第85話 誰の責任?

 アインホルン学長はとにかく僕が気に入らない。

 その理由は、やはりオティーリエにあるだろう。

 最初は、聡明で自慢の妹が、なぜか第一王子殿下を避けている。周囲の噂を聞けば、妹と同じ歳なのに我儘放題。そんな子供なら妹が避けるのも仕方がない。と思ったのだろう。

 次に、散々避けていた相手なのに妹と仲良くなってる。第二王子殿下以外の異性を避けていたのに、なんだか気に入らない。

 最後、第一王子殿下と出かけて危険な目にあった。あいつはやっぱり、気に入らない。

 流れとしてはたぶんこうだったと思う。


 アインホルン学長が僕に対して敵愾心を持つ理由が、そういった流れであることは理解しているのだ。だってずっと僕のそばにいたからね。オティーリエの誘拐未遂の時だって一緒だった。

 動機が嫌がらせだって言うのは百も承知なのだ。

 だけど、他の……トーア新学長やミュッテル先生はそのことを知らない。

 きっとネーベルは、アインホルン学長と側近であるザルツ秘書の矮小さを暴露する気なのだろう。

 そんなことしなくたって、アインホルン学長は近いうちに最果ての門を潜ることになるんだから、放っておいてもいいのにって思うけど……。

 それじゃぁネーベルの気が済まないのか。

「トーア新学長が先ほど『不正』の文言を出したのはザルツ秘書といいましたね。つまり生徒たちの『教師陣が採点調整をしているのでは?』と言う会話を聞いて、ザルツ秘書は僕のテスト結果が不正だと思った、ということでいいですか?」

 僕の問いかけにザルツ秘書は目を伏せて、僕と視線を合わせようとはしない。

「返事をしてください」

 びくっと肩を揺らすザルツ秘書に、僕はさらに答えやすいように促す。

「『はい』か『いいえ』の二択でお答えくださってかまいませんよ?」

 言い訳なんざ、どうでもいいから、『はい』か『いいえ』で答えろ。このやり取り、最初の呼び出しのときもやったぞ。

「わ、わたしは……」

「どちらですか?」

 威圧するように訊ねたら、ザルツ秘書はガタガタと震えながら答えた。

「は、はい。そうです」

「一週間前に呼び出されたとき、アインホルン学長は、僕が学力テストで不正をしたと言いました。テストの不正にもいろいろあります。ですから僕はその時、あらかじめテストの出題問題を入手して、答えを知っている不正だったのか、それともテスト中にカンニングをした不正だったのか、どちらなのかと確認しました。その時アインホルン学長は、テスト中のカンニングだと言いました。これでは当初呼び出しされて疑われた不正内容が違ってくるのですけれど、どういうことでしょうか?」

 わざわざこんなこと聞かなくても、何となく予想はつくんだよね。


 おそらくは生徒の話を聞いたザルツ秘書が、僕の弱みというか遣り込めるネタを仕入れたと思ったんだよ。それでご主人様であるアインホルン学長に報告した。

 報告しているうちに、『もしかして、こうだったのかも?』『そうだったらいいな?』と、願望と妄想が入り混じったんだろう。

 自分たちの都合のいい解釈に変換していき、僕を呼び出し、不正したことを責め立てて、僕を遣り込めようとした。と、いうのが、おおよそのあらましだと思う。これもまた僕の想像に過ぎないことだけどね。

 だけどほぼ当たってるんじゃないか?

 だって呼び出して僕を責めようとしたのに、逆に不明瞭なところ突っ込んだら、言葉に詰まったでしょう?

 詳しい調査もせず、『そうかもしれない』『こうだったんじゃないか?』というアインホルン学長とザルツ秘書の話だけで、僕が不正をしたのだと決められたんじゃないかな?


「そこはどうなんですか?」

 再度の問いかけ、そして周囲から向けられる視線に耐えられなくなったのか、アインホルン学長が喚いた。

「わ、私はダーフットから話を聞いたんだ!」

 誰やねんって思ったけど、ザルツ秘書のことね。

「そこでまだ曖昧な発言をして、後でまた確認という手間をかけたくないので、はっきりと仰ってください。どんな話を聞いたんですか?」

 もうここは、逃げの一手に出そうだな。

「そのままだ。ダーフットが学力テストでリューゲン殿下が不正をしたと言ってきたんだ」

 はい、秘書に全責任押し付け、入りましたー。

「僕がテスト中にカンニングをしたと、ザルツ秘書が言ったんですね?」

「そ、そうだ!」

「ローレンツ様!」

 非難するような口調でザルツ秘書はアインホルン学長の名を口にする。けれどアインホルン学長は、自分は何も知らない、自分が言い出したのではないと言わんばかりの顔をして、下を向いてしまった。

 トカゲのしっぽ切りか。

「だそうです。ザルツ秘書」

 僕に名を呼ばれて、やはりびくっとするザルツ秘書。

「貴方が、生徒たちの話を歪曲して、僕が学力テストでカンニングをしたと、アインホルン学長に言った。それで間違いありませんか?」

「え? は? そんな……」

 アインホルン学長以外の視線が一斉にザルツ秘書に向けられ、顔色が悪くなる。

「わ、私は」

「言ったか、言わなかったか。僕の求めている返事はその二つのどちらかです」

 理不尽だと思ってんだろう?

 わかるよ。おめーはご主人様が嫌ってる僕を、ご主人様と一緒に遣り込めたかっただけなんだもんな?

 生意気な僕を遣り込めて泣きっ面が見たかっただけだったのに、こんな大ごとになってしまったって感じかな?

 でもさぁ、考えてみてよ。

 おめーが心の底からアインホルン学長に仕える忠臣なら、悋気からくる嫌がらせをする主と一緒に僕を貶めるんじゃなく、馬鹿なことをするんじゃないと諫めるべきだった。

 それができなかった時点で、おめーは主に仕えるものとしては、不適格なんだよ。


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