シニコク~巡狂変

桜盛鉄理/クロモリ440

一巡り 次啓

 刑部秀穂おさかべしゅうほがこの屋敷を訪ねたのは二度目だった。涼やかな風が通る松林の奥に建つ純和風の佇まいは、現実世界から離れた仙人のかくれやのようでもある。

 名前を告げると8畳の和室に通される。時間の約束まではしていなかったせいもあって待たされることも承知していたが、しかしそうはならないであろうことも知っている。


 刑部秀穂は屋敷のあるじとの最初の邂逅を思い出す。そのとき天衣日乃永あもうひのえはまさに太陽の如きオーラを纏っているように見えた。

「やはり蒔いた種はご自分の手で刈るのが良いかと思います。お引き受けいただけませんか」

 今や伝説ともいえる彼女が生きていてしかも会えるとは秀穂も思っていなかった。その上でそう言われては彼に断ることなどできない。自分が【鎌波】との対決を躊躇ためらっているのを知っていてお膳立てされたのだとも感じている。


 正座して待っていると、30分ほどで三条虹弓さんじょうななみが部屋に入ってくる。

来てたわね。姉輪みわさまがお会いになるそうよ。粗相のないようにしてよ」

 そう言って三条虹弓が刑部秀穂に釘を刺す。「どの口が?」という言葉を吞み込んで刑部秀穂が立ち上がった。


 四畳半の和室で刑部秀穂は天衣日乃永と会った。和服に着替えた彼女に茶を勧められる。その様子に慌てたわけではなく準備に十分な時間があったということが分かる。

 部屋に床の間と掛け軸はないかわりに障子が細く開けられ、そこから竹林が見えている。風に揺れるさまが野点を思わせ、静けさの中にも堅苦しい雰囲気はない。

「三ヶ月ぶりでしょうか。順調そうで私も安心しています」

「ご無沙汰しております。お陰をもちまして万事滞りなく……」

 秀穂の言葉通り『黎明の灯火』による【シニコク】の救済は進んでいる。後藤柚姫の『黎人会』だけでなく、もう一方では多門真夕貴と兎川橙萌が【祓い流し】を施していた。


 人から感染する変異した【シニコク】の呪いの検証に際しては多門真夕貴の協力によるところが大きい。彼女の事件をもとに受動者キャリアの呪われる条件は強い情動を伴う血液や体液を介した接触によると分かった。その後は後藤柚姫や刑部秀穂が中心となり対抗策が練られていったのだ。


 多門真夕貴も兎川橙萌が側にいることで精神は安定した状態を保っている。そして真夕貴と橙萌は同性の【祓い流し】が可能な優性種でもあった。そのことは多感な年頃の女子に心を開かせるのにも役立つものだった。

 信岡聖は影を消されたあと、『黎明の灯火』に関わることはなかった。それは信岡玄との約束通りだった。


「ところで僕が呼ばれたのはのことでしょうか?」

「ええ、あなたの思ったようになってしまったようです」

「それはやはり……【鎌波あいつ】が裏にいるからですか?」

 天衣日乃永は名前を口にしたくないというふうに黙って頷いた。

 時間が経てば呪いは姿を変え、形ばかりでなくその及ぼす対象や効果さえも変わっていく。そのことは【シニコク】の呪い自体が証明している。そして【鎌波】が関わっているならばそのの危険性はまるで予想がつかない。


「協力は惜しみません。どうかこの国いえ、これからの時代を担う若者を救ってくださいませんか」

 裏道を歩く一介の陰陽師に、国の権力者をも動かす『姉輪みわ』様が頭を下げる。

「何もそこまで……買いかぶり過ぎですよ。それでも【鎌波】と決着をつけるにはいい機会です。やれるだけのことはやりましょう」 

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