12:吐息ごと呑み込まれた
素通りしたリビングから人のいる気配はしないが、それが勘違いで家の人がいたら挨拶もせず上がり込んだ非常識な人間認定待ったなしだ。それを訴えても疾風の引く力は強いまま。
「――で」
「っ」
連れ込まれたのはおそらく、彼の部屋。木製の机には教科書とノートが乱雑に積まれ、寝間着や掛布団が畳まれることなくベッドに放り投げられている。ただ本棚だけはシリーズ事きちんと巻数順に並べられていて、茜の思う疾風の部屋、だった。
ただ、まさかこんな形で入らせてもらうことになるなんて思ってもみなかった。
様々な感情で忙しい茜に対し、顔の横に手をついて茜を囲う疾風の顔のなんとまあ恐ろしいこと。
「なんであの先輩と一緒にいたんだよ」
有無を言わさない圧のかかった問いかけだ。しかしそれが逆に茜の癪に障った。ぐちゃぐちゃになっていた感情が怒り一色に塗り潰される。
「図書室で偶然知り会って仲良くなったの」
「馬鹿なのか!? 初めて会ったやつとなにをどうしたら放課後二人で遊びに行く流れになんだよ!」
「なっ……別にいいでしょ!? そういう人だっているよ!」
「本気で馬鹿だろ! あの先輩がどんなやつかちゃんと知ってんのか!? お前なんかどこからどう見たって遊ばれてるだけだ!」
馬鹿馬鹿と、そればかり。そもそもどうしてこれほど疾風に責められなければいけないのかわからない。彼こそ三枝のなにを知っているというのだろう。
疾風だって、女の子と一緒に帰るくせに。自分のことを棚に上げて茜ばかりを責めるのは筋違いだ。
それに、だって、どうせ、疾風は茜のことなんてなんとも思っていないのだから。
「そ……っ、んなに馬鹿馬鹿言わなくたってもいいじゃんっ!」
「馬鹿に馬鹿って言ってなにが悪いってんだよっ!」
「なんであんたはそんなに口が悪いのよっ!? いくら軽そうに見えたって、先輩の方がよっぽど優しいし紳士的だっ……!?」
止まらぬ口は余計なことまで紡いで、だけど吐息ごと呑み込まれた。一瞬で離れていったけれど、なにも言えなくなるには十分な時間だった。
無意識に手を口元にもっていくのと、疾風が扉を殴りつけるのは同時。
「……んでだよ……っ!」
茜の首元に顔を埋めた疾風の吐息が、肌をくすぐる。身体が震えた。
「お前が好きなのは、俺じゃねえの……?」
表情は見えない。でもその声は聞いたことがないくらい、弱かった。
後に事の顛末を夕紀に話したら、男がそんな場面で弱さを曝け出すのは女のする泣き落としとおんなじだと、鼻で笑った。
「なあ」
「好きじゃないのは、疾風の方でしょ……疾風は私を好きじゃないのに、私にばかり気持ちを求めるのはおかしいよ……」
泣きたい。泣きたくない。泣かない。――ああ、泣いちゃった。
涙がポロポロとこぼれる。それと一緒に、心の内も、ポロポロと。
「疾風は、私なんか好きでもないんでしょ? 付き合おうって言ったのも、私をからかうための嘘だったんでしょ? なのになんで、なんでこんなことするの……っ」
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