13 不安定な言葉

【何?】

【一人じゃ駄目?】

【えっ、どういうこと?】

【何人かって言ったじゃない?ぼくだけじゃ駄目なのかな、と思って】

【まあ、できれば】

【ここのドームでは、バルブの警備なんて、ほとんどしてないようなものなんだ】

【そうみたいね】

【もう調べたの?】

【遠くからだけど、一応、事前に見ておいたわよ】

【境界の外は危険というか、外に出るなんて、自殺どころじゃない恐ろしいことだって、全員が認識しているから、誰もバルブに近寄らないもの】

【そうね。うちのドームでも、最近までそうだった】

【だから、警備なんて形だけ】

【そうでしょうね】

【一人なら、バルブに近づくことも、そんなに難しくないと思う】

【複数だと目立ってしまう?】

【警戒させる原因になるかも】

【でも、一人だけで外に出て歩き回っても、ドームの中の人たちに見つかりにくいし、インパクトも小さい。それに、出た直後、すぐにバルブを閉められてしまう】

【どういうこと?】

【せっかく思い切った行動を取るんだから、確実な成果を出したいの。バルブを開いた状態で保持したい】

【どうやって?】

【単純な方法よ。バルブの通路は、人がやっと二人並べる程度の幅でしょ。誰かが出て来てくれたら、すれ違いに人を入れて、バルブそのものを確保する】

【ルジェーナの仲間?】

【もちろん、こんなこと、私も一人じゃできない。私の意見に賛同してくれる同志を集めたの】

【なるほど】

【バルブは通路の一番ドーム寄りにあるでしょ。通路部分には、当然ながら監視警報装置があるから、あらかじめ入り込んだりしたら、誰も出て来られなくなっちゃう。かと言って、通路の外側で待っていて、警報が鳴ったと同時に侵入したとしても、辿り着くまでにバルブを閉められたらそれでアウトでしょ。その上、警報はドーム内に向かって発せられるから、外には聞こえにくい】

【だから、次々に人が出て来ないといけない?】

【そういうこと】

【あのね】

 レオシュの抱える問題は、ことのほか言いにくい。

【何?】

【ぼく、友だちがいないんだ】

【何よ、それ?】

【だからさ、一緒にドームから出てくれるような友だちがいないんだよ】

【一人もいないの?】

 ストレートな質問に怒るよりも、レオシュは恥ずかしくなった。

【うん。昔はいたような気がしたんだけど、今はいないんだ】

【いたような気がしたって?】

【友だちだと思っていたやつらがいたんだけど】

【どこかへ行っちゃったの?】

【いやそうじゃなくて、いまは、そんな風に思えないだけ】

【何かあったの?】

【別に喧嘩したとか、そういうんじゃないんだけど】

【ただ、何となく疎遠になったの?】

【うん】

【それは、相手の方が離れていったの?】

【どちらかと言うと、自分からかな】

【どうして?】

【どうしてって?】

【どうして、自分から友だちをやめちゃったの?】

【ええと、どうしてだか自分でも分からないんだ。何だか少しずつ話す気がしなくなっていったっていう感じ】

【それなら、自分から話せば、また元の関係に戻せるかも知れないじゃない?】

【自分から話しかけるなんて】

【嫌なの?】

【あまり気が進まないなあ】

【そう】

【うん】

 ほんの一瞬の沈黙の後、ルジェーナは厳しい表情になった。

【それじゃあ仕方ないわね】

【一人でいいの?】

【いいえ。ほかに助けてくれる人を探す】

 レオシュは言葉を失いかけた。

【ちょっと待ってよ】

【だって、無理なんでしょ?だったら、ほかに実行できる人を探すしかないじゃない?】

【そんなあ】

 彼は慌てた。

【これは遊びじゃないの。それに、一回失敗してしまったら、少なくとも当分は機会が失われる】

 しかしルジェーナは、打って変って笑顔を見せた。

【でも、できればレオシュにお願いしたいの】。

【分かったよ】

 彼は、それ以外の言葉を見つけることができなかった。この淡い関係を維持することしか、彼には考えられなくなっていたのだ。

【ほんと?】

 彼女はさらに大きな笑顔になった。

【まあね】

 レオシュに後先を考えるだけの余裕はなかった。

【よかった】

【うん】

 ルジェーナとの関係が終わってしまわないことに、レオシュは安堵した。ただ、それだけだった。

【ドームを出た後のことも考えておかないと】

【ああ、そうか】

【このドームから人が出たら、そりゃあ中は大騒ぎでしょ。レオシュも、すぐには戻って来られないでしょうね】

【そうだろうね】

【もちろん、私たちのドームでも、同時に開閉口を確保する計画なの。複数のドームを開放して、行き来ができるようにしないと、人や物の交流が生まれないから】

【それじゃあルジェーナは、そっちに行っちゃうんだね】

 レオシュは、何だか裏切られたような気持ちだった。

【私は、こっちの担当よ。レオシュを迎えに来なきゃならないもの】

【そうかあ】

 彼は、口元が綻ぶのを見られないように、必死で何でもないような顔をした。

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