第126話 百八十七日目〜②

 ダンジョン33階


 ダンジョン30階に飛ぶと、フウマに頭絡とうらくや鞍などの馬具を着けて乗馬する。

 念の為に馬具は二種類購入していたのだが、サラブレッド用の馬具は着けられなかった。代わりに小さいミニチュアホース用の物は装着できたので一安心である。


 どっこいしょとフウマに跨りダンジョンを駆け抜ける。

 探索を開始した時間が遅くなってしまったので、31階で一泊して32階も午前中で走破した。

 途中のモンスターはフウマが殆ど対処しており、俺は馬上で踏ん反り返っていれば良いので楽である。


 偶に幻惑大蛇の幻に惑わされているが、バシ○ーラを使われる前に対処しているので問題ない。


 こうして33階に到着した俺達は、ここで数日キャンプを張る予定にしている。

 目的は天闘鶏。正確には天闘鶏の肉だ。

 この前のミンスール教会との件で、ほとぼりが覚めるまでダンジョンに隠れておきたい。短くて二週間、長くて一月を予定しているが、買い込んだ食料は三ヶ月分は余裕であるので、延長も可能だ。

 それで地上に戻っても俺を追っているようなら、素直に謝ろう。世樹は黒一に似ていると言った事に対して怒っていた。まさか二人が知り合いだとは思わなかったと謝罪して、貴方はあんな黒光り野郎とは違うと伝えれば許してくれるに違いない。

 世樹はどちらかと言うと、白光りする家をダメにする奴のイメージだ。だから違うと、貴女は素敵な女性ですよと言えば聖女の如く許してくれるだろう。


 それでも許してくれなければ、またダンジョンに逃げ込もう。


 地上に出て買い出しをして、ダンジョンに住む。

 家賃も掛からなくて、年中気温は安定しており快適に過ごせる。少々、いやかなり命の危険はあるが、世のしがらみから逃れると思えば、思えば……無理だな。

 命云々だけじゃなくて、文明に染まった俺がダンジョンでの長期間の生活は無理だ。


 暇があればスマホをいじっているし、トイレやシャワーが無いのはきつい。何か美味しい物を食べて、のんびりとコーヒーブレイクだってしたい。今年の夏には弟か妹が出来るし、甥や姪も産まれて来る。

 ダンジョンで暮らすなんて、俺には不可能だ。


 だから、ほとぼりが覚めていなかったら、土下座して謝罪しよう。


 そう決めて、空から迫る天闘鶏に向かって剣閃を飛ばし、一撃で首を落とした。


 地上に落ちた天闘鶏の血抜きを行い、解体していく。

 何度か天闘鶏の解体をしたおかげで、かなり手際良く行えるようになっており、スキル解体もあって短時間で済ませる事が可能だ。


 そんな解体の様子を見ていたフウマが涎を垂らしている。もしかしたら、このまま調理するとでも思っているのかも知れない。

 この馬は、どれだけ食い意地が張っているんだ。


 俺は、解体が終わった先から収納空間に入れて行く。

 それを見てフウマは悲しそうな表情をする。その悲しそうな瞳で俺を見続ける。ジーッとジーッと見続ける。

 俺が前にもやった事だが、これはかなり居心地が悪い。


 余りにもジーッと見て来るので、フウマが狩れば調理してやると言うと、パァッと顔を輝かせていた。


 解体が終わり、再び移動を開始したのだが、なかなか天闘鶏に出会わない。

 先程からエンカウントするモンスターは、ホブゴブリンや幻惑大蛇ばかりだ。

 天闘鶏はその個体の大きさのせいか、その強さのせいか、群れを作らない。幻惑大蛇も単体で現れる事はあるが、大抵一匹現れると、番なのか近くにもう一匹いる。


 数の多い幻惑大蛇を解体しても良いのだが、美味い天闘鶏がいると思うと、時間の無駄ではないかと思えてしまうのだ。なので、今解体しようとは思わない。

 一応、亡骸は収納空間に入れているので、時間がある時に解体しようと考えている。


 フウマは意気揚々と走り出したのだが、いつまでも天闘鶏とエンカウント出来ずに段々と目が血走っていく。

 ギンギンに開かれた目は、周囲をくまなく探しており、宝箱を見つけても素通りするほどだ。


 いや待て待て!?

 一番大切な物だろうがっ!!


 手綱を引いて無理矢理停止させると、フウマから降りて宝箱のある場所まで戻った。

 宝箱に仕掛けがあるといけないので、物干し竿を収納空間から取り出して、力を込めて宝箱を開ける。すると、宝箱から煙が吹き出し、辺りを紫色に染めてしまう。

 明らかに危険な色に、口元を押さえて風属性魔法で煙を上空に吹き飛ばす。


 これで一安心だなと思いたいが、少しばかり煙を吸ってしまったので、体に異常がないかトレースを使って確かめる。

 隅々まで調べるが、特に変化はないので、あの煙は目眩しに使う物だったのかも知れない。


 とにかく、異常が無ければいいやと宝箱に向かおうとすると、背後からメ〜と弱々しい泣き声が聞こえて来た。


 振り返ると、フウマが涎を垂らして倒れている。

 まさか、空腹に耐えかねて倒れてしまったのかと思い近付くが、何か様子がおかしい。

 顔が青くなっており、体に黒い斑点が出来ている。


 これは、さっきの煙が原因かと焦りフウマをトレースすると、案の定、毒に侵されていた。


 俺が毒耐性のスキルを持っているから、毒に対する警戒心が薄れていた。そうではないフウマは、毒を受けてただですむはずがないのだ。

 即座に治癒魔法を使い治療を施し事なきを得たが、俺はもう少し慎重になるべきだと反省した。


 宝箱に入っていた物は、取っ手の付いた青い花瓶だった。

 花瓶の中には液体が入っており、匂いを嗅ぐと無臭で、手の上に垂らして確かめてみると、ただの水に見える。ついでにトレースを使うが、やはり水と判断してしまう。


 喉が渇いたのか、フウマが口を開いて待機していたので、花瓶の水を流し込んでやる。ついでにもう一度トレースして、フウマの体調を確認するが異常はなく、やはりただの水なのだろう。


 空になった花瓶を外から中から調べると、花瓶の底に魔法陣が刻まれており、その紋様には少しだけ心当たりがあった。

 麻布先生から購入した、魔法陣図鑑に載っている魔法陣に似ているのだ。


 収納空間から本を取り出して調べると、やはり、水を生み出す魔法陣と酷似していた。

 試しに花瓶に魔力を込めると、魔法陣から水が生み出され、花瓶が一杯になると自動で止まった。


 どうやらこの花瓶は、水を生み出すアイテムのようだ。

 水を発生させる魔法陣は既に修得しているので、水が無くなっても困る事はないのだが。この花瓶は、それよりも少量の魔力で水を発生してくれるので使い勝手は良い。

 地上に戻って鑑定してもらい、値段次第では使っても良いかも知れない。


 花瓶を収納空間に入れて、再び移動しようとフウマに跨がろうとすると、突然フウマが唸り出した。

 何だと思い、フウマが見上げる方向を見ると、そこには天闘鶏が飛んでいた。


 天闘鶏はこちらに気付いておらず、このままでは通り過ぎてしまうだろう。しかし、そうはさせないと、フウマは風属性魔法を使い上空へと飛び上がった。


 天闘鶏に対するトラウマは大丈夫なのかと不安になるが、それに食欲が優っているなら何とかなるだろう。


 昇竜の戦輪を得てから、フウマの戦闘能力は格段に向上している。扱いが難しいとされたアイテムも、魔力操作を得意とするフウマにとっては相性の良い武器だった。

 風属性魔法の腕も上達しており、発動速度だけを見るなら俺よりも早い。

 魔力量も鎧を通じて俺の魔力を使用しているので、フウマは気にせず使って天闘鶏を攻め立てるだろう。


 その予感は正しく、天闘鶏の突進を、小さい竜巻を作り自在に空中を移動して回避している。

 更にチャクラムに風の刃を纏わせ、威力の増した魔法は天闘鶏に傷を負わせていく。


 最後はチャクラムを全て天闘鶏に突き刺し、勝利してしまった。


 落下するフウマと天闘鶏。

 ドウッとした音と共に天闘鶏は地面に落ち、それに続くようにゆっくりとフウマは地面に降り立つ。


 その場所は、俺がいる所から少し離れているが、フウマは嬉しいのか天闘鶏の上に立ち勝ち誇っている。


 余程嬉しかったんだなと少しだけホッコリとした気持ちになる。トラウマも克服したようで何よりだ。

 俺も約束通り、天闘鶏の調理をしてやろうとフウマのいる場所まで歩き出す。


 フウマは嬉しそうに跳ねており、俺に早く来いと鳴いている。


 そして風を切る音と、大きな影が通り過ぎるとフウマの姿がなくなっていた。


 メ〜と泣き声が上空から聞こえる。

 そちらを見上げると、新たな天闘鶏に連れ去られるフウマの姿があった。


 何だか締まらねーなと思いながら、俺は上空に飛び上がるのだった。




 本日のキャンプ地を探して進み、川沿いが良いかなと思っていたら、廃墟を発見した。

 その廃墟はこれまでの村とは違い規模が大きく、まるで小さな町のようになっていた。壊れかけてはいるが、立派な建築物があり、背の高い物では三階建くらいの高さはありそうだ。


 探索をしたい所だが、既に暗くなり始めており、探索は明日やろうと決めた。


 比較的無事な建物の中に入ると、そこは教会のようで、壊れた椅子が並び、奥には腰から上を失った石像が鎮座していた。

 その石像が男性だったのか女性だったのか、はたまた別の何かだったのか分からないが、俺の好奇心はかなり刺激された。浪漫が溢れるな、モンスターだらけのダンジョンに町があって、教会のようなものまであるなんて。


 直ぐにでも調べに行きたいが、その好奇心を押し殺して、キャンプの準備を始める。

 本日の成果は、天闘鶏三体と幻惑大蛇五匹。幻惑大蛇はまだ解体していないので置いておくとして、天闘鶏の肉を収納空間から取り出すと調理を開始する。


 調理と言っても、調味料を加えて焼いていくだけなので、凄く簡単なものだ。それでも、肉自体が美味しく、キャンプ飯と思えばとても魅力的に映ってしまう。

 今日は頑張ったフウマの為に沢山の肉を焼いてやり、皿に山盛りにして目の前に置いてやる。

 すると一瞬で無くなり、おかわりまだと可愛らしくおねだりして来る。


 俺はクスッと笑い。


「これで終わりだ馬鹿野郎」


 フウマが絶望した表情で暴れ出したのは言うまでもない。



 食事の片付けをすると、今日手に入れた花瓶で水浴びをして就寝した。モンスター除けも設置しているので、モンスターに襲われる心配は低いはずだ。

 暴れていたフウマも、追加で肉を焼いて大人しくさせたので問題無いはずだ。


 だから、今見ている光景は夢なのだろう。


 多くの人々が走り、町から逃げ出している。

 その人々は俺と変わらない人であったり、獣の特徴を持つ獣人だったり、耳の長いエルフだったり、背が低く力がありそうなドワーフだったり、肌の色が青い人だったりと様々で、まるでファンタジー作品から飛び出して来たような人々だった。


 空は太陽があるというのに薄暗く、何か不吉な事が起こる前触れのようだ。いや、既に起こっているから、彼等は何かから逃げているのだろう。



 場面は教会に移り変わる。

 そこには多くの人々が匿われており、礼拝堂に鎮座している女神の石像に祈っていた。その女神の石像は右手に杖を持ち、左手に枝を持っていた。耳が尖っており、エルフをイメージしたような風貌をしている。


 俺はその石像に見覚えがあったが、それをどこで見たのか思い出せなかった。


 人々は必死に祈る。

 彼等は何やら呟いているが、俺の知る言語ではないので聞き取れない。

 人々の中には子供や赤子もおり、両親に強く抱きしめられている。子供も両親の不安を感じ取ったのか、必死にしがみついていた。


 何が起こっているんだろう。


 夢だというのに、妙にリアリティがあり胸騒ぎがする。


 外から悲鳴が届く、それは一つではなく多くの者が上げており、教会の中まで届いている。

 そして、その悲鳴は一つまた一つと消えていく。

 やがて静寂が訪れ、教会内にいる誰もが息を潜めて、何かが通り過ぎるのを待っていた。


 しかし、その願いは届かない。


 突然扉が開き、何かがゆっくりとした動作で教会内を覗き込む。


 スケルトン。

 骸骨の体を持つモンスター。

 覗き込んだのがただのスケルトンならば、どれほど良かっただろうか。


 そのスケルトンは通常のモンスターよりも二回り大きく、手には杖を持っていた。体にはボロ切れと化したローブを纏い、禍々しい気配を放っている。

 更には、そのスケルトンには知性が宿っているのか、怯える人々に対して何やら話しており、威圧感が一段と増す。


 そのスケルトンに抵抗しようと、一人の獣人が飛び掛かる。しかし、片手で掴まれると、獣人は萎み干からび、かさかさと灰となって崩れ落ちた。


 恐ろしさの余り、人々は泣き叫び慈悲を求める。


 助けてくれと、どうかこの子だけは助けてくれと、助けてくれない石像に向かって必死に叫んでいる。


 そして、モンスターであるスケルトンが人の心に配慮するはずもなく、杖を掲げて闇を吐き出した。

 闇は教会内を侵食して行き、それに触れた者を飲み込んでいく。


 俺は何とかできないかと収納空間から不屈の大剣を取り出そうとするが、夢だからか収納空間自体が反応しない。

 ならば魔法でと考えるが、魔力を感じ取る事が出来ない。

 じゃあ、拳でやってやろうと殴り掛かるが、触れる事も出来なかった。


 それはそうだ。

 これは夢、なのだから。


 ならば、早く目覚めないだろうか、この光景を見るのは余りにも辛すぎる。


 多くの人が闇に飲み込まれて消えていく。

 男も女も老いも若きも人種も関係なく、無慈悲に、平等に飲み込んでいく。


 俺には何も出来ない。

 モンスターに抵抗することも、人々に触れる事も出来ない。


 石像の近くに立ち、最後の光景を見る。

 人々は闇から逃れようと教会の端まで来ているが、それは数秒生きながらえるだけで結果は何も変わらない。


 闇が侵食する。

 人々は泣き叫び、闇に怯える。


 目を背けたくなるが、何故かそれは許されない。

 闇が全てを飲み込むまで、俺は見続ける。


 見ている事しか出来ない筈の俺に、獣人の老婆が俺の体を掴む。


 老婆が何か必死に叫んでいる。

 俺に彼等の言葉は分からない。

 そのはずだったのに、何故か老婆の言葉だけは理解出来た。


 〝助けて、勇者様”


 そして、夢から覚めた。

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