あしたのために(その29)決戦は日曜日、あるいはサンデー・ピープル
日曜日の朝、津川は小学校の体育館に立っていた。川地と沢本同様、すでにジャージに着替えて、準備は終えたものの、この状況にまだ納得できていなかった。
「俺は踊る、と言ったけど。なんでいまコートにいるんだ?」
津川は川地たちを睨んだ。
「アカくんの夢、セパタクローの試合をするためですけど?」
「だからなんで!」
「試合をすることができたら、一緒にヲタ芸やってくれるって!」
川地が真剣な顔をした。
「だったら俺がいなくても、サワもんとすりゃいいじゃねえか」
「ぼくウンチだから補欠。応援に徹します」
とりあえずレモンのハチミツ漬けを作ってきました〜。と弁当箱の蓋をあけて見せたが、誰もそんなもの欲しくもなかった。
「コバやんは?」
だったら、とへりくだってみると、
「ターちゃんとダブルデート。勧誘の一環です」
と返された。先日誘われて断った案件だ。かわりに即席でセパタクローのルールを叩きこまれ、今日まで特訓を受けてここに立っている。
がやがやと陽気な声が外から聞こえてきた。赤木を先頭に、小学生の集団が体育館に入ってきた。
「おねがいしまーす!」
小学生たちは津川たちを見ると礼儀正しく挨拶をした。
「せたがやセパタクローキッズの皆さんです」
赤木が紹介した。
「小学生かよ」
津川が小さくつぶやき、舌打ちした。やってられるか。
「舐めたら痛い目を見るぞ。俺がセパを始めてから一度も勝ったことがない」
態度の悪い津川のほうに赤木がやってきて、耳打ちした。
「弱すぎだろ、お前の部活」
デートのほうがまだマシだった、津川は後悔した。
世田谷文学館前で、小林と高橋は、女性陣を待っていた。
「なんで俺が」
小林は苛立っていた。まったく納得していない。
「あいつらを連れてきたらやばいだろ」
他の連中だったら、キョドってろくすっぽ話せやしないだろう。
女の子が手を振って近づいてきた。高橋の中学時代の同級生、目下清い交際中のマサコだ。やっぱりかわいい。高橋は顔を綻ばせたが、すぐに気を取り直した。マサコの隣には、例の「失礼な美人」、メイがいる。
「へーっ。かっこいいわね」
メイはやってきて早々、小林をジロジロ眺めまわした。
「こいつか、ごちゃごちゃうるせえのは」
小林が仏頂面のまま、ぼそっとつぶやいた。高橋は、人選を失敗したと、肩を落とした。
体育館で行われた練習試合の結果は、惨敗だった。終了のホイッスルが鳴ると、寄せ集めセパタクローチームの三人は、体育館の床に倒れこんだ。
小学生相手に一点もとることができなかった。コートの向こうで敵は、まったく疲れを見せず、きゃあきゃあと余裕の勝利に喜んでいた。ちょっと遊んでやった、くらいにすぎないらしい。
「クッソ強すぎて草……」
津川が天井を見ながらつぶやいた。
「恐るべき餓鬼どもだ……」
もちろん川地はまったく活躍できなかった。打ちこまれるボールが怖すぎて、手も足も出なかった。
「カワちん、ありがとな」
赤木が腰を起こした。
「アカくん、負けてごめん」
川地はうつ伏せのまま言った。
「俺、大学でもセパやるよ。久しぶりに試合して、改めて、これからも絶対やりたいって思えた。とりあえず、夏まで踊り付き合うかあ」
赤木が伸びをしながら立ち上がった。ここしばらく見なかった、晴々とした顔をしている。本来の赤木は、スカッとした快男児なのだ。
「やった」
そのとき、おじさんがやってきて、川地さんって人、お電話だよ、と呼んだ。
「なんだなんだ」
管理室に向かい、受話器を取ると、
「あ、俺俺」
と慌てた声がした。
「誰だよ」
「三橋!」
受話器越しに怒鳴られ、川地は顔を離した。
「ミッたん? なんでここに俺らがいるの知ってんの、ていうかなに?」
「緊急事態! 小林、デート現場で暴走モード! すぐにこい! 止めてくれ!」
「は?」
どーすりゃそうなるの? 川地は受話器を落としかけた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます