第4話 「あ、い、う、え、お、か、き、く、け」の順で命名した6人の娘たち

「吉野、吉野」。登って来た吉野山ロープウエイのゴンドラの到着に合わせて構内アナウンスが流れる。山頂は昨夜来の季節はずれの寒気のせいで薄ら寒く、小雪さえ舞っていた。桜のメッカとは云え訪れるにはいささか時期尚早であり、またこの天気とあってさすがに人の出足はまばらだった。然るに到着したゴンドラからはリュックを背負った娘ばかり9人が出て来、駅前の観光案内版に移動しながらてんでに赤い気炎を上げ始める。

「さあ、着いたぞ!吉野、吉野。東京からはるばるとやって来たぞ!」とまずはリーダーの亜希子が雄叫び(?)をあげる。「うわっ、ここが音に聞く桜のメッカ、吉野ですねえ。感激いっー!」と取り巻きの郁子が合わせる。他の面々もキャーとか、ワーとかそれぞれ気勢を上げるのだが3人ばかり逆らう者がいた。「何がキャー、感激い―っよ。寒くってしょうがない。雪が舞ってるじゃない。桜もまったく咲いてないし、こんな時に来た私たちって、まるっきりバカじゃん」とサブリーダーの梅子が云うと、その取り巻きの加代が「そうよ、そうよ」とさっそく応じ、いまひとり恵美という、名とはかけ離れた男まさりの豪気な娘が「ホントすっよね。リーダーは機転が効かないって云うか。中止にすればよかったんですよ。梅子さんがそう進言したのに」と聞こえよがしに大声で、且つあけすけに云う。しかし「まー、あんなこと云ってますよ、リーダー」とこちらは慶子とお嬢様コンビを組む匡子(くにこ)がおもねるように亜希子に云い、その相方の慶子が「そうよ。シーズン中の吉野なんて桜じゃなく人波を見に行くようなもんだから、ずらして行こうって、みんなで決めたくせに」とそれに合わせた。残った2人の織枝と絹子は皆の顔を見るばかり、いたっておとなしい性格と知れる。

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