第16話 現状確認

馬車は進む。随伴する騎士と冒険者達に合わせてゆっくりと。

「私の見立てなんだが」

目を開いたセラ様がポツリと喋り始める。

「観察していたんだが、冒険者共と騎士共は結託していない。

大叔父上からの指示は間違いないだろうが、冒険者ギルドと第三騎士団。

この二つが別口で動いている」

確かに、広場で最初に目にした時はお互いに距離を取っていた。

そう見せかけている可能性は否定できないが。

「『執事もどき』君。言いたいことは分かる。ただ、クマルス市までの往路も含め、

今まであの豚共は一言も会話していない。一言もだ。

この馬車の前に騎士団共、後ろに冒険者共。示し合わせたように。

互いに目的は知っている。だが、協力もしないし邪魔もする。取り分を減らしたくない。そう考えているのだろうよ」

「目的はセラ様、ステラ殿、マルティナ殿の身柄を抑えること。ですよね?」

ぼかしたが、連中の目的は犯して売ること。それはセラ様も先ほど自分で言っていたことだ。

「そうだ。子爵令嬢一人、男爵令嬢二人。私達は顔立ちも良い。処女じゃなくても、高く売れるだろうよ。

買取先はメルギド領の大手商会、アルストル商会だろう。

あの屑共、お祖父様がお隠れになってから好き勝手にやっているようだ。

子爵領の大手商会など、他領から見ればよくて中規模の商会だろうに。

身の程を知らぬ屑共が。まぁ、それも大叔父上が噛んでるがね」

アルストル商会か。情報でもろくでもない話しか無かった。

年頃のご令嬢3人、売ればいい金になるだろうね。買う奴もろくでなしだろうが。

セラ様もといセラスティア様は今年で16歳。姉君様と同じ。

ステラ殿はメルギド領に隣接する男爵領、マグノイ男爵家の三女。

年の頃は今年で17歳。

マルティナ殿はメルギドに仕え騎士団長を務める、ボーウェン騎士爵家の三女。

年の頃は今年で15歳。今世の僕と同じ年だ。

「失礼、話の整理とすり合わせを。セラ様の大叔父、アルボス・メルギド殿が当主の座を狙っている。それにあたり、メルギド領にいるセラ様および現当主夫妻を排除しようとしている。この認識で合っていますか?」

「ああ、そうだ。私もそう思っている。他領に嫁いだ姉上二人と、王都に出ている兄上には手が出せん。手早く父上と母上と私を片付けて、当主の座に就く考えだろう」

「その為に、冒険者ギルドに第三騎士団、そしてアルストル商会と手を組んでいる」

「そうだ。まぁ、冒険者ギルドは一部の者と思われるがな」

「そして先ほどお聞きしたように、アルボス殿の指示で冒険者達と騎士団達が動いている。と」

「あくまで、私の見立てだが。そして、それぞれに襲撃が一回ずつの計二回。ポイントは大渓谷と森林街道」

「同意見です。ゴミ、失礼。盗賊共を使ってくるでしょう」

「諸君等は盗賊をゴミと言うのだったな。確かに、奴らはゴミだ。ククッ」

セラ様は合間合間に紫煙を吐いては、僕の口元に煙草を近づける。遠慮せず、頂く。

身体をくっつけたままで。お若いご令嬢にしては珍しい。

ちなみに煙は姉君様の席の方へは、見えない壁があるように阻まれている。

馬車内に充満するはずの煙は、いつの間にか消えている。

そういう魔術を掛けてあるのだろう。空気清浄機的な。魔術ってすごいね。

「ありがとうございます。お互いの認識に齟齬はありません」

前提が間違っていれば、あとで大きな綻びが生じる。セラ様もそう思い、繰り返しになっても話を擦り合わせてくれたのだろう。

「さて、私からも聞きたい。諸君等はどれほど強い?レオパルドン傭兵は化物揃い、とお祖父様から聞いている」

セラ様はおじいちゃん子だったんだろうなぁ。信頼している祖父からの言葉だけで、

ここまで僕達を信頼してくれている。戦争傭兵の同胞達に感謝を。

「端的に問おう。外の豚共とマルティナも含めて、何分で皆殺せる?」

マルティナ殿。違和感を覚える騎士。その一端は剣術の腕は相当と見たからだ。

「全員逃げずに向かってくる前提で、姉君様は30秒、僕は3分でしょうか」

姉君様は何も言わない。見立ては合っているのだろう。

「マルティナは、ああ見えて剣術に限っては領内五指に入る。それでもか?」

「それでも、です。僕の場合は、騎士と冒険者達に1分半。マルティナ殿に1分半です。姉君様の場合、剣術の腕前は関係しません」

「マルティナを1分半、か。君も相当だな。それよりも、『縦横一閃じゅうおういっせん』殿の、剣術が関係しないとはどういうことだ?」

「姉君様は剣技士、技を持って相手を一刀両断にします。それを防御できる人間は、仰られた11人の中にいません」

「剣技士?聞きなれない言葉だ。説明してもらえるか?」

他国で剣を扱う者は剣士、または剣術士などと呼ばれる。剣技士は我が国家独特の名称だ。

「我が国家では剣術は剣を使うすべと定義しています。僕の武器はショートソード。もちろん、剣術は修めています。強い方ではないですが」

自分の弱さに心の中で苦笑しながら話を続ける。

「対して剣技士は、剣術の先を行きます。わざを持つのです。例えを出しましょう」

窓の外を指さす。草原が広がっているが、まばらに木が生えている。

「あの木、きこりなら斧で5回も打てば倒れるでしょう。では剣なら?」

「…想像がつかんな。1回で刃毀れが出る。そのあとは鈍器と同じだ」

「姉君様は1回です」

「ほぅ、どういうことだ?」

セラ様は驚くではなく怪訝な顔。どうやったら1回で斬れるか考えている。

他国の人間は冗談と笑うか、驚くかだ。出来ないという思いが先に来ているから。

彼女は、傭兵がそれが出来ないと思っていない。だから方法を考える。

レオパルドン傭兵への信頼が厚い。

「技で斬ります。体幹、重心、身体強化、刃の角度、対象の分析、色々とありますが、姉君様は一つの技としました。それは木でも、鎧でも、人でも、一振りで両断します」

「…剣で防ごうと、受け流そうと、関係無し、か。ハハッ。すごいな」

セラ様の目が輝き、姉君様を見る。祖父から聞いた化物が目の前にいる。

それが嬉しいのだろう。

しかし、今の話で納得するか。実際にやってのけて理解するならわかるが。

信頼では無く、盲信に近い。僕達は英雄ではない。一つ釘を刺すとしよう。

「セラ様、先ほどの前提での相手程度なら、50人いても我々が絶対に勝ちます。

しかし、ここに別の要素が入ると最悪負けます」

セラ様は目を閉じ先に答える。

「私達か」

このお嬢様、分かってるなぁ。

「仰る通り。好き勝手に動き回って殺すのと、人を背に守りながら戦う事は勝手が違うのです。守るために動けず、人数で押されればいずれ負けます」

それが、護衛任務時の傭兵の弱点。

「なら、私達も戦えれば問題ないな」

目を開いたセラ様はニヤリと笑う。悪い顔だ。

「あの豚共にはもう限界だった。私を、私達を見るあの目が許せない。

最初に言った。私は殺せる、と。任せてくれ。最悪が来れば、私の魔術で焼いてやる」

人差し指の先から火を灯し、新しい煙草に火をつける。

なるほど。セラ様は戦える魔術使いか。

「最悪の場合に限り、手をお借りします」

人を殺すのも傭兵の役目。決して、ご令嬢のすることではない。

最悪の場合が訪れないようにするのも任務の内だ。

「一つ、頼みがある。機会があればマルティナの処女を切ってくれ」

子爵令嬢の願い事は、近衛騎士殿に人を殺させることだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る