑う発言に、緋色は本気で腹が立った。二刀流の女剣士が放つ攻撃をかわしつつ、初見の必殺技をやってみせろと言っているのか、この人は?


(やれるんだったら、とっくにやってるよ!)


 美雨の攻撃はいよいよ激しさを増し、緋色は言い返すこともできず、防戦に追いまくられた。発言者にお手本を見せてもらいたい、そんな思いが脳裏をかすめる。


 三秒、いや、二秒あれば、大太刀を構えることができるのに!


 すると、緋色の願いが通じたのか、美雨は攻撃の手を止め、それだけではなく二本の刀まで納めると、肩で呼吸をする黒髪の青年を見やった。


「うーん。追い詰めたらイケると思ったんだけど……」

「……?」


 なんの話だろうかと思うよりも前に、美雨は口の中でなにかを呟き、そして表情をあらためた。


「とりあえず、今日のところはこんなもんかな」


 「闘装顕現とうそうけんげん」と続けた美雨は、空間に大太刀を出現させるとそれを握りしめ、同じ武器を構える緋色に向かって言い放った。


「こうやるの。お手本見せてあげる」


 それから構えた大太刀を腰のあたりまで動かし、女剣士は「……滅幻刀技」と口にする。


(おいおいおい、こっちに向けてやるつもりか!?)


 たじろぐ緋色をよそに、背中へ回した大太刀を真一文字に振り抜いた美雨は、勢いそのままに叫んだ。


閃光斬影せんこうざんえいっ!」

「……っ!?」


 瞬間、緋色の真横を一閃の白刃が通り抜けていった。触れた瞬間、おそらく真っ二つに切られるであろう一撃を恐れを伴った眼差しで見送っていると、陽気な声が後方で上がった。


「ま、ざっとこんな感じでやればいいのよ。とにかくお疲れ様」


 赤色のロングヘアをたなびかせ、白い肌にひとつの汗をにじませることなく、美雨は大太刀をしまった。それを合図とするように、山神の声が空間に響く。


「ただいまより帰還プロトコルを開始する。展開された領域のデータを回収、パイロット両名は規定に従い行動するよう……」


 突如として始まった訓練は、ようやく終わりを迎えたのだった。


***


 訓練を終え、隊員服に着替えた美雨は、喫煙所へ向かう廊下を歩いていた。


 鼻歌交じりにポケットからタバコの箱を取り出す。やがて、喫煙所の壁にもたれかかっている真澄の姿を視界に捉えた彼女は、意外な人物が意外な場所に佇んでいることに小首をかしげながらも、こんなことを口にするのだった。


「タバコ、やめたんじゃなかった?」

「ああ。もう吸うつもりはないな」


 あっそう、と、つまらなそうな声で返し、美雨は喫煙所のドアに手を伸ばす。その腕をそっと遮って、真澄は問いかけた。


「最初から、緋色くんに手ほどきするつもりなんてなかったんだろう?」


 止まった腕をわずかばかりに動かし、美雨は応じる。


「なんの話?」

「とぼけるな。今日の訓練もいきなりだったからな、なにか裏があると考えるのが妥当だろ」

「ふぅん。それでどんな裏があるって考えたの?」

「緋色くんを極限状態にまで追い込んで、昨日の現象を再現しようとしたな?」

「…………」


 空中で止めていた手を後頭部にやり、赤色のロングヘアをかきながら、美雨は深く息を吐いた。


「ピンチになれば、あの現象が出ると思ったのよねえ」

「やっぱりな」


 今度は真澄が深いため息を漏らす番だった。ブラウンアッシュの長髪を後ろで束ねた青年は、前髪を垂らすようにうつむき、遮っていた手を眉間にあて、ゆっくりと頭を振るう。


「美雨。緋色くんはお前の復讐のために特機へ配属されたわけじゃない」

「わかっているわよ」

「いや、わかっていない」

「幻蝕を殲滅する、私の目的と特機の任務は合致しているでしょ。だったら別にいいじゃない」

「結果、隊員の命に危険が生じてもかまわないと?」


 真澄の問いかけに答えず、美雨はドアに手を掛ける。そして表情を消したまま、煙草をくわえ、そのドアを閉め切った。自分自身の心を閉ざすかのように。


 ほどなくして、喫煙所の中にはタバコの煙がけだるそうにたち上っていく。真澄は開いた口を閉ざして言葉を飲み込みむと、顔を上げ、振り返ることもなく、廊下をまっすぐに歩いて行った。

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