冤罪か、否か
一
大西和真、界隈では、いやこの国で知らないものはほとんどいないといわれる、贈闘の大物。怪我を機に後進育成に専念するとして引退したが、数々の大記録を残した伝説の選手として、ファンの中で多く語り継がれている。
贈闘とは、専用の闘技場にてギフトを用いた戦闘を行うこと。ギフトをカグラの言語では贈物と呼ぶことから、このような名前となった。生身でのド迫力の異能力戦闘が魅力で、世界中で多くのファンを抱えている競技だ。パーティ戦とペア戦、個人戦など、様々な競技形態が存在し、ここカグラでは1対1のぶつかり合いが相当な人気となっている。
「おや、君はさほど驚かないみたいだ」
「ええ、むしろ納得というか、新聞で何度も見た顔だから既視感があったのだと」
「新聞? というと、俺の試合を見てたわけではないってことかね」
「すみません、そのときまだ私は生まれてもいませんので」
「はっはっは、そうかいそうかい、いや、もうそういう人が出てくるのか」
大西が引退表明をしたのが27年前。こうなると普通は年齢差が見た目で何となくわかるものだが、この世界ではほとんど全員肉体年齢が固定されているため、見た目での判別手段がない。
「まあいいさ。君も知っているだろうけど、俺は贈闘選手のコーチをしていてな。昨日は俺の指導した選手のデビュー戦だったんだ、あぁ、個人の方だ」
「そうですか、それで、その結果はどうでした?」
「ああ、そこなんだよ、俺が気を病んでいるのは。結果かい? 結果は勝利だ。そのはずなんだよ」
意味深な言い方をするその少年に、栞は不審に思いつつも、話を遮ることはしなかった。
「対戦相手がな、いきなり倒れたんだ。そのまま緊急で病院に運んだけど、ダメだった、死亡だ」
「なんと、それは大事になりましたね」
競技の性質上、贈闘では死者や負傷者も珍しくない。栞は贈闘とは無縁の人生を歩んできたため、北都で初めて知ったときは困惑した。しかし、国内情勢が安定している今の時代において、戦闘系のギフトに目覚めてしまった人間の受け皿として機能しているのもまた事実で、栞と同様に多くの人々はこの現実を黙認していた。
「話だけ聞くとたいして珍しいことでも無いように思えるだろう?」
「まあそうですね、贈闘における死亡事故なんて、年に3回ぐらいはニュースになっているような気がします。……えっと、もしかして何か裏があるんですか?」
「話が早いな君は。そうだ、相手の倒れ方が不自然だったという証言が集まって、司法解剖が行われたんだ。そしたら『戦闘におけるダメージと死因は無関係である』って診断だったんだ」
そう言うと大西はコーヒーを一気に半分ほど飲んだ。見た目は15歳のはずが、栞には居酒屋で酒をあおる中年男性のように見えた。
「……ギフト戦のダメージではない?」
「そうさ、そこで疑いをかけられてるのが、その例の俺の弟子だ。毒を盛ったんじゃないかとかな、あらぬ噂が立ってる」
「毒殺なら司法解剖の時点で違うと分かるものだと思いますが……まあ人の心はそういうわけにはいきませんからね」
栞の人生はこの世界の大半の人間に比べてそう長いものではないが、人間は理屈ではなく感情で動くのだということは理解していた。特にたった十数年で導入した西洋科学と旧来の日常との軋轢は未だ大きく、科学への正しい理解が進んでいるとは言えない。
「俺の弟子は強い。それに四年間近く見てたが、そんなことをするような奴じゃないことは自信をもって言える。ただ……」
「ただ?」
「そいつ、異世界転生者なんだ。妬み、僻みを一身に受けるし、文化も違う。差別とまではいかないかもしれないが、そういう風潮は確かにある」
「……転生者、ですか。それはある意味苦労しているでしょうね」
異世界転生者、この世界と別の世界が偶然あるいは人為的な力によって空間が接続されることで、呼び出される人間。そうしてギフトに目覚めた人間は、異空間との接続路で莫大なギフト粒子を浴びることによって、強大な力を得る。
そうした転生者が戦闘系のギフトを持ち、かつ贈闘選手を志すと、他の同業者から妬みを受けるのはもちろん、一般の人とも文化の差で苦労することが多いという。栞はそういった話を聞くと、なにも言えずに口をつむぐしかなかった。
「なんとか、なんとかして弟子の無罪を証明してやらなきゃいけない、けど警察も異世界人への偏見が強いし、何より殺害方法が不明とかいって捜査が進展しないんだ」
「それは……」
「悔しいよ、俺は。冤罪で捕らえられでもしたら、あいつのこの先の人生は真っ暗さ」
彼は乾いた笑顔を潤すかのように、残り半分のコーヒーを飲みほした。その姿を見て、栞にある一つの考えが浮かんだ。
「……サービスです」
「これは、なんだい、白いお菓子か?」
「
「……甘いな、口の中で溶ける」
「甘味で、多少は和らぐものもあるかと思います。それと……」
栞は、ある提案をした。
「明日、その事件が起こった闘技場を見に行っても構いませんか?」
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