第19話 自由曲
ピアノのメロディが、優しい響きを残して終わった。
その余韻が消えると、クラス全員の顔を見回して、学級委員兼自由曲作成実行委員長の佐藤が問いかけた。
「それでは、うちのクラスのオリジナル曲は、これに決定ということで。よろしいですか」
反対意見はなさそうだ。みんなのうなずく顔が、嬉しそうだ。どうやらこの曲が気に入ったみたいだ。
「では、次は、この曲のイメージにあわせて、自分で考えた歌詞を、応募用紙に書いて今週中に教室の後ろのボックスに入れて下さい。この曲にのせて歌ってみて、しっくりくるかどうか、イメージに合うかどうか、など考えながら作ってください。まるごと全部の採用はなくても、必ず、応募した人の書いてくれた詞はどこかに入ります」
曲は作れなくても、詩なら挑戦したい、と目をキラキラさせている者もいる。
琉生たちの学校は、2学期後半、秋に校内合唱コンクールがある。課題曲ともう一つ、自由曲を歌うことになっている。自由曲だから好きな歌を選べる、というわけではなく、自分たちで作詞作曲したオリジナル作品を歌う。それが条件だ。
既存の曲から選んで歌うのは、1年生だけ。2・3年生は、クラスで、オリジナル曲をつくって合唱することになっている。毎年、これを楽しみにしている生徒も多い名物行事だ。
自由曲は、演奏のしかたもクラスにお任せだ。ピアノ以外にギターやヴァイオリンを入れるクラスもあれば、基本通り、ピアノ伴奏で歌うクラスもある。
琉生たちのクラスには、ボイスパーカッションの得意な生徒たちもいるので、アカペラでいきたい、というのが目標だ。でもアカペラでいくにはハーモニーの美しさも重要だし、どこまでやれるかは、未知数だ。
練習時間を確保するためにも、早く曲を完成させないといけない。だから、琉生たち実行委員は必死だ。
「去年おととしの先輩たちの曲、思い出したら、なんかハードル上がってしまうよね」
実行委員のひとり、吉田が言った。
「確かに。ちょっとやそっとで、あんなハイレベルのはできそうにない気がしてくるよね……」
ちょっぴり弱気になっているのは、もうひとりの実行委員、菊田だ。
「……うん。毎年、名曲揃ってるもんね。私なんか1年のとき、一回聴いただけなのに、いまだに口ずさんじゃうくらい好きだった曲があるよ。歌詞もちゃんと覚えてるもん」
そう言って、吉田は、その曲を歌い出した。音楽部なので、いつでも人前で歌うのは平気なのだ。
実は琉生も好きな曲だったので、思わずつられて歌い出す。菊田も一緒になって歌いだす。実行委員長の佐藤が、指揮者のまねをする。
ひとしきり歌って、
「いいなあ。こんな感じで、ずっと覚えてもらえる歌、つくりたいね~」
佐藤がうっとりした顔で言う。
「このサビ前のゆるやかに盛り上がっていくところ、いいよな」
「うんうん」
「こんな感じの、心に響く温かなイメージがいいね」
「よし。じゃあ、さっそく、応募してくれた音源、聴いてみよう」
集まった音源は、鼻歌の録音のようなものから、ピアノやギターなどで演奏されたものの録音など、さまざまだ。数はそれほど多くない。応募されたそれらの音源を、一度譜面におとし、それをキーボードやピアノで演奏しながら、使いたいフレーズや組み合わせ方などを工夫して、できるだけ応募してくれた人の創りだしたメロディを生かして1つの曲にする。琉生たち実行委員の方針だ。
クラスによっては、達人級の才能のあるやつもいて、その人におまかせ、みたいなところもあるらしい。
「みんなの歌だから。卒業するまで、いや、卒業してもずっと口ずさんでしまうくらい、大切な歌にできたらいいなと思って」
学級委員兼実行委員長の佐藤はそう呼びかけた。
それに応えるように、応募してくれた曲は、数は少なくても、どれもみんな一生懸命で、なんとなく心がこもっている気がした。
だから、どのフレーズもできるだけ大切にしたい。
実行委員は、朝の始業前と昼休みの時間も使って、曲を完成させた。3年生で、受験勉強もあるので、できるだけ、放課後まで時間をつぎ込むことは避けることにしたのだ。
そうして仕上がった曲を、やっと今日、披露できた。みんなうなずきながら聴いて、自分のつくったフレーズが出てくると、「ほらほら」と自分の顔を指さして笑ったりするやつもいた。
そんなふうに笑い合っているクラスメートの姿を見ると、琉生はしみじみ嬉しい。
仕事減らしてもらったのに、何やってんだ、自分、と思わないでもない。
でも、自分はここにいる。ここにいていい。
クラスにいて、そんなふうに思えるのは、なんだか幸せな気がするのだ。
1年の頃は、仕事やレッスンでいつも早く帰るし、あまりクラスに居場所がないような気がしていた。2年もそれほど変わらず、みんな遠巻きに琉生のことを眺め、どこか遠慮しているようだった。だから、なんとはなしに琉生も気を遣いながら過ごしていた。
3年で、琉生がわりと気を遣わずにいられるようになったのは、学級委員の佐藤のおかげかもしれない。彼は穏やかで、誰に対しても礼儀正しく、優しい。基本まじめなやつだけど、相手を気疲れさせることなく、ほわっとした雰囲気をつくりだす。何かをしくじってしょんぼりしてる子には、「ドンマイ、だいじょうぶ、次は上手くいく」そう言って、笑顔で声をかける。「彼がそう言うと、なんだかほんとに、そう思える」と、誰かが言っていた。
転入したばかりの頃、クラスになじめずにいた織田 空も、佐藤くんはいつも話しやすいと、琉生に話していた。
そんな彼女も、今は普通にクラスの中に溶け込んでいる。
もともと話題が豊富で、素直な人柄の子だから、いい感じにクラスの中に居場所が見つかったみたいだ。今は、楽しそうに、隣の席の女子と笑い合っている。
(よかった……)
琉生は、少しほっとしている。
放課後の図書館内には、女子生徒の姿が多い。あちこちの本棚の前で、本を出したり入れたり、テーブルの上に本を広げて、読んでるフリをしながら、時々カウンターにさりげなく目を向けたりしている。多くは、琉生がお目当ての子たちのようだ。
でも、最近では、彼女たちは特に騒いだりすることもなく、チラチラとこちらを伺って、たまに、琉生と目が合うと、嬉しそうに笑って会釈したりするくらいなので、琉生もそれほど居心地の悪い思いをすることはない。
「他の曜日の放課後は、当番と常連さん以外、ほとんど誰もいないよ」
そう言って、他のクラスの図書委員は話していたが。
カウンターで琉生が隣りに座ると、
「琉生くん、あの曲、めっちゃええねぇ。みんなの創ったフレーズをうまく生かしながら繋ぐのって、すごく難しそうやけど、一つの曲として、全然違和感なかったし」
小さな声で、織田が話しかけてきた。
「うん。でも、キーボード弾きながら、この曲のここは絶対使いたいね、サビはこれやね、とか実行委員で話してるうちに、どんどんイメージまとまって、やりはじめるとけっこうスムーズで。面白かったよ。まるっきりのゼロからだったら、もっと難しかった気がする」
「それぞれのフレーズをうまく生かしながら、その間をつなぐメロディを琉生くんが即興で作っていた、って。実行委員の子らが、すごい、って言うてた」
「どうかな? おおもとを考えてくれた子たちの方がすごいよ」
「私も、曲はむりでも、歌詞の方はチャレンジしてみたいな、って思ってるねん」
「うん。いいね。楽しみにしてる」
琉生は、目をなごませ、唇の両端をあげて、ほほ笑んだ。
(うわあ……)
琉生がほほ笑むと、いつも、少しだけ、図書館の中の空気がざわめく。
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