第3話 甘くない私
「え? 言いたいことって……?」
ジェレミーが驚いたように目を瞬く。
「ジェレミーが言いたいことは納得したわ」
「本当か? 本当に納得してくれたのか?」
ホッとした笑顔を見せるジェレミー。
「ええ、勿論。だから他に言いたいことはあるのか、聞いているのよ」
「言いたいこと? そうだな……それじゃ、ヴァネッサ。家に帰宅したら両親に報告してくれないか? 俺との婚約は解消したって。勿論、俺も両親に報告しておくから」
まさか、ジェレミーは私の両親への婚約解消の報告を丸投げしようとしているのだろうか? 冗談ではない、こちらはまだ了承すらしていないのに?
怒りを抑えて、冷静に尋ねる。
「ジェレミー。自分の口から私の両親に婚約解消したいと報告する気は無いのかしら?」
「え? だって……ヴァネッサから報告してくれるんじゃないのか? それに、俺は今からミランダ譲と会う約束があるんだよ」
「何ですって? 今から?」
つい語気が荒くなりそうになる。
まさか、ジェレミーは私に婚約解消を告げたその足でミランダ嬢と会うつもりなのだろうか?
「そうだ、18時に宰相の自宅の庭園にあるガゼボで会うことになっているんだ。そろそろ行かないと間に合わなくてね」
ジェレミーはソワソワと時間を気にしている様子で、懐中時計をポケットから取り出した。
あろうことか、婚約解消を申し出ている私の前で次のデートを気にしている。
もはや、怒りを通り越して呆れるばかりだ。
ジェレミーは単なる幼馴染の腐れ縁としか思っていなかっただろうが、私は違う。
これでも彼のことを好きだったのだ。
私はジェレミーの隣に立てるほど、美しい容姿をしていない。だからせめて彼に恥を欠かせないように勉強を頑張った。そして、図書館司書という仕事に就くことも出来た。
立派な仕事に就けば、彼の隣に堂々と立てるだろうと思って今まで努力してきたのに……?
こんなことで、私との21年間を無かったことにしようとしているなんて、あり得ない。
もう我慢の限界だ。
そこまで私を蔑ろにするなら、こちらにも考えがある。そこで笑みを浮かべてジェレミーに尋ねた。
「それなら、私も一緒に行っていいかしら?」
「え!? ヴァネッサが一緒に!?」
「ええ。だってミランダ嬢は私という婚約者がいることを知っているのでしょう? だとしたら御挨拶に行かなくちゃ」
「挨拶って……一体何の為に?」
心なしか、うろたえる様子を見せるジェレミー。
「私が顔を見せて笑顔で挨拶すれば、ミランダ嬢だって安心出来るんじゃないのかしら?」
「あ、そうか……そういうことか。そうだな、実はミランダ嬢が不安がっていたんだよ。婚約者を奪うような真似をしてしまって相手の女性が怒っているのではないかってね。勿論、そんなことは無いから大丈夫だよと告げてはあるけれども彼女を安心させるためにも、元婚約者のヴァネッサが来てくれた方が良いかもしれない」
「ええ、そうね」
平静を装いながらも、私の怒りは頂点に達しようとしていた。
こっちはまだ婚約解消を承諾していないのに、既に私はジェレミーにとって元婚約者に成り下がっているのだから。
「よし、それじゃ早速行こうか? 今から辻馬車に乗れば時間までには間に合うだろうから」
笑顔で立ち上がるジェレミー。
「ええ、そうね。急ぎましょうか?」
私も笑顔で返事をし、2人で辻馬車乗り場を目指した……。
****
「……それで、ミランダ嬢はつい最近まで、外国の学校に通っていたらしいんだよ。卒業して帰国した際に、偶然城で俺を見かけたらしくて……」
馬車の中で、ミランダ嬢との出会いを嬉々として語るジェレミー。
「ふ〜ん、そうだったのね」
適当に相槌を打ちながら、私はジェレミーへの報復を考えていた。
みていなさい、ジェレミー。
私の名前はヴァネッサ・ハニー。よく皆からは甘い名前だと言われるけれども、私はそんなに甘くない。
私を蔑ろにしたことを、思いきり後悔させてやる。
何しろ、ジェレミーのあの秘密を知るのは、この私だけなのだから――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます