27 不可欠な少年

 翌日、ビューレンらの指示により、ルジェーナはまた別の場所を歩き回った。

「対象となるような年齢だと、この時間は学校に行っているのではないですか?」

 あまりにも退屈なので、指揮所にそう質問してみた。

「言っただろ、キュテリア。学校へ行かなければならない時間に、繁華街ではなく、こんな辺境に一人で来るような人間が、対象として最も相応しいんだ」

「はあ」

「内向的で友人が少なく、思い詰めるようなタイプが理想なのよ」

 ルジェーナは、このコルノーという女性が嫌いだ。

 ビューレンもマレットも苦手だったし、好きではなかったが、コルノーは能力に比して尊大だ、と感じていた。ビューレンが何か説明していると、必ずと言ってよいほど、それを補足するようなことを言う。

「分かりました」

 収穫が得られないまま、時間だけが過ぎていった。

 ルジェーナが何気なく時計を確認すると、間もなく前日に少年と出会った時間だった。

「昨日の少年は、まさに対象にぴったりでしたね」

「そうだな」

「違う場所を探すよりも、昨日の少年がまた来る可能性の方が高そうな気がしますが……」

 ルジェーナは、本当にただの暇潰しに言っただけだった。当てもなくうろつくことに疲れていたから、彼らの指示に反抗してみたくなったのかも知れない。

 彼女の容姿は、一般的に、少年なら誰しも好意を持つというものらしい。本当にそんな自分であるなら、また会いたい、と思うのではないだろうか、という考えもあった。

「なるほど。それも一理あるな」

「昨日の少年に、何か感じるところがあったの?」

 コルノーの言い方は、人を責めるようだ。

「そういうわけじゃありませんが、教わっていた理想のタイプだったなあと思って……」

「まだ、間に合うわね?」

「何ですか?」

「昨日、少年と会った場所に急行して」

「今からですか?」

「そうよ」

 思わず舌打ちしたくなるのを堪えて、

「わかりました」とルジェーナは言った。

 彼女が言い出さなければ、その後もずっと、その辺りをうろうろしていたはずだ。きちんとした根拠があって指示していたのなら、素人の思いつきなど拒否すればいい。それを聞き入れてしまうことが、計画が場当たり的である何よりの証拠だろう。


 例の少年はいた。

 木々の隙間から、辛うじて見える程度であるが、蓋壁に手を置いて、外側を見渡しているのが分かる。ルジェーナを探しているのだろうか。

 彼女の勘が当たったということだ。

「彼です」

 口を閉じたまま、声だけを発した。

「こちらも確認した」

 枝を揺らして、彼の前に姿を現す。ルジェーナは、真っ直ぐに少年の前まで進んだ。


 ルジェーナは特異体質だった。生まれつき、VGに対して完全な耐性を持っていた。VGを含んだ空気を吸っても、その体には何の影響もなかった。

 それは偶然の産物ではなかったのだ。

 月政府は、本来VGの存在しない場所にもかかわらず、その研究に熱心だった。

 VGは、ワクチンを精製して対処できるようなものではなかった。VGを少し投与したところで、その抗体ができて以降のVGには対抗できる、というようなことはなかったのだ。

 だが、抗体のように、反応物質が体内に作られることが分かった。そしてVGは少量であれば、いずれ反応物質とともに消失することが判明したのだ。

 その消失までの時間に個人差がある。消失時間の短い者同士の交配を繰り返し、やっとルジェーナのようなVGに耐性を持った人間を得るに至ったのだ。

 時代の要請だったのかも知れない。

 そういう人間が生まれたことと、人類が月での生存に限界を感じ始めた時機が重なったのは、まるで必然のようではないか。この計画に参加している人々は、そう思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る