転生マンボウは世界最強! 〜擬人化した最弱の魚類が魔導士になって無双する〜

オニイトマキエイ

第1話 転生マンボウ

(嗚呼……短い人生だった)


 砂浜に打ち上げられた1匹のマンボウは、自らの死期を悟っていた。


 陽差しに曝され、干からびて皺だらけのマンボウ。

 ピクピクと口を動かすだけで、瀕死のマンボウはまともに身動きすらできない。


 波に揺られて呑気に遊泳していたところを、大波に攫われてしまったのだ。

 マンボウは海中に伝わるとある童話を思い出していた。


(童話なら瀕死のウミガメを助けてくれる人間が現れるんだけど……こんな皺々の怪魚を助けてくれるようなモノ好きはいないマボよねぇ)


 陽が沈むと同時に、マンボウの希望の灯火も暗くなっていく。

 海鳥の餌になる覚悟はできていた。

 静かに目を閉じ、人生ならぬ魚生を諦めかけたその時だった。


 突然、真上から何者かに声をかけられたのだ。


「うっわぁ。面白いモノ発見」


 艶やかな声色。低く透き通った女性の声だ。


 マンボウは彼女に必死に生きたいアピールをするが、所詮魚にできることなど知れている。せいぜい身体がジタバタするくらいのもので、真意が伝わらないことは分かっていた。


 しかし驚いたことに、彼女はマンボウの心の内を読んだように問いかけてきたのだ。


「へぇ、生きたいんだ? マンボウの癖に」


(マボ!? 私の心が読めるマボか!?)


「アタシを誰だと思ってんのよ。魚如きが話せること、感謝しなさいよ」


(凄い上から目線……。で、でも背に腹は代えられないマボ! 私をどうにか、海に戻して欲しいマボ!)


「海にねぇ……。ただ放流するだけじゃあ面白くないしなぁ」


 彼女は顎に手を添えて考える素振りを見せると、なにか良からぬことを思いついたのか瞳をキラキラさせて手を叩いた。


「そうだ! 良いこと思いついちゃった。アンタには実験台になってもらおうかな、ちょうど面白い魔法を開発したばかりでね。マンボウが世界を救うなんてなったら傑作だし。大河ドラマ作れちゃうよ」


(実験体!? なにを言ってる、助けてくれるんじゃないマボか!?)


 口角を上げて意地の悪い微笑を浮かべる女。

 彼女がなにを企んでいようと、寝たきりのマンボウに抗うことはできない。

 いつの間にか魔法を使ったのか、瞬時に指を光らせて空中に乳白色の魔方陣を形成すると、彼女は無情に宣告した。


「禁忌の魔法でね、アンタには1度死んでもらわないといけないんだけど。まぁ、それから先はお楽しみってことで」


(死!? 嘘だ、今から殺される!? 絶対に助けてもらえる展開だったのに!)


「ダメダメ、転生の魔法なんだから。じゃ……また来世でね」


 彼女が発光する指を下ろすと空中に描かれた魔方陣が降下し、平べったいマンボウの身体に光が宿る。


 大きな光の柱が立ち上り、マンボウの身体は木っ端微塵に弾け飛んだ。まるでそこには最初から何もいなかったかのように。消し飛ぶ魚、後を濁さず。



――マンボウ、死亡。



 マンボウがこの世を去ってから間もなく、この世に産声を上げた者がいた。

 女魔導士に殺された生前のマンボウとしての記憶を携え、黄泉の世界から早くも舞い戻ってきた。ただひとつ違うのは、人間の肉体を貰っていたことだった。


 砂浜に生まれ落ちたマンボウは、水面に映る変貌した自身の姿を見て驚愕した。

 身長は170㎝前後で衣服は纏わず全裸。黒髪を無造作に伸ばした特徴のない髪型。少し肩幅のある体型で、唇や目など随所にマンボウ要素が散りばめられている。


「憧れの二足歩行……顔までなかなかカッコ良く仕上がってるマボね。ちょうど目尻切開の手術をタカアシクリニックにお願いしようと思っていたところだったけど、まさか哺乳類に変身するなんて」


 とりあえず頬を抓って痛いかどうか確認する。しっかりと痛い。

 手指の感覚も先端までしっかりある。これはいよいよ、あの女魔導士が生前言っていたように、転生の魔法をかけられたのだと理解した。


「信じられないけど、人間として生まれ変わったマボ……」


 事実を受け入れたのはいいものの、これからなにをすればいいのか全く分からない。ドッと疲れが溜まったマンボウは、力を抜いてその場に座り込む。その時だった。


「マ、マボォ!?」


 さっきまで間違いなく人間の肉体だったが、みるみるうちにマンボウの身体へと変貌を遂げていく。背ビレが出現し、手足は溶けて顔も間抜けになっていく。

 そして1分も経たぬうちに、正真正銘マンボウへと先祖返りしてしまった。


「な、なるほど。力を抜くとマンボウの身体に戻ってしまうマボか。あくまで力で人間の姿を維持しているに過ぎないという訳だ」


 知力も人間並みになったのか、魚の分際で鋭い考察を見せるマンボウ。そして彼の考察は見事に当たっていた。マンボウが全身に力を込めると、また徐々に人間の姿へと変化していく。


「これはつまり、魔法が使えるようになってると考えていいマボね。物は試し、ちょっとやってみるマボ」


 マンボウは海辺に向かって腕を差し出し、瞳を閉じて瞑想する。


 すると、脳内に流れ込んでくる魔法の術式の羅列。海流に流されながら、何も考えずにプカプカやっていた魚類には存在するハズのない記憶。


 頭の中から溢れんばかりの魔法式を辿り、湧き出る魔力で流れるように魔法を繰り出す。その一連の鮮やかさは、まるで何者かに操られているようだった。


 魔法は無事に完成。マンボウの手には、水で造られた奇妙な剣が握られていた。

 これがどれ程の威力を持つ魔法なのか、彼にはサッパリ分からない。

 とりあえず剣をひと振り。空を斬るように斜めに降ろしてみた。


 すると太刀筋がそのまま真っ直ぐ波動として出現し、三日月状の薄藍の衝撃波が海上を駆け抜けた。その衝撃波が通り過ぎた後は、神話よろしく海面が真っ二つに切り裂かれ、左右に大滝が形成される始末。


「これは……よく分からないけど凄いんじゃなかろうか」


 この時は流石に、魔法について知識の浅いマンボウですら悟ってしまった。


 自分が規格外の力を持つ魔導士として転生してしまったということに。





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