11 不必要な思惑

「どこだ、どこだ」

 言われた方の男は、たまったものではない。適切に場所まで示してくれていたら多少はよかったのだが、ただ、「ATSに穴が開いているぞ」と大声で言われたものだから、パニックに陥ってしまった。

 後で分かったことだが、最初の穴はごく小さなもので、携帯している補修シールをすぐに貼りさえすれば、大した問題ではなかったのだ。それなのに、見ていただけの人間がまず慌てたことで、当人は正気を失ってしまった。

「どこだ、どこなんだ」

 周囲をあまり見ずに、自らのATSのあちこちを引っ張って確かめていると、掘削機械の突起に引っかけて、大きく破いてしまった。

 その瞬間、その男は、

「わあ」と叫んで、問題の場所を押さえるのではなく、ATSの上から鼻や口を押さえて苦しみ出した。実際にはまだ苦しいわけではなかったはずだが、先入観で、息ができなくなってしまったのだろう。その頃の人間は、すでに外の世界など知らない、ドーム生まれのドーム育ちだったのだ。

 穴を発見した男も含め、周囲にいた人々は、近寄ることもできなかった。

 境界のすぐ外であったため、その様子を見物していた人たちも大勢いた。それら見物人たちは、事情が掴めないことで、かえって大変な恐怖を与えられたに違いない。まるでそこで死の瞬間を目撃してしまったようなものだったのだ。

 実際には、その男は、病院に搬送され、一週間ほどで亡くなった。死因は、やはり一般的な病気だった。

 ただし世間には、ドームのすぐ外で、ATSが破れ、その人が即死した、という印象が伝わった。

 その上、当局が「準備は万全だった。想定外の事故だった」と発表したことで、まことしやかな陰謀説が流布していった。

 いわく、資源を狙うほかのドームの陰謀であると。

 ドームの人々は、外に出ることを恐れ、人を外に出すことを恐れた。

 遠隔操作のできる、自己制御可能な小型の掘削機が製作されたが、狭い開閉口から出せる機械では、さほどの採掘量は望めなかった。それまでは、組み立て式の機械をドーム外に運び出して使用していたのだ。

 元々、ドーム全体の経済を左右するほどの天然資源を獲得していたわけではないのに、しばらくの間でも手に入っていたものが得られなくなったことで、ドームのムードは沈降した。もちろん調査員の死も、雰囲気を悪くすることに拍車をかけた。社会活動は、想像以上にムードに左右されるものだ。

 人間と同様、社会も弱くなると外に向かって余裕を失う。

 見えない隣人を羨み、ナショナリズムを強めていった。

 何となく自分たちだけが取り残されているような気分。自分だけが不運にも損をしているという感覚。それを隣人のせいにして責めずにはいられないのが、人間やその集団なのだろうか。


【このドームは、大した理由もなく疲弊していったの】

 ルジェーナは、向こう側から境界を見上げた。

【何も知らないのに、隣のドームを羨ましいと思ってしまった。そして、そんな気持ちをどれだけ醸成してしまったのか、現在、このドームの人たちの性質として定着してしまっている】

 ルジェーナは、悲しそうに俯いた。

【ぼくは、そんなこと考えてないよ】

 レオシュは、彼女の視線を自分に向けさせようと、その目を見つめた。

【ほんと?】

【だって、ルジェーナと会うまで境界の外のことなんて、意識したこともなかったくらいだよ】

【自分たちのドームは、ほかのドームよりも大きさが適切だとか、立地がいいとか、そんな風に思ってない?】

【まあ、何となく】

【授業でも、そんなことを教えられているんじゃない?】

【確かに】

【そうやって、若い人たちに刷り込もうとしているのか、あるいは、本当にそう考えているのかは、私にもはっきりしたことは分からない。もちろん、そうした選民思想は、人によって強弱があるんだろうけど。】

【ぼくも、ルジェーナたちのドームへの対抗意識みたいなものがあるんだね?】

 彼女は、その質問には直接答えなかった。

【そんな悲しい事故が起きなくても、何かをきっかけに、そういう性質が生まれていたかも知れない。ほかのドームだって、同じような事故が起きた可能性はあるし、自分のドームしか知らないのだから、よそのドームに漠然とした対抗意識があるでしょうね】

【そうだね】

 レオシュは、恥ずかしくなった。ルジェーナが自分を慰めてくれている、と彼は思った。

【このドームで、その事故が起きてからずいぶん経った。そして、うちのドームの調査チームが外気の安全性を発見した】

【でも、こちらのドームの人たちは、まだそれを知らない】

【そうよ。さらに悪いことに、このドームでも人口が減少し始めている】

【うん】

【そういうドーム内の問題、それも解決の難しい問題が発生すると、権力者たちは、民衆の目を中から外へ向けようとする。決して自分たちのドームに問題はない。というか、自分たち権力者には何の問題もない、ってね】

【だから、ルジェーナのドームの人から何を言われても、どんなに聞くべきことだとしても拒絶する?】

【隣のドームは、自分たちより劣っていなければならない】

【そんなあ】

【そして、絶対に悪でなければならないの】

【だから、また、何らかの陰謀だと考えた?】

【恐らくね】

【ひどいやつらだな】

【あくまでも私の推測だけど、そんなに外れていないと思う】

 彼女は肩をすくめた。

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