VENATOR~魔物狩りの兄妹、復讐と正義の旅

柿うさ

第一章 終わりと、始まり

第1話 村という卵

 アルトリウスは、暗闇の中で恐ろしい夢の中にいた。その夢は彼を追い詰め、不安に満ちたまま跳び起きさせた。ベッドから突然の動きで押し出され、床に落ちる音が響く。その音に反応して、妹のルナフレーナが心配そうな表情を浮かべ彼に近づいてきた。


「もう、兄さんたらびっくりさせないでよ」


 ルナフレーナの声はやんわりと、でも同時に兄を気遣う温かさがにじみ出ていた。

 アルトリウスは苦笑しながら、ベッドから立ち上がり、彼女の手を取る。


「ごめんな。ちょっと悪い夢を見たんだ」


 彼の言葉に少し安心したルナフレーナは、彼の顔を見つめる。


「いきなり、ベッドから落っこちちゃうんだもん。頭、打たなかった?」


 ルナフレーナはアルトリウスの手を優しく握り返す。彼女の長い黒髪はなめらかに流れ、優雅ゆうがに肩をかすめている。また、瞳は藤色のような柔らかな紫が混ざったピンクで、まるで春の花が咲き誇る庭園のような清らかな輝きを放っていた。


「心配してくれてありがとう。大丈夫だよ」


 アルトリウスの言葉に安心した表情を見せると、ルナフレーナは思い出したように言葉を重ねた。


「あっ、そうだ。さっき村長さんが兄さんに会いに来たのよ」


「村長が?」


「うん。寝てるって言ったら、また後で来るって帰っていったけど」


 アルトリウスは、ルナフレーナの言葉に驚きながらも、心の中で考え込んでいた。村長がこんな早朝に訪ねてくるというのは、普異例のことだった。

 まだ外は薄明るく、夜明けが近づいている時間帯だ。彼は、窓から差し込む淡い光を感じながら、村の出来事について考える。そして、村長が朝早く訪ねてくるということは、何か重大な用事があるのだろうと結論付ける。


 アルトリウスはルナフレーナとのやりとりを済ませると、急いで支度を調え、リビングへと向かう。そこでは彼の両親が既に起きていて、彼の姿を見ると微笑みながら挨拶をする。彼の両親は、山奥の村に暮らす人々らしい素朴で実直な雰囲気を漂わせている。


 彼らの父、エドワードは、頑丈な体格を持ち、風雨に晒されて少し焼けた肌が特徴的だった。短く刈られた黒色の髪は、長年の労働の賜物であるように、所々に白髪が混じっている。エドワードの瞳は深い青色で、厳しい自然と向き合い続けた経験が刻まれていた。彼は厚手の布地で作られたシンプルなシャツと、丈夫な革のズボンを身に着けており、上から粗い織りのベストを羽織っていた。ベストには修理の跡が見え、彼が長く大切にしてきたことがうかがえる。


 彼らの母、イレーネは優雅さの中に実直さを感じさせる女性で、肩まで届く柔らかな金髪が風になびいていた。彼女の瞳は、ルナフレーナと同じく藤色が混じった優しいピンク色で、まるで山の花々のように自然の美しさを映していた。イレーネは手織りのウールのドレスを身にまとい、その上から織り目の粗いショールを肩に掛けていた。ドレスは淡い茶色で、実用的でありながらも控えめな美しさを持っている。彼女の手は、村の生活で得た経験が表れるように少し粗く、それでも温かみのある優しい手つきで、家庭を支える力強さを感じさせた。


 エドワードとイレーネは、山の厳しい環境の中で培われた強さと優しさを併せ持ち、互いに支え合いながら生活している。その姿はアルトリウスとルナフレーナにとって、常に安らぎと安心を与える存在であった。


「おはよう、村長が朝早く訪ねてきたんだ。ちょっと話があるみたいだから、急いで行かないと。後でゆっくり話すから」


 アルトリウスは、両親に声をかけると同時に、玄関へと急ぎ足で向かい、一目散にドアに手を伸ばす。そのままドアを開けると、彼の目の前に広がるのは、彼が生まれ育った山間の小さな村の風景が広がった。


 村は緑豊かな山々に囲まれ、その中心には古い木造の家々が立ち並んでいた。屋根は古びた瓦が重なり、木製の壁は年月とともに風化していたが、それがかえって村の趣を引き立てていた。


 小道が縦横に入り組み、家と家の間には色とりどりの花々が咲き乱れている。

 朝日が村を照らし、その光が木々や家々の影を長く引き伸ばしていた。


 また小川が村を貫き、清らかな水が流れていた。そのそばには木製の橋が架かり、足音が木の板を渡るたびに木鳥の鳴き声が響き渡る。小川の両岸には緑の田畑が広がり、そこには村人が農作業をしている姿が見える。青々とした田畑が風に揺れ、遠くには山々が連なり、その向こうには青空が広がっていた。


 アルトリウスは村長の家に向かう途中、通りすがりの村人たちから「おはよう、アルティー」と声をかけらる。彼らの挨拶に微笑みながら、彼も「おはようございます」と返す。


 都市と村では、人間関係の密度や質が大きく異なる。都市部では人々の生活が多様で、個々の生活が忙しく、お互いの距離が遠くなることが一般的だ。

 しかし、村は違う。村はそのコミュニティが小さく、顔見知りが多いため、全員が家族のような結びつきを持っている。このような温かい繋がりが、アルトリウスにとって村を愛し、大切に思う理由の一つでもあるのだろう。


 村の中心に位置する村長の家に向かう道は、村民たちの声と暖かい陽射しで満ち溢れていた。アルトリウスは歩みを早め、村の景色を楽しみながら、村長の家に近づいていく。


 やがて古びた木造の建物が見えてきた。その家は他の家々とは少し異なり、趣のある庭園が周囲を彩り、重厚な木製の門が訪れる者を迎えるように立ちふさがっていた。屋根の上には、輝く太陽の光を受けて古びた瓦が輝き、家の周囲には静寂と優雅さが漂っている。


 また建物の外壁には、年月を経た優美な装飾が施され、古き良き時代の趣が感じられ、窓辺には彩り豊かな花々が植えられ、風にそよぐその姿はまるで優美な絵画のようだった。


 アルトリウスはこの優雅な建物を見上げながら、その雰囲気に引き込まれていく。村長の家は、村の中心に佇む誇り高き存在であり、村人たちにとっての指針となる場所でもあった。

 彼は、足早に家の門をくぐり、重厚な扉に向かって手を伸ばして、ノックする。


「村長、アルトリウスです。お呼びでしょうか?」

 

 ドアが開くと、村長はアルトリウスを温かく出迎える。

 村長は歳を重ねた老人で、白くなった髪と深いしわが彼の長い人生を物語っていた。彼の瞳は優しくも鋭く、長年にわたって村を導いてきた知恵と経験が感じられる。村長の肌は日々の労働と自然の厳しさに晒されて少し焼けており、その上に刻まれた皺は彼がこの地で過ごしてきた歳月を思わせた。


 村長は、伝統的な山間の村の人々が身に着ける質素で機能的な衣服をまとっていた。厚手のウールで作られた長袖のチュニックは、淡い灰色で、所々に修繕の跡が見られる。チュニックの上からは濃い茶色のウールのベストを羽織り、そのポケットにはいつも持ち歩いている古びた木製のパイプが覗いていた。ズボンは丈夫なリネン製で、少し擦り切れてはいるものの、しっかりと手入れされているのがわかる。彼の足元には革で作られた靴が履かれており、靴紐は丁寧に結ばれていた。


 村長はまた、実用的な幅広のベルトを腰に巻いており、そのベルトには小さな革のポーチがいくつも付けられていた。ポーチには村の地図や道具、時折彼が使う小さな道具が収められているようだった。彼の姿勢は背筋がしっかりと伸びており、年齢を感じさせない威厳を持ち合わせていた。


 彼の笑顔には温かみがあり、その表情はまるでアルトリウスを安心させるかのようだった。村長の家の中には、木の暖かな香りとともに、薪が燃えるパチパチという音が心地よく響いていた。壁には村の歴史を描いた絵や、村の行事の絵画が飾られており、訪れる人々に村の誇りと伝統を感じさせる。


「おはよう。よく来てくれた。ちょっと用事があって訪ねたのじゃ。入って、話そう」


 村長の言葉に従い、アルトリウスは家の中に入る。村長の家の内装は、外観同様に古めかしく、しかし美しく手入れされている。広いリビングには重厚な家具が配置され、壁には古い絵画や装飾品が飾られている。また、窓から差し込む朝日が、部屋全体を優しい光で満たし、居心地の良さを感じさせた。

 村長は早速といった様子で用事について話し始める。


「この村の民芸品が町で高く売れることは、知っているだろう?」


 アルトリウスは村長の問いに頷く。


「はい、存じています。嶺翠れいすい染めの絹織物は町で大変人気がありますね」


「うむ。そして、毎年そのお金で、村祭りの為の物資を買ってくるのだが、今年はアルティーに買ってきてもらいたいんじゃよ」


 アルトリウスは真剣な表情で村長の話を聞き入り、すぐさま「了解しました、村長。村祭りの物資を買ってきます」と返答する。


「この村からふもとの町へ下りるのは、大変だがアルティーなら大丈夫じゃろ。売り物は、村の入り口の馬車に積んでいる。頼んだぞ」


 アルトリウスは、村長の言葉を受けて頷き礼をするとすぐに外に出て、村の入り口へと向かう。すると、すぐに彼の目に一台の馬車が映る。

 村には数台しかない馬車が、その一台だった。木製の枠組みは、年月の経過とともに少しずつ色褪せていたが、その頑丈さはまだまだ健在だった。馬車の上には、村の誇る民芸品が丁寧に積み上げられていた。


 布で覆われた積荷の中からは、優美な織物や芸術的な陶器が一部顔を覗かせている。風になびく布が、穏やかな朝の光を受けて揺れ、陶器の表面は太陽の光を反射していた。馬車の周囲には、馬が駐車されており、穏やかに草を食んでいた。


 アルトリウスが出発しようとしたその時、村の入り口に向かって歩くルナフレーナの声が聞こえた。


「町に行くなら、私も連れてってよ。私も町に行きたい」


 アルトリウスは振り返り、妹の姿を見つける。ルナフレーナの顔には、興奮と期待に満ちた表情が浮かんでいた。彼女の黒髪は風になびき、太陽の光を受けて輝いているように見える。


 村民にとっては、村が世界なのだ。年頃の女の子にとって、村の世界は少し退屈なのかもしれない。アルトリウスは妹のルナフレーナが、村での日常に刺激を求めていることを理解していた。


「いいよ、ルーナ。一緒に行こう」


「本当に? ありがとう、兄さん!」


 ルナフレーナは喜びに満ちた笑顔でアルトリウスに向かって言った。

 

「でも行く前に、ちゃんと父さんと母さんに許可をもらわなきゃね」とアルトリウスが言葉を付け足すと、ルナフレーナは頷く。


「そうだね。急にいなくなると心配するから、ちゃんと許可をもらおう」


 兄妹は村の家に向かうと、両親に村長からの仕事とルナフレーナの同行を報告する。両親は微笑みながら了承し、彼らの小さな冒険に祝福を送った。

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