言いたいことは、それだけかしら?
結城芙由奈@コミカライズ発売中
第1話 婚約者
私の名前はヴァネッサ・ハニー。伯爵家の長女で、現在21歳。
教育熱心な両親の元で育ち、ありがたいことに短大まで出させてもらって現在は市立図書館で勤務している。
それは図書館に務め始めて1年目、仕事にもようやく慣れてきたある日のことだった……。
****
返却された本を棚に戻していると、不意に声をかけられた。
「ヴァネッサ」
振り向くと驚いたことに婚約者のジェレミー・クラウンが立っていた。彼も同じ伯爵位で、近衛兵として王宮に務めていた。
「あら? ジェレミー。職場に来るなんて初めてね、一体どうしたの? それに仕事じゃなかったの?」
よく見ると、いつもの騎士の礼装ではなく平服を着用している。
「今日は仕事が休みなんだ。実はヴァネッサに大事な話があって来たのだけど……何時頃仕事が終わりそうかな?」
「そうね、後30分位で終わりそうだけど……ジェレミー。また剣を差して来たのね?」
彼の腰には短刀が差してある。
「……あ、ああ。これがないと、どうにも落ち着かなくて」
ジェレミーは自分の腰にさした短刀を見つめた。
「だけど、ここは図書館よ。よく短刀を差したまま中に入れたわね」
「それは大丈夫だ。確かに入口で止められたけれど、近衛兵の身分証明証を提示したら中に入れてくれたよ。それに、ヴァネッサの友人だと伝えてあるし」
「そう……」
私達は確かに幼馴染でもあるが、婚約者同士でもあるのに? ジェレミーの話し方に若干の違和感を抱きつつも頷いた。
「後、30分で終わるんだな? だったら、図書館の近くにある喫茶店で待っているよ」
「分かったわ」
そしてジェレミーは去っていき、私は残りの仕事を再開した――
****
窓際の一番奥の席で、ジェレミーは本を読んでいた。
店内には数人の女性客がいたが、全員がジェレミーに釘付けになっている。
スラリと伸びた長身、ブロンドに碧眼で彫像のように美しい顔のジェレミーは確かに人目を引く。
その点、私は平凡だった。
ダークブロンドの髪にヘーゼルの瞳。ジェレミーの隣に立てば、彼の引き立て役のような存在……それが私。
幼馴染であり、家同士が決めた婚約者でなければ2人でお茶を飲むような関係にもなれなかっただろう。
「お待たせ、ジェレミー」
テーブルに近づき、声をかけると彼は顔を上げた。
「あ、来たんだな? 座ってくれ」
「ええ。失礼するわね。何を飲んでいたの?」
「ん? ただのコーヒーだけど?」
「そう、だったら私はホットココアにするわ」
そこで、たまたま近くを通りかかったウェイターにホットココアを注文するとジェレミーが話しかけてきた。
「相変わらず、ヴァネッサは甘い物が好きなんだな」
「そうね。図書館の仕事は色々頭を使うことが多いから」
「なるほど」
そこで本を閉じるジェレミー。
「それで、図書館に来たのは何か話があったのでしょう? 何か急ぎの用事でもあったのかしら?」
私達は婚約者同士ではあったものの、交流することはあまり無かった。子供の頃からの腐れ縁ということもあり、余程のことがない限り会うことはなかったのだ。
しかし、一応は将来結婚する婚約者同士。
パーティーに参加する際は、いつも2人で衣装合わせをして参加していた。
……にも関わらず、ジェレミーにつきまとう女性たちは後が絶えなかった。
やはり彼が人並み外れた美しい容姿をしていることと、近衛兵という国王を守る側近という騎士としても花形の地位にいたからだろう。
そんなジェレミーと地味な私が婚約者同士だということを女性たちがよく思うはずはなかった。
子供の頃から、今現在に至るまで令嬢たちから嫌がらせを受けたことは数知れず。
ノートを破かれたり、教科書を隠されたり……1人だけお茶会の誘いを受けられなかったりと散々な目に遭わされてきた。
まだ子供だった頃は虐められてよく泣いていたけれども、徐々に耐性がつき……今ではすっかり動じない性格になっていたのである。
そのせいで、周囲からは可愛げのない女性だと敬遠されるようになってしまった。
それもこれも、今私の目の前で呑気にコーヒーを飲んでいるジェレミーのせいで……。思わず彼を見る目つきが鋭くなる。
「どうしたんだ? さっきから人の顔をじっと見つめて……?」
ジェレミーが訝しげに首を傾げる。
「いいえ。何でもないわ。それよりも用件を教えてくれる」
「それが……」
そのとき、ウェイターがやってきて、私の前にカップを置いた。
「お待たせいたしました、ホットココアでございます」
「ありがとう」
「ごゆっくりどうぞ」
ウェイターは会釈すると去っていき、再び私とジェレミーの2人になる。
「あ、ごめんなさい。話が中断してしまったわね。それで、どんな用だったのかしら?」
ホットココアの入ったカップを手に取った。
「実は……婚約を解消して欲しいんだ」
ジェレミーは、私の目をまっすぐに見つめた――
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