第49話 余興の終わり




「……とまぁこれが今我らがお主に渡せる情報だ」


誰もいないであろう闇の狭間とでも表現してもいいほどの森。虫は鳴き続け、鳥の羽ばたく音が響く中、ローレンスと合流後、俺たちは改めて話し合っていた。


「……屋敷にいたスパイは?」


ローレンスに確認を込めて聞き、それに彼女は問題ないと言わんばかりに頷いて


「既に調教済みだ。安心せい、あれがもう一度我らを裏切ることなど絶対にない」


調教済みという言葉に俺は顔を歪めてしまったが、仕方ない。これが彼女のお願いの一つでもあるのだから。



「…確かに、気持ちは分かるが、もう少し加減しても良かったんじゃないか?」


「甘いぞアクセル。それが命取りになるのだ……それにアクセルの身内に裏切り者がいる……許せるわけがなかろう?」


ローレンスに同意するように隣でユニーレが顔を上下に何度も頷く。

その徹底ぶりに俺は一瞬ゾッとしてしまうが、それは表に出さない。


「……それで、魔族の情報は?」


今度はユニーレに確認をするために促し、それに対して彼女は何か魔法を俺に向けて発動させた。


「っ!……これは?」


「あの家と手を組んでいる魔族の特徴よ。

私の魔法で貴方に情報を渡したわ」


おぉ…そんな便利な魔法もあるのか……もはや魔法ってなんでも出来るのではないのか?

とそんなこと考える余裕もあまりないので、

その情報をしっかりと確認する。


「………………………あぁ、なるほど」


俺はその情報と原作の情報を照らし合わせ………納得する。いや、納得するしかなかった。なるほど……確かになら可能、か。


「………」


「?どうかしたのかアクセル?」


俺の様子に少し変と思ったのだろう。ローレンスが不思議そうに聞いてくる。


「ん?あぁいやなんでもない。些細なことだから気にするな」


「それならいいが……思い詰めるでないぞ?」


「あぁ、ありがとう」


彼女の気遣いに感謝を込めてお礼を言いながら、頭を撫でる。少し驚いてはいたが、とても心地良さそうに目を閉じて笑みを浮かべている。


「…この情報は確か、てことでいいんだな?」

もう一度確かめるようにユニーレに聞く。


「そのはずよ。私が徹底的に調べ尽くしたのだから信じてもらってもいいわ」


「……ふむ」


それが正しければ……


「…もう一体魔族が裏に潜んでるかもな」


「…本当なの?」


その言葉にさっきまで余裕を醸し出していたユニーレも心地良さそうにしていたローレンスも驚きの表情に変化する。

魔族が誰かと組むなど、本来ありえないことだ。それが同族であってもだ。


昔から魔族のこと知っている二人が驚くかも無理はない。


「あぁ、それなら見当が付く……だが、奴らの目的は一体……?」


そこまであのペレク家と手を組んでいる理由が分からない。アクセルの過去については言及がされることが少ない分、情報が少なすぎる…ここまで分かったのも二人が頑張ってくれたからだ。


「……いや、これは終わった後に考えよう」


少なすぎる情報で奴らの目的に辿り着くのは不可能と考えた俺は頭を振り、改めて二人と向き合う。


「もしかしたらその魔族と相対するかもしれない。殺されそうになったらその時は潰しても構わない」


「分かったのだ」「了解」

魔族のことはこれぐらいにして……あとは……


「…二人は俺たちが屋敷に行く時、なるべく誰にもバレないように潜入してくれ」


「……みんなを止める為、ね」


その言葉にユニーレは顔を歪めさせながら声に怒りを漂わせ、ローレンスの表情も曇るように下へと俯いた。


「……心配するな。失敗しなければ何も問題ないはずだ」


その様子に俺は苦笑しながら、彼女達を慰める。ただ絶対ではない。正直なところ、他にもっといい方法はあるとは思うが……頭の足りない俺ではこれが限界だ。


「……お主のことは、信じる。お主が我らを信じて任せてくれたように」


俯きながらもその言葉には強い意思が宿しており、前まで涙を流して縋っていた少女とは思えないローレンスの姿がそこにはあった。


「ローレンス…」


「なに、失敗すれば我もお主の後を追えばいいだけの話だ。そう難しい事ではない」


……前言撤回だ。やっぱりこの子、何にも変わっていなかった。その言葉を聞いて俺は胃に穴が空きそうな勢いでため息をついてしまう。


「な、なんだ!仕方ないではないか!?アクセルがいない世界など居ても意味がないじゃないか!!」


「いやだとしてもな「その通りよ」………

ユニーレさん?」


雰囲気は依然として変わらないが、俺の言葉を断ち切るようにユニーレは口元を三日月のように歪ませている。


「私は貴方だからこうしてこの世界で生きているの。この世界を混沌に埋め尽くさないの……貴方がいない世界なんて、残酷で、虚しいだけじゃない」


「だから」


すると、彼女は目を鋭く細め、表情は厳しいものに変わった。それは、約束を破れば絶対に許さないという意思を宿しており、そしてそのままユニーレは俺に伝えた。


「必ず、帰ってきなさい。私たちは貴方を待ち続けるわ」


それはある意味、呪いの言葉かもしれない。死ぬことは許されない、死んだらこの世界を壊し、貴方の後を追うという、呪いの言葉。


ただ俺はその言葉を……鼻で笑い返してやった。


「……俺が、あんな奴らごときで死ぬと思うか?」


さっきまでの弱腰の姿勢は、彼女らの言葉で完全に何処かへ飛んで行った。


その問いにローレンスは満面の笑みで、ユニーレは口元をほんの少し上げながら答えた。


「「そんなこと万に一つもない(わ)!」」


俺も自然と口角をあげ、改めて宣言した。


「必ず生きて帰る。俺がいない間……頼む」


その問いに二人は前とは違い力強く頷き、それを確認できた俺は再び戦場へと返り咲くように王都に戻る。


「………いくぞ」



「……計画は?」

ペレク家一同が留まっている屋敷で、ゼノロアは目の前の貴族、セミカに問う。


「えぇ、ばっちりよ。あっちにいるスパイちゃんもしっかりと役目を果たしてくれたみたい」


そう言いながら彼女は懐から悪魔が宿ってると言われても不思議じゃないほどの不気味な

輝きを放つ透明な液体が入ったビンを取り出す。


「それが…例の……」


「えぇ……これでようやく……くふふっ」


セミカはそのビンを撫でるように触ると、ようやく自分の悲願が達成される喜びで歪な笑みを浮かべてしまう。


その様子を見ていたゼノロアもまた、表情には出てはいないが、心の中では歪みに歪んでいた。


(……やっとだ……これでやっと………奴らに………くくくっ)


この時、普段のゼノロアならペレク家直属の暗殺部隊がいつの間にかいなくなってること気付くべきであった。

だが、彼は宿敵を滅ぼせる事で頭の中がいっぱいになっており、気づくべき変化に気づかずにいた。


それが、崩壊の前兆とも知らずに。







数日後、俺たちはおそらくイベルアート家が派遣してくれたであろう馬車を使って屋敷に

到着していた。


今いるメンバーは俺、父、ソフィア、マリアとその護衛であるジーク、モルクだ


「結局、ほとんど全員連れてきたんですね」


俺は苦笑気味に父上に話しかけ、それに対して父上も少し苦笑している。


「いやね、ソフィアもマリアもアクセルが行くなら自分もって何も聞かなかったんだよ。アルマンとリアーヌはおそらく魔石鉱脈のことだろうね、今もバレロナ様達と会談しているよ」


その話に俺も隣にいる二人に頭を抱えてしまう。この人たち、いい加減俺から離れたらどうなんだ……まぁ今は都合がいいから良かった。


ただアルマン兄上や母上は今も魔石鉱脈のことでいない…おそらくレイスはそれの護衛だ。

それならこのメンバーにも納得がいく。ただモルクがいるのは珍しい……ジークに強引に連れてこられたのかな?現にだるそうにしているし……


「……お兄様、あれを」

すると、隣にいるソフィアは考え事をしている俺に目の前にいる人物のことを指摘してくる。


「皆様、この度はご足労していただきありがとうございます。残りの方々は既にお待ちしております。さぁどうぞ、ご案内します」


メイド長だろうか?それほどの貫禄のある人物が門の前に立って待っており、俺たちを案内するように先に歩き出す。


「ではモルク、お前はここで門番を頼む」


「えっ……俺、ここで居残りですか?」


ジークが頷くと、それが肯定と捉えたのだろう。モルクは身体をだらけさせて「せっかくの休みなのに……」と呟き、俺たちから離れて行った。


「ほら、ボーっとしてないで行くわよアクセル」


「うわっちょ……」


そのやり取りを見ていると、姉のマリアに強引に腕を引かれ、その勢いで腕に抱きつかれたまま歩き出す。


「ふふん、アクセルの香り〜」


姉の様子にソフィアはいつも通りに殺気を飛ばし、ジークもまたマリアのことを軽蔑するように見ている。なんか嫌われてませんか貴方?


そうしている間にもう着いたのかそれらしき扉に着いて、メイド長さんがいつも通りにドアをノックするのが聞こえた。


「旦那様、マエル様方がご到着なされました。入ってもよろしいでしょうか?」


「あぁ、もちろん。入ってくれ」

すると応えるように、気弱だがとても優しい声が聞こえた。

そして、メイド長さんが扉を開けると、そこには豪華な調度品で飾られ、壁には貴重な絵画が掛けられていた。長い食卓には美しい食器が整然と並び、シャンデリアからは柔らかな光が降り注いでいるのが分かる。


その食卓におそらくイベルアート家であろう当主と……ゼノロアとセミカの存在が確認できた。


「遅くなってすまない、ディミトリ殿。

少し遅刻してしまったよ」


「いやいや、マエル殿。こちらの招待して応じてくれて感謝しているよ」


話すだけでも優しそうだ。父のような策略さを感じさせず、バレロナ様のような圧巻な空気は漂わさず、ゼノロアのような醜い心を持ち合わせていない、持っているのは純粋な優しさのみ。それが彼の取り柄なのだろう。


「ハハハッ普通はこういう招待をされたら、すぐに来るのが礼儀だと思うがな……おっとそんな礼儀は貴殿たちには持ち合わせてないか」


と、相変わらずの嫌味で俺たちを非難してくるゼノロアの姿がある。それに対して父上はただ何も言わずに微笑み返してるだけ。


「……ふんっ、まぁとにかくこの時間を楽しもうではないか。ほらっさっさと座りたまえ」


その態度に気に食わないのか、さっさと座るように促している。そう言われなくても俺たちは四人は彼らと相対するように座り、ジークは一歩下がり近くで立って待機する。



「みなさん!今日は集まってありがとうございます!思う存分この時間を楽しんでいってださい!」



そうディミトリ様が言うと準備をしていたのか、俺たちの目の前にイベルアート家の紅茶が置かれる。


「……ふむ、全く取り柄がないイベルアート家もこの味は絶品らしいな」


嫌味を吐きながらも紅茶を飲んで予想以上に良かったのか、驚きの表情を浮かべ感想を言ってくる。


「皆さんもどうぞ、我が家自慢の紅茶です」


そう促されて父、ソフィア、カップを渡されたジークは貴族らしく優雅に持ち上げ、湯気を立ち昇らせてる紅茶を口に含んだ。


「……なるほど」

父は口元を綻ばせ


「これは……」

ジークはその味に驚きを示し、


「美味しい……!」

ソフィアはその美味しさに笑顔を浮かべていた。


「お兄様!飲んでみてください!!これはとても絶品ですよ!!」


そうソフィアに勧められ、俺もその流れでゆっくりと口に含む。瞬間、その豊かで深い味わいが、舌をやさしく包み込む。甘くて苦みがあり、微かなフルーティーな香りが口の中に広がる。その紅茶を一口飲むことで、俺の心もまた静寂と満足で満たされていくのを感じた。



「……確かに、とても美味ですね」

イベルアート家の紅茶を淹れる技術に驚きつつも、俺は出来るだけ動揺せずにそのまま達観する。


「如何ですか?実は娘のセミカが淹れた物なんです。私もこれには驚きで……ぜひ飲んで欲しかったんです」


するとみんなセミカに注目し、彼女は座りながらも優雅ながらにお辞儀する。

……なるほどね。


「…マリアさんも、飲んで見ては如何ですか?」


すると未だ飲んでいないマリアにセミカは飲むように勧めてきた。


姉さんの顔を見ると、そこには何も思ってないのか目は光を宿しておらず、それはまるで

原作かつて見たクールで孤高の1匹と呼ばれていたマリアにそっくりだ。


その表情のままマリアはその紅茶を待ち、飲もうとする。


それを見たセミカとゼノロアは全員に気づかれずに口を歪ませている……俺を除いてな。


その中に入っている……原作でマリア・アンドレ・レステンクールが死亡してしまう要因である毒が姉さんの身体を蝕み、そして死んでしまうことは奴らだけしか知らない……俺を除いてな。


そしてその勢いで、奴らは俺たちレステンクール家を滅ぼす計画を立て、そしてこのイメドリア王国を手に入れようとすることは彼らしか知らない…………俺を、除いてな。



………なぁゼノロア・ペレク?お前はこう思ったんじゃないのか?

こんな罠に嵌って本当に馬鹿な奴らだな、と。


……逆だよ、逆。

…………俺が、お前らを嵌めているんだよ。

お前がこれからやろうとしてることも、お前の隠していることも……お前が誰と組んでいるかなんてな………



………全て、お見通しなんだよ。


だが、これはお遊びだ。今から始まる、お前らのの前の余興だ。


………だから、その余興の終わりを俺が直々に締めてやるよ。


そして、俺は覚悟を決めるようにして誰にも気づかれずに息を吸い——誰もが見たことのない姿で、演じ始める。


「———ずる〜〜い!!」


『……え?』


———悪役スペシャル奥義⑤


「僕、もっとのーみーたーい!!」


———演技者ピエロ


俺の突然の急変にその場にいる全員が固まっているのが目に見えた。


「あ、アクセル?」


誰が呟いたのだろうか?父か、姉か、それとも別の誰かか?

……いやどうでもいい。今はただ演じ続けろ。混乱を招く、我が儘な子供のように。


「おねーちゃんずるーい!僕がそれ飲むの!!」


そう言って姉から強引に毒の入った紅茶を奪う。それを全員に見せつけるように口元を孤に結ぶ。


「……えっ……あっ!アクセル、それは駄目!!」


俺からカップを奪われたと自覚するとマリアはその紅茶を取り返すように手を伸ばす。


——ごめん、姉さん


それだけ心の奥底で呟き、

俺はその紅茶を——一気に飲み干した。


飲み干した瞬間、静寂が訪れる。

それは訳が分からない者に対するものなのか、


それとも予想外な者が飲んで顔を顰め、目を見開いたものだろうか。


……それともまるで毒が入っていたのが分かっていたように顔を青ざめた者からくるものなのか。

それは分からない。


ただ確信できることが一つだ。


………ここらで、余興を終わらせよう。


今から始まるのは………誰も見たことのない

悲劇の物語だ。


瞬間、口から何かが吐き出され、身体の皮膚が、骨が針の突き刺されたような痛みで悲鳴を上げ、蝕まれ、そして……力なく倒れる。



だが、最後にペレク家に加担している奴らに眼を合わせ、口元をニヤリと歪ませた。


さて……ここからが……ほ……ん…ば……………ん……………

























「…………あく、せる?」







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