廃ゲーマーコンビ、開拓惑星にて奮闘せり

不健康優良児

第1話 プロローグ

 大小の岩山ビュートが突き出す赤茶けた荒野。

 雲一つない透き通るような青空が、地平線の彼方で赤い大地と交わっている。

 広大な荒野を見渡せば、通信タワーや小規模の集落跡といった人の手による建築物がまばらに点在していた。

 もう長い間、放置されているらしく建物の多くはコンクリートが風化して崩れ落ち、支柱の鉄骨が覗いている。


 そんな荒涼とした景色を乱すように、土煙を上げて地を駆ける無数の異形の姿があった。


 数百にも上る数で群れを成して荒野を暴走する異形を、この世界の人々は鎧蟲ガイチュウと呼んだ。

 鎧蟲は、その名の通り鎧のような金属質の表皮を持ち、全長が二メートル以上の巨体であることを除けば、その姿はどこか昆虫の蟻を想起させる。

 性質は獰猛で、硬い表皮と重量による突進力を武器に獲物に襲い掛かるソレらは、この世界における全人類共通の敵だった。


「ウギャーッ! 釣りすぎたぁっ! 死んじゃう! コレ、マジで死んじゃうって!」


 地響きにも似た鎧蟲の足音に混じって、甲高い悲鳴が上がった。

 鎧蟲達から僅か十メートル程先を走る、鮮やかな赤のショートヘアーを持つ小柄な少女が発したものだった。


 少女は戦闘服とボディアーマーを着込み、荒野仕様の迷彩が施されたミリタリーケープを羽織っている。

 砂塵除けゴーグルで保護されたワインレッドカラーの瞳に涙を滲ませ、少女は懸命に走り続ける。

 その速度は、車並みの速度で地を駆ける鎧蟲にも決して引けを取るものではなく、少女の脚力とスタミナは人間離れしていた。


『バーカ。調子に乗って欲張るからだ』


 体内に投与されているナノマシンが耳小骨を振動させ、呆れかえる男の声を少女に伝える。


「なにさっ! 少ないよりは多いほうが良いって言ってたじゃん!」


 少女は心外とばかりに、ナノマシンを介した体内通信で声の主に向かって怒鳴り返す。


『限度ってもんがあるだろ。限度ってもんが。ほれ、モタモタしてると追いつかれるぞ。頑張って走れ走れ』

「この薄情者! 鬼! 悪魔! 童貞!」

『どどど、童貞ちゃうわ! って、アホなこと言ってねぇで、もうすぐ目標地点だぞ。準備しろ』

「了解。ターゲットは?」

『呑気にパーティーの真っ最中だ。気づかれた様子はないな。まあ、今ごろ気づいたところで、このタイミングじゃもう手遅れだけどな』


 少女の目指す先、集落跡に数十人の男達がたむろしている。


 緑を基調としたウッドランド迷彩の戦闘服を着込み、アサルトライフルを肩に吊るしている者。ジーンズと黒シャツの上からプレートキャリアを装備し、ショットガンを手にする者。全裸の上半身に直接弾帯を巻き付け、軽機関銃を担いでいる者。エトセトラエトセトラ。


 多種多様と言うよりも雑多と表現した方が似つかわしいほどにバラバラな身なりをした連中だったが、装備品に施された“蛇の絡みついた髑髏”という悪趣味なエンブレムと、品性を欠いてその代わりに欲望に染まった眼差しをしている点のみは共通している。


 『ヘルズバイパー』。

 それが、このいかにも荒くれ者といった集団が所属し、近隣で悪質な殺人PKを繰り返したことで、ついには懸賞金まで付けられたレッドカラースコードロンの名前である。


 自分達がどれほどの恨みを買ったのかも知らず、呑気に酒瓶をあおっているヘルズバイパー達を視界に収め、少女は肩掛けしていたアサルトライフルを掴む。

 グリップよりも後方に機関部を配置するブルパップ方式が採用された銃身は、一般的なアサルトライフルよりもコンパクトで、小柄な少女が構えると奇妙な調和がとれていた。


「オッケ。それじゃ散々追っかけまわされて溜まったフラストレーション、コイツ等ごとぶつけてやる」

『そうしろよ。カウントスリーで一気に突っ切れ』

「了解」


 少女は首肯し、アサルトライフルのチャージングハンドルを引く。


『スリー……』


 時を同じくして集落跡では、数人のヘルズバイパー達が迫ってくる地響きを聞きつけ、何事かと周りを見渡し始めている。


『ツー……』


 動揺は瞬く間に伝染していき、やがてヘルズバイパー全員が周囲を警戒し始める。

 中には銃を手に取り、安全装置を解除する者もいる。


『ワン……』


 だがすでに、何もかもが手遅れだった。


『行け行け行け!』


 合図と共に少女は地面を砕かんばかりに踏みしめて爆発的に急加速し、鎧蟲の群れを引き離していく。

 少女はそのまま、ヘルズバイパーの野営地を全速力で横断して走り去っていった。


「うわっ! なんだァ?」

「なんか、ちっこいのがスッゲー速さで走って行かなかったか?」


 凄まじい速さで眼前を駆け抜けていった少女の背中を、ヘルズバイパー達は呆気に取られた顔で見送っていくことしかできなかった。


 しかし、呆ける暇もなく背後から響く地鳴りのような足音に、彼らは強引に現実に引き戻される。


「お、おい! 後ろ見ろ!」

「鎧蟲じゃねえか!?」

「何匹いやがんだよ!?」


 かくして少女獲物を見失った鎧蟲の群れは、しかし急に停止することもできずに、ヘルズバイパーの野営地へ次々と突っ込んでいく。

 鎧蟲は、少女を取り逃した腹いせとばかりにヘルズバイパー達に猛然と襲い掛かっていくのだった。

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