王子様の学園生活(三年生)

第1話 上学部に進級

 三年生になって、上学部に進級した。

 上学部からは各コースでのクラス分けになる。

 下学部は五クラスだったけれど、上学部は四クラス。

 なんだかんだで、上学部に進学しない生徒が、一クラス分いるということだ。

 たとえば平民の子供は専門的なことを習うよりも、早く家業に携わりたいだとか、下学部での学びでも十分だから、そこから早く就職したいなどと言った理由。

 平民だけではなくお金のない貴族の子供なんかは、上学部に進学するための奨学金を受けるに至る成績ではなかったので断念するというのもある。

 他には魔術の適性が高く、もっと魔術のことを学びたいと望む生徒は、魔術塔に行くのだ。


 僕、イジー、オティーリエ、それからブルーメ嬢とヘレーネ嬢も領地経営科に進み、同じクラスになった。

 テオは騎士科。

 ネーベルとリュディガー、クルトは文官科。

 ヒルトとヘッダは淑女科。

 そして、てっきり文官科に行くかと思っていたイヴは、淑女科に進学した。


 イヴの上学部進級とコース選択を知ったのは、ヘレーネ嬢に付き添われたブルーメ嬢が僕に挨拶と言ったらいいのだろうか? 以前の、ほら、僕らが放課後に七不思議会議をしていた時に、イヴに連れられて匿った出来事があったと思うけれど、その時のことで、改めてお礼とそれから無作法の詫びを言いに来たのだ。


 ブルーメ嬢とヘレーネ嬢は、剣術大会の祝賀会にも呼んだけれど、あの時は出場者であるイジーとテオの健闘を祝うのと、後はヒルトの二年連続優勝のお祝いだったから、ブルーメ嬢とは、そういったプライベートの話は一切なし。

 そういったことを話すほど、親しくはしていなかったし、何よりもあれはヒルトとイジーとテオを労うパーティーだったわけだし。

 進級して同じクラスになってから数日後、あの時の無作法のお詫びをしたいと、ヘレーネ嬢に連れられて僕に声を掛けてきたのだ。


 放課後、上学部の食堂の近くにあるフリースペースで、話を聞くことになった。ついでにイジーも一緒だ。

 イジーとブルーメ嬢は下学部の時は同じクラスだったので、イジーもブルーメ嬢の変化は見ていたと思うんだけど、こうやって直接話すことはなかったそうだ。

 いくらそばにリュディガーがいても、イジーが気安く女生徒に声を掛ければその女生徒は王族から贔屓されているという噂が立つ。

 双方にその気がなくてもだ。

 社交界ほどぎすぎすしてなくても、権謀術数のはしりのようなことは、もうすでにこういったところから行われているのである。


 そのいい例がアレよ。

 イジーの元乳母。国王陛下の同級生だった男爵令嬢で、伯爵の後妻になった人ね。

 陰では国王陛下の秘密の恋人と言われて、イジーの乳母になったのも、そういった事情だったからだ、とか。いや乳母と言うのは建前で、愛妾として王宮にいれたのだ、とか、いろいろ広まってたんだよねぇ。

 王妃様もその噂は耳にしていたけど、いちいち対応していたらきりがないから放っておけと、火消しを行うことはしなかった。

 だって結局、あの元乳母王宮から出されて、教会に入ったらしいし? そのあとの消息は不明だ。

 探ればどうなったかわかるかもしれないけれど、僕がそこまでやる必要はない。

 イジーがね、知りたいからって言うなら、あと協力してほしいって言ってきたなら、手を貸すけれど、なんも言ってこないしな。

 で、その元乳母が国王陛下の秘密の恋人って言われていたのは、この学園都市で親しくしていたせいである。

 なんて言うか、例えばね? これが複数人の、男女交えての交流であったなら、そこまで言われなかったと思うんだよ。

 グループ交流だから。一人だけじゃなく複数人だから。疚しく受け取られることはなく、同級生たちとの交流で済ませられた。

 だけど国王陛下はさぁ、元乳母だけを傍に置いちゃったんだよなぁ。

 そりゃぁ、噂にもなりますわ。

 しかもその乳母、高位貴族と浮名を流しまくってたわけだしねぇ? 国王陛下の耳にその話が入らなかったのが不思議~。

 誰がその乳母の浮名を国王陛下の耳に入れないようにしてたのかな~?

 まぁ、元愉快なお仲間だった側近どもなんだけどね。

 イジーはきっと国王陛下の学生時代の話を聞いていたと思う。

 だから変化が訪れたブルーメ嬢に、気にはなっただろうけれど近づかなかったんだろう。

 うんうん、賢い。そうやって国王陛下を反面教師にするんだよ。


「あの時は、本当にご迷惑をおかけしました」

 そう言って深々と頭を下げるブルーメ嬢は、イヴとの追いかけっこをしていた時と同じく、きちんとした身なりを保っている。

「随分変わったね? どう? 前の自分と今の自分。どっちがいい?」

 顔を上げたブルーメ嬢は、僕とイジーの王族二人を前にして、緊張した面持ちではあったけれど、あの時とは違ってちゃんと僕の目を見てくる。

「も、もちろん今の自分です。今考えると本当に何をやっていたのだろうと、あの時のことを振り返ると恥ずかしい限りです」

 顔色もずいぶんよくなった。

 なんだろうね、あの時は本当に病人のような顔色だったし、表情と言うか顔つき? それが健康な人とは程遠い様子だった。

「あのね、ブルーメ嬢。君はたぶん心の病気だったと思う」

 軽度の鬱状態だったのかもしれない、と言うのが僕の見立てだ。

「心の、病気ですか?」

「うん。実はね、ブルーメ嬢に聞きたいことがいくつかあるんだよ。あ、強制じゃないからね? 言いたくないなら答えなくてもいいから、そう言ってね?」

「いいえ、殿下にはご恩があります。私が答えられることは何でもお答えしますので、どうぞ仰ってください」

 いや、ほんと、この変化は……、なんだろう?

 そうだ、オティーリエの時も似たような感じじゃなかったか?

 オティーリエは前世の記憶があったから、悪役令嬢系でもパターンがいろいろあることは理解していた。

 その中で、自分がざまぁをする立場のいわゆる主人公ではないかと錯覚していたけど、でも同時にそういった創作物には、パターンがいろいろあることもわかっていたから、物語のようにうまくいくことがないこともわかっていた。

 何か違うと理解した途端、この世界はご都合主義の優しい世界ではなく、簡単に人が死んでいく、とても残酷な世界であることを知ったオティーリエは、一気に目が覚めた様子だった。


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