第5話:妖魔
ヤン家の一行が村に辿り着くと、白い大蛇が暴れまわっていた。
村のあちこちから悲鳴があがり、家が崩れ落ちている。村人か兵士かは分からないが、倒れている人の姿も見えた。
「イラ。救助隊を2部隊増やせ。村民、負傷者の回収を急がせろ。……取りこぼすなよ」
「はっ」
ヤン・リクは厳しい表情で、側近に命じた。そしてその表情を崩さないまま、トウ・フォンに訊ねる。
「トウ・フォン殿。どうですか?」
「ええ。屋敷でお話ししていた妖魔に間違いないかと。名を『華白』と言います。ただ、通常より体が大きいですね」
「なるほど。なんとか、なりそうですか?」
トウ・フォンは少し思案して、慎重に答えた。
「そうですね。あの妖魔を倒すには、頭部の華を切り落とすことです。ただそのためには、あの毒の蔓を、かいくぐらなければなりません。広範囲の攻撃に対応できる者が囮となって、もしくは数でもって妖魔を引きつけ、その隙に身軽で素早い者が近づいて華を切り落とす。というのが定石です」
ヤン・リクは唸る。
「捨て身の戦法だな。余程の猛者でもなければ、ほぼ確実に毒を受ける」
「はい。技量と、覚悟と度胸、それから解毒の準備が必須です」
「解毒の方法は?」
「大蛇の植物から解毒薬が作れます。そのまま葉を食べても緩和はできますが、完治のためには精製して調合したモノが必要です。それに……そうだ。ちょっと失礼」
フォンはそう言うと、おもむろに剣を抜いた。そして大蛇にふらりと近づくと、自分に向かってきた蔓をひらりとかわして腕を振る。なかなか大雑把な動きだったが、数本の蔓を持って戻ってきたフォンに、ヤン・リクは驚いた。
「ヤン・リク殿。ひとまずコレを使って、村人たちの応急処置を。蔓本体には触れず、葉だけを摘んで口に含ませてください。大人ひとりに一枚ずつです。子どもには半分を」
「わかった。イラ」
「は、はい!」
フォンは蔓の一本をイラに渡し、残りの蔓を指す。
「あと、こっちの蔓を、ヤン家へ届けてもらえますか?」
「ヤン家へ、ですか?」
どういう意味だろう? ヤン・リクは訝しげに聞き返した。
「はい。できれば最速で。解毒薬の精製には道具も要るし、時間もかかります。この地に馴染みのない妖魔の解毒薬ですし、失礼ですが薬の蓄えはないでしょう? 他所から取り寄せるよりは、作ったほうが早い。蔓を送っておけば、リャン・チル姫と侍女が、好いようにしてくれるはずです」
「リャン・チル殿が?」
「はい。心配いりません。あの方、手先は器用ですから」
「いえ、そういう意味ではなく」
言いたいことは痛いほどわかるが、フォンは軽く笑うにとどめた。
「まあ大丈夫ですよ。それよりも、まずは大蛇です」
「……そうですね。先ほどの太刀筋、さすがはトウ家の武人だと感嘆しました。華を落とす役は、お任せしてもよろしいか?」
「もちろんです。引きつけ役はどうします? 人海戦術でいきますか?」
「いえ。私が囮役を引き受けます」
フォンは驚いた。ヤン・リクの武勇はトウ家にも届いていたが、毒を受ける可能性がある中で、族長自ら囮に出るとは思わなかったのだ。
「ヤン・リク殿が? あなたは族長です。いささか早計では……」
しかしフォンの苦言を笑い飛ばし、ヤン・リクは自らの武器をかまえる。
「戦いの前線に立てない族長など、穂先の抜けたホウキのようなものです。それに広範囲の攻守なら、私の武器は向いています」
そう言いきる姿は、品がありながらも、どこか凶暴な獣を連想させるもので、フォンは、『真面目で苛烈』というヤン家族長の噂の発端を垣間見た気がした。
「ははっ。なるほど。確かにそうですね。……では、お任せします」
二人は大蛇へと足を進める。
そしてフォンはこっそりと、彼とリャン・チル姫との相性を慮り、内心ため息をついたのだった。
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