ドワーフの塔

 設置面積に比例していちじるしく高いドワーフの塔は、5階層と説明書には書いてあった。

 しかし、目の前にして見上げてみると実際には、もっと階層があるのではないのかと思ってしまうほど高く、塔の頂上は目で見ることが出来ない。

 出入り口は常に冒険者が出入りをしており、その殆どが仲間同士でチームを組んでいる。


 人々が行き交う建物の出入り口を、周囲を見渡しながら通過すると、中は青い岩石で作られた空間が広がっていた。

 所々に大岩が転がっており地面は凸凹でこぼこ

 1階層は一面を見渡すことが出来る見通しの良い空間になっていた。

 ドワーフの群れと対等に戦う者もいれば、力負けして一階層を逃げ回っている者もいる。

 3名の冒険者がすぐ隣を通過して塔から脱出をしたためドワーフの大群、目標を見失い唖然とする彼らのターゲットがヒビキに移り変わる。


 小型のドワーフは黒いローブを身に纏っている。

 フードを被っているけれど、そこまで深く被っているわけではないため目元が見える。

 その姿形は緑色をしているけど人のものに近かった。


 武器の出現を頭の中で唱えると、差し出した右手の平に添うようにして青い炎に包まれた細い刀が現れた。

 右手で刀を掴むと正面、左上から右下へ風を切るような音を立て刀を振り下ろす。

 武器を出現させて構えを取るために刀を下に振り下ろしただけである。

 まだこの時はドワーフに攻撃を与えるつもりなど全くなかった。

 しかし、すぐ目の前に迫っていたドワーフが攻撃を受けてしまう。

 刀を右下で構えて姿勢を低くし、攻撃を行うための準備をしようと思っていたから砂となって消えていくドワーフを見つめて呆然としてしまう。


「え……?」

 全く予想もしていなかった光景を目の当たりにしたヒビキは、頭の中に浮かんだ言葉をそのまま口に出してしまう。

 気合いを入れるために武器を構えたのに、間抜けなドワーフの行動に驚いてしまって無意識のうちに気を抜いてしまう。

 しかし、視界の隅にドワーフの群れを捉えた瞬間、急に我に返った。

 慌てて刀を右下で構えて姿勢を低くする。素早く攻撃態勢に入る。

 体を前のめりにしたものの足を滑らせた。

 大きく姿勢を崩してしまう。

 しかし、転ぶ寸前に右足を軸にして体を回転。左足でドワーフに回し蹴りをきめることに成功する。

 勢いを止める事無く右手で握りしめている刀で、横一列になって迫りくるドワーフをぎ倒す。

 攻撃を受けたドワーフが右から順に砂となり消える。

 囮になったドワーフが時間を稼いでいる間に、後方に控えていたドワーフが闇魔法を唱え終える。

 唐突に足元に現れた魔法陣が影を縫い付けたため体を拘束されてしまう。


 頭上に現れた魔法陣から放たれた黒い槍が無数に迫り来る。

 避けようにも影を縛られているため、身動きをとる事が出来ない。


 仕方なく持っていた青い刀の刃が下になるようにして魔法陣の上に落とす。その形を強引に崩した。

 影の拘束を解き、刀を手にすると背後に数歩足を引く。

 再び影封じの攻撃を受けたくはないから、念のため魔法陣から抜け出しておく。

 目の前に降り注ぐ槍を刀で弾き幾つか攻撃の向きを変えると、それは凄まじい勢いを維持したまま後方に待機して杖を構えていたドワーフを襲う。

 急激に向きを変えた槍が瞬く間に目の前に迫ったため、右往左往するドワーフに突き刺さる。

 ダメージを受け砂となって消えたドワーフに気をとられているうちに、体が黄色い光に包みこまれてレベルアップをした。


 周囲がやけに静かだなと思って辺りを見渡すと、そんなにうるさかっただろうか。

 1階層で戦っていた他の冒険者からの視線を一身いっしんに集めていた。


 大きく息を吸い込んでから、一気に吐き出した。

 狐面を使っていなくてもドワーフと対等に戦うことが出来た。

 群れでこられると厄介ではあるけど、全く手が出ないってわけでもない。

 倒したら倒した分だけお金が手に入る。

 お金は自動的にカードの中に吸収し貯蓄されるため拾いに行く必要もなく、これならスムーズにお金を貯める事が出来そう。


 ふと、顔を上げると岩の影に潜むドワーフが視界に入り込む。

 岩の影から此方を狙うドワーフは複雑な呪文を唱えている。

 しかし、大きく杖を振り上げ魔法を放とうとしていたドワーフが、いきなり姿を消したターゲットを見失ってキョロキョロと辺りを見渡した。

 右左みぎひだりと顔を動かして最後に上を見上げたドワーフの頭上で、宙返りを行いつつ刀を振り下ろす。

 攻撃を受け砂となって消えたドワーフが立っていた場所に視線を移すと、キラッと光る金色の板が落ちている。


 2階層の通行許可証。

 拾い上げて板の表面を見ると、通行許可証の文字が書いてあった。

 大きく文字の書かれた板の裏には、小さな文字で説明が書き連ねられている。

 レベルが100未満であっても、2階層に行くことの出来る通行許可証。

 使用回数は1回のみ。

 利用回数に限りがあるけどレアアイテムを落としたドワーフは、この階のボスだったようで通行許可証を手にしたことにより、ヒビキを襲おうとするドワーフが見事にいなくなる。

 周りには沢山のドワーフがいるにも関わらず、ヒビキの事なんて眼中にないとでも言いたげな態度を取り始める。

 ギルドカードを取り出し時刻を確認すると、夕方5時30分を回ろうとしているところだった。


 まだ帰るには早いか。

 一階層を予定より早くクリアしてしまったため、時間が余ってしまった。

 後2時間はドワーフの塔にいるつもりだったため、2階層へ挑戦することを決める。

 その前に持っていた刀を粒子に変えて体内に戻すと、岩山に腰を預けてヒナミの母親から貰ったパンケーキを取り出した。


 ペットボトルの飲み物はココアだった。

 パッケージは魔界の物なのに中の飲み物は飲み慣れたもの。

 パンケーキと一緒に温かい飲み物を口に含む。

 朝起きた時はコーヒー。疲れた時はココアに世話になってたなと過去を思い出して一息つく。


 パンケーキはブルーベリーのような味がする。

 ふわふわとやわらかな食感。

 頬張れば口の中で自然と溶けていく。


 1階層で軽食をとり、ゆっくりとその場に立ち上がる。

 2階層に続く梯子はしごの真下へ移動する。

 壁に四角い機械が取り付けられていた。

 その機械に先ほど手に入れた板をかざすとピッと小さな音が鳴り、途中で途切れていた梯子の片割れが上からゆっくりと下りてきてガシャンと大きな音を立て一つに繋がった。


 梯子の先の目的地は、ここからでは確認する事が出来ない。

 梯子に足をかけて上へ移動する。 


 梯子を半分まで上がったところで、梯子が大きく揺れる。


 「わああああ!」


 下の方から悲鳴が上がり、ドサッと何かが地面に落ちる音がした。

 何が起こったのかと見下ろすと、どうやら後に続いて2階層に行ってしまえと思った者がいたようで

「くそっ、結界が張ってあるのかよ」

 尻餅をついた冒険者が、前進をはばんだ梯子をするどく睨みつけて声を上げる。


 2階層。

 高い位置まで登ったため一階層の床全体が視界に入った頃。上を見上げると、2階層と書かれた看板がありたいらに広がる地面にたどり着いた。


 見渡すと辺り一面に宝石が散らばっており、その一つ一つの大きさに感心する。

 冒険者の中には宝石を崩して一部分でも持ち帰ろうとする者もいるけれど、宝石に魔法攻撃を落としても結界が攻撃を弾いてしまう。

 刀を持つ冒険者が宝石に向かって刀を振り下ろしたけれど、刀の方が折れてしまう。

 どうやら宝石を一部分だけでも持ち帰ることは不可能らしい。


 2階層は1階層に比べて冒険者の数は半数ほどしかいない。

 ここも1階層と同じく一面を見渡せるようになっており見渡せば、きらびやかな装いをした冒険者達がチームを組みドワーフと対峙たいじしていた。


 1階層が6~8と複数のドワーフが襲ってきていたのに対して、2階層は20~60と集団で連携を組みドワーフ達が迫り来る。

 何倍にも増える。

 チームで戦っている者達がほどんど。

 しかし、中にはソロで戦う冒険者も、ちらほらと見える。

 拘束系の魔法でドワーフを縛り付けて、身動きのとれないドワーフを攻撃魔法で仕留めている。

 ソロでの戦いを挑む者の殆どが敵を拘束してから攻撃をしていくけど、ヒビキは敵を拘束する魔法を持っていない。

 さて、どうしたものかと考えていると巨大な宝石の影に身を潜めていたドワーフと目が合い。


 しまった。

 そう思った時には一番手前にいたドワーフが杖を振り上げて、攻撃の指示を出していた。

 前衛のドワーフの群れが捨て身で迫り来る。

 飛行術を使うドワーフの移動速度は、ヒビキの移動速度を上回っているかもしれない。


 しかし、攻撃は直線的。

 何より一列に並んで向かってくるドワーフは、狙ってくださいと言っているようなもの。


 2階層に到着をして間もないというのに突然50を越える数のドワーフに攻撃され始めたヒビキの姿を、同じフロアにいる冒険者達が見つめている。

 あまり見られていると戦いづらいなと思いつつ、武器の出現を頭の中で唱えると、差し出した右手の平に添うようにして青い炎に包まれた刀が現れる。


 炎の揺らめく刀を握りしめて目の前に迫ったドワーフを突く。

 刀を纏う炎が一列に並んだドワーフを包み込んだ。


「あの刀が欲しい」

 ドワーフが砂になり消えていくと、遠くで幼い子供の声がした。


 声のした方を見ると3人の親子が佇んでいる。

 両親に守られるようにして中央に佇んでいる子供が、ピシッと人差し指でヒビキの持つ刀を指差している。

「刀はあの子の前に突然現れたから、きっとあの子の言うことしか聞かないわよ」

 子供に対して真顔で答えた母親に対して

「ヴー」

 納得がいかなかったのだろう。うなった子供がすがり付く。


 2階層まで上がってきているって事は、やはり子供でも強いのだろう。

 見た目からは全然わからないけど、たった3人でドワーフと戦う家族は、とても強く良いチームプレーをしている。


 少しよそ見をしていると中衛で杖を高々と構えていたドワーフが、呪文を完成させて攻撃を仕掛けてくる。


 足元に浮かんだ黒い魔法陣は、さっきも同じものを見た。


 よっ……と。

 頭の中で呟いて後方に飛ぶ。

 咄嗟にけると攻撃をけられて悔しかったのか。

 中衛で杖を構えていたドワーフが地団駄を踏み始めた。

 1階層では捕まってしまった影縛りの術。

 2度も同じ攻撃を食らうかよと心の中で突っ込みを入れる。


 しかし、避けた先で思わぬ攻撃を受ける事になった。

 狙ったように突然、頭上に現れた無数の魔法陣を見て、げっと思わず声を上げる。

 先ほどまで地団駄を踏み悔しそうにしていたドワーフが、人を指差してケタケタと笑い始める。

 嬉しそうなドワーフに指をさされて笑われて。

 随分と感情の豊かなドワーフだなと思いながら、中衛で笑っているドワーフを見る。

 後衛で待機していたドワーフ達が中衛の拘束術が失敗したのを見ると、すぐに攻撃を落とす位置を変えたからヒビキは慌てているわけであって。

 それって、中衛の彼らは後衛のドワーフの機転きてんに助けられたって事じゃんと、笑っている中衛に言ってやりたい。

 しかし、そんな暇もなく頭上の魔法陣から放たれた複数の槍が降り注ぐ。

 1階層の時とは比べ物にならない槍の多さに冷や汗が流れる。


 直線に進めば肩に刺さるであろう槍と、腹に刺さるであろう槍を見極めて刀で払い落とす。

 左足首に迫る槍は防御が間に合わずにグサッと勢い良く刺さった。


 痛い。

 足首を傷つけられたため踏み込むと足に激痛が走る。

 しかし、動かないわけには行かなくて強引に体を動かす。

 横腹に向かって迫る槍を2本、刀で強引に向きを変えてやると真っ直ぐドワーフの元へ向かった槍が、後衛に待機していたドワーフに突き刺さった。


 無理やり足を動かしたら、刺さりが甘かった槍が外れて床に落ちる。

 足首から流れ出した血は傷が浅いとはいえ、それなりの量が出ている。

 痛みに冷や汗をかきながら、残りの左足首に迫り来る槍を刀を振り上げることで払う。

 そして、その場でピタッと身動きを止めると

「串刺しになっちゃうよ!」 

 先程の子供が声を張り上げた。


 身動きを止めてしまったヒビキを見ていたドワーフが、ニヤニヤと笑っている。

 周囲の冒険者達がゴクッと息をのむ中、音を立て槍が地面に突き刺さる。

 いくつか体を掠めた槍はあったけど、槍が体に突き刺さる事は無く安堵した。


 攻撃を避けられるとは思ってもいなかったのだろう。

 人を指差してケタケタと笑い声を上げていた中衛のドワーフが、あんぐりと口を開いたまま見事に固まった。

 そして、悔しそうに地団駄を踏み始める。

「わぁ、凄い!」

 悲鳴を上げていた子供が、ヒビキの体を避けるようにして地面に突き刺さった槍を見てはしゃいでいる。


 地面に突き刺さった槍は時間が経たないと消えない仕組みになっているようで、槍を手に取り表情を緩める。

 フードを深く被っているからヒビキの口元しか見えていないだろうけど、口元だけでヒビキの考えてる事を察した中衛のドワーフが右往左往する。

 近くの槍を片っ端から手に取りドワーフに向け投げつける。

 右へ左へ、それぞれに逃げようとした中衛のドワーフが互いにぶつかり合う。


 次々にドワーフを槍が貫通していき、攻撃を受けた彼らは砂になって消えていく。

 ドワーフは攻撃力が高いかわりに防御力が極端に低い。

 そのため、一撃で仕留められるうえ落とす金額は人間界に出現するモンスターの何倍もある。

 どんどんお金がたまる。

 素直に喜んでいると最終的に中衛のドワーフが後ろに逃げたため、後衛のドワーフと中衛のドワーフが入り乱れてしまう。


 残りの数は7。

 ついには後衛のドワーフを盾にし始めた中衛のドワーフが、こんな状況の中でも悔しそうに地団駄を踏んでいる。

 槍が突き刺さり残り4、3、2と徐々に数が減っていく。

 後衛のドワーフを盾にして怯える中衛のドワーフが、ガクガクと体を震わせる。


 けれども、後少しと言うところでヒビキを取り囲むようにして地面に突き刺さっていた槍が消えてしまった。


 ズキズキと傷ついた足首が痛む。

 レベルが上がれば生命力や魔力は回復をしてくれるけど、攻撃で受けた傷は治してはくれない。

 2階層のドワーフを倒し始めてから、ずっと体が光に包まれている。

 それだけ、ヒビキのレベルが急激に上がっているって事だけど、今までソロでは戦ったことが無かったから気づかなかった。


 いつも狩りに行くときは、ヒビキが敵を弱らせて仲間が止めを刺していた。

 だから、敵に止めを刺すと大量の経験値が手に入る事を知らなかった。

 何故止めを刺すのに仲間同士で敵を奪い合っているのかと思っていたけど今ごろになって訳を知る。

 これだけの経験値が入るのなら、人の敵を奪ってでも止めを刺したいと思う者もいただろう。


 止めを刺すための奪い合いに参加していなかったのは、ギルドのランクがSクラス以上の3人だけだったような気がする。

 そのうちの二人は死んでしまって、一人は仲間を裏切ったけど。

 過去の仲間を思い出すと気持ちが沈んでしまう。

 しかし、気持ちが沈んでしまったからと言って佇んでいるわけにもいかない。

 残りのドワーフが攻撃を仕掛けてくる。


 相変わらず中衛のドワーフは後衛のドワーフを盾にしているけど、仲間の影に隠れて長い呪文を唱えていたドワーフが大きく杖を振り上げた。

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