第5話 今度は私の番

 夕日を背に立つ女性は、こちらからはシルエットになっているので顔がよく見えない。

ひょっとして、あの女性がミランダだろうか? 訝しんだそのとき。


「ミランダ!」


あろうことか私の眼前で、頬を染めて嬉しそうに名前を呼ぶジェレミー。

一瞬彼に対し、軽い殺意を覚えるもグッと堪える。


まだ駄目だ……。ジェレミーを社会的に抹殺するためにも我慢しなければ。


「会いたかったわ! ジェレミー!」


ミランダはドレスの裾をたくし上げると、ジェレミーの元へ駆けてくる。


「俺もだよ、ミランダ!」


「はぁ!?」


私の驚きの声を他所に、ジェレミーは笑顔のままミランダの元へ駆け寄り、2人は夕日の中で熱い抱擁を交わす。


「はぁぁぁっ!?」


思わず驚きの声が漏れてしまう。


何? 一体これは? 喫茶店で私に彼女の話をした時は、ミランダが宰相の娘で見初められてしまったからやむを得ず……というような言い方をしていた。

けれど今眼前で繰り広げられている熱い抱擁は、誰がどう見ても愛し合う恋人同士にしか思えない。


「ジェレミー様、あなたに会えない1日は辛くて辛くて堪らないわ」


「俺もだよ、ミランダ。俺の頭の中は1日中、君のことで常にいっぱいだ」


抱き合いながら、思いの丈を語り合う2人。もはや私の存在など眼中にないようだ。


それにしてもジェレミーめ……。


つまり彼は私と会っているときもミランダのことで頭を占めていたということだ。しかもそれを私の目の前で話すとは……。

もうジェレミーには一切の温情をかけるのはやめにしよう。


そんなことを考えていると、さらにあろうことか2人は私の前で互いの顔を近づけ……キスを……!?


「ちょっと待ちなさいっ!!」


あまりの展開に、つい冷静さを失って大きな声を上げてしまった。


「えっ!? きゃあっ!! あなたは誰!?」


そのときになって初めてミランダは私の存在に気付いたのか、悲鳴を上げて距離を取る。


「あ、そうだったミランダ。忘れていたよ。元婚約者のヴァネッサも、君に挨拶したいと言って一緒に来ていたんだった。驚かせるつもりはなかったんだ。ごめんよ、悪かったね」


甘ったるい声で、ウェーブのかかったミランダの黒髪を撫でるジェレミー。

そんな甘い声で私は一度も語りかけられたこともなければ髪を撫でられたこともない。


ましてや、抱擁されたことすら……。


怒りで身体が震えそうになるのを必死で堪えつつ、私はミランダに挨拶をした。


「はじめまして、ミランダ様。私はヴァネッサ・ハニーと申します。ジェレミーの……」


「今はただの幼馴染だよ。俺達は先程婚約解消をしたからね」


ジェレミーは私に視線を合わすこと無く、勝手に発言する。


はぁ!? 何ですって!?

思わず心の声が飛び出しそうになるところを必死に抑える。


「まぁ! そうだったのですか? 本当にありがとうございます。私、ずっと婚約者の方に申し訳ないと思っておりましたの。ですが恋する気持ちは抑えられず、ついついジェレミー様と逢瀬を重ねて愛を育んでまいりましたの」


「そうですか……そんなに逢瀬を重ねて、愛を育まれてきたのですね?」


私とは一度も育んだことすら無いのに? 


「そうだ、ヴァネッサ。今まで俺は色々な女性に言い寄られてきたけれども、誰にも心惹かれることは無かった。だが、彼女は違った。初めてだったんだよ、こんな気持になれたのは……幼馴染の君なら分かってくれるだろう? 俺が今、どれだけ幸せな気持ちなのかを。応援してくれるよな? 俺とミランダのことを」


「ジェレミー様……」


頬を赤く染めてジェレミーを見つめるミランダ。


もはやジェレミーは、私達が婚約者同士だったことすら記憶の片隅に追いやってしまったのだろうか?

堂々と浮気していたことを告白し、私に悪いという気持ちすら抱いていない。


もうここまで我慢したのだから、いいだろう。


私は伊達に21年間もジェレミーの幼馴染をやってきたわけではない。私は彼の両親すら知らない重大な秘密を握っているのだ。


「お二人共……言いたいことはそれだけかしら?」


私は笑みを浮かべて二人を交互に見つめた


ジェレミーは私の尊厳を踏みにじってくれた。

だから、今度は私が彼に鉄槌を下す番なのだ――

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