第50話 ベトナム戦争における奇談(2)

また常々彼女はこの戦争というもの、同じベトナム人同士で戦う、また女までもが戦地に狩りだされねばならないというその狂気に、疑問と嫌気がさしていたのです。そんな折り…お待たせいたしました、沐浴です。近くの泉に行って身体を洗うのが日課となっていたのですが、どういうわけか彼女が沐浴するたびに一匹の猿が来て、しげしげと彼女の裸体をいとしげに眺めまわすのだそうです。他の人間はいっさい関係なくて彼女だけ。白い星形の紋様が黒い毛の胸のあたりにあったのでいつしかその猿を星の王子様と命名したりしていたのですが、しかしだんだんとその女性兵士は猿の目線が煩わしくなって来ます。動物の性本能とは違う、人間の愛にも似たそのいとしげな視線に、あり得ることかだんだんと心が傾く自分に気づき、それを恐れもしたのです。ついに堪えかねた彼女はあとから配属された仲間の男性兵士に頼んで、とうとう猿を撃ち殺してもらいました。しかしその折なんとも云えない罪悪感と悲しみが胸に走ったのだそうです」。

 いつしか一同シーンとして僧の話に耳を傾けていた。鳥羽までもが。一羽の尾長が近くの茂みを鳴らして飛びったが誰も目を向けない。午前中の雪もようだった天気が幸いして亜希子らの他に観光客も訪れないようだ。庵の前ではあたかもそこから御来臨された西行法師が説法をしているかのごとき、一種特異な観をなしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る