第15話 人生の幕が下りることを願う
属国の姫で、完璧な美の体現者。
国の政策で、宗主国のドノバン家に嫁がされた。
口数が少なく、無表情。
何を考えているかわからない……
それしかわかっていなかった、いや、わかろうともしなかったリセの真実の姿が見えてくるにつれ。
どうしても解けない根本的疑問が浮かび上がる。
「なんで、つ……
彼女は私達を、ドノバン家を助けたのだろう?」
うめくようなエリクの言葉に、
「さあ?」
と、クロフォードは首をかしげる。
彼は全てに感付いている。
「やはり『つま』とは言い難いですか?」
と、薄く笑った。
「私は彼女を妻扱いしなかった。」
「属国の姫ですから。」
「『君を愛するつもりはない』とも言った。」
「属国の姫ですから。」
「妻として当然の待遇も用意しなかった。
屋敷にも入れなかったし、庭師小屋に押し込めた。」
「属国の姫ですから。」
「食事も、使用人と同じものを与えた。」
「属国の姫ですから。」
「専属の侍女も付けなかった。たまにメイド達は片付けなど仕事もしていたが、時に手まで上げていた。」
「属国の姫ですから。」
なにもかもを『属国の姫』で答えられて、ドノバン側は己の浅はかさを、非道さを思い知らされる。
確かにリセは属国の姫だ。
けれど、政略的な意味があり、ルフォール王家の主導で、侯爵家の次期当主・エリクの元へ嫁いだ。
リセ自身に何の罪も無ければ、彼女の意思すら介在しないのだ。
それを、
『属国の姫だから』と。
『元・敵国の姫だから』と嫌い、彼女自身を見ようともせず、ただ闇雲に虐待した自分達は『人間』として正しいか以前に、政略の意味すら考えられぬ愚か者だ。
政略結婚の相手だからこそ、そこに愛だの恋だの絡まぬ以上、より大切にするべきである。
意味があるから、お互いに利があるから結婚した。
そこすら理解出来ないドノバン家は……
本当に、……愚かだ……
「くそう。なにを……なにをしていたんだ、俺は……」
1人称が変わっている。
飾れなくなってきた。
気が付けばエリクは、声をあげて泣いていた。
後悔に潰されぬよう、無意識で。
溜飲が下がったと言うことか?
『属国の姫ですから』としか答えなかった、クロフォードが言う。
「姉は幸せへのハードルが低いのですよ。
何せ10年間も監禁されていた人です。砂や泥に汚された、時に毒物まで混じった、食事といえない食事を採り続けていた人です。
使用人と同じとはいえ、普通の食事は美味しかったはずです。
食事が美味しかったから。
それだけで人を助けます。
そういう人です、聖女ですから。」
後悔しても取り返しはつかない。
料理長が、見習いが崩れ落ちて泣きじゃくった。
「10年間、気まぐれに殴る蹴るはされるものの、誰にも相手にされなかった人です。
部屋を掃除してくれれば、それだけで人を助けます。
ここで行われた暴力など、マギカでのことを考えれば子供の遊びみたいなものでしょうし。」
メイド長も、隠れて聞いていたマリアはじめ数人のメイド達も、体の震えが止まらない。
自分たちは何をしてきた?
いたたまれない。
「ドノバン様。あなたは『君を愛するつもりはない』と告げてくれた。
そこにいる姉を認めて話しかけた。
それだけで、姉は人を助けますよ。
優しい、聖女なんですから。」
最後に、弟は重い頼みごとを残し、属国に帰っていった。
「ドノバン様。あなたに心があるのなら。姉を孤児院に捨てて下さい。」
「幼く戻る前に、本人にもそう言われた。」
「聖女に覚醒すると、すべての記憶がつながるのです。
その時の姉は、幸せだった最初の18年間も、地獄のようだったやり直しの10年間も、全てわかっていたのでしょう。」
「……そうか。」
「姉は優しい人ですから、少しでも幸せだと思えばまた守る。守って人生を繰り返す。
でもその人生が、常に幸せなものではないと知り尽くしているから。」
「姉を孤児院に捨てて下さい。
経営状態が悪い、最悪の場所がいい。
いっそ、娼館にでも繋がっていれば完璧です。」
「姉を幸せにしないで下さい。苦しめていい。苦しめて、絶望したまま死なせて下さい。」
「それで姉は解放される……」
クロフォードがリセを思う、優しい弟であることは間違いがない。
なのに、娼館で不特定多数の男に弄ばれ、絶望に染まって死ぬことを願う。
大いなる矛盾だ。
「僕は姉の窮状を救えなかった。
ただ見ていただけの無力な僕は、このまま傀儡の王を続けます。
それが、僕への罰だから。」
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