第2話 合流
装備を整え荷物を背負ったフルートは、ポチと一緒に荒野に立ちました。
まだ足跡ひとつついていない雪原が、目の前に白くなめらかに広がっています。
ポチがワン、と吠えて言いました。
「ぼくが風の犬になって魔の森まで飛びますよ。フルート、乗ってください」
子犬の首の周りには、緑の宝石をはめ込んだ銀の首輪があります。風の犬に変身する魔力を持つ風の首輪です。
けれども、フルートはすぐには返事をせずに、なんとなくためらうように、荒野の彼方を眺め続けていました。
「ワン、どうしたんですか? 何か待っているんですか?」
「あ、ううん……」
フルートが我に返ったように答えたとき、今度はポチがピンと耳を立てて荒野を見ました。
「ワン、何か近づいてきます! すごい勢いだ! あれは……」
フルートも荒野の彼方に白い雪煙が上がるのを見ました。まっすぐこちらに向かって近づいてきます。
ポチが歓声を上げました。
「あれは走り鳥です! ワンワン! フルート、ゼンですよ!」
フルートは何も言いませんでした。
ただ、近づいてくるものを食い入るように見つめながら、大きな息を一つ吐きました。
走り鳥が雪を
小ぶりなダチョウに似た灰色の鳥です。
その背の鞍には小柄でがっしりした体格の少年がまたがっていました。毛皮の服を着込んで、大きな弓と矢筒を背負っています。
ドワーフの猟師のゼンです。
ゼンは
「やっぱりな。なんとなく、こんなふうに会えるような気がしていたんだ」
明るい茶色の瞳がいたずらっぽく輝いています。
フルートも思わずつられて笑い返しました。こちらの瞳は綺麗な青です。
「ぼくもだよ。ゼンも呼ばれたんだね?」
「おう、呼ばれた呼ばれた。天空王から
「ついさっき、金の石のペンダントが目覚めたんだよ。泉の長老に森に来るように言われたんだ」
「やっぱり金の石か。俺はこれだ」
とゼンが背中から取りだしたのは一本の矢でした。矢羽根の先から矢尻まで銀一色で、日の光にきらきらと輝いています。
フルートは驚きました。
「光の矢じゃないか!」
一年前、闇の神殿でメデューサを倒すときにも、半年前、天空の国で魔王やエレボスを倒すときにも大活躍した、聖なる武器です。
戦いが終わったとき、ゼンはこれを天空王に返してきたのですが……。
すると、ゼンが言いました。
「三日前、いやもう四日前になるか。俺が一人で山の中で狩りをしていたら、いきなり天からこれが落ちてきて、目の前の雪に突き刺さったんだ。頭の上にはちょうど天空の国が来ていた。声も何も聞こえなかったんだが、これは天空王が呼んでいるんだろうと思って、すぐに走り鳥を借りてここまで来たんだ。おまえに会えば、何が起こってるかわかると思ったからな」
「ぼくにもまだ、何が起きているのかわからないんだよ」
とフルートは正直に答えました。
「泉の長老は、ただ装備を整えて急いで泉に来るように、ってしか言わなかったから。でも、金の石が目覚めて、光の矢がまたぼくたちのところに来たってことは──」
聖なる石や光の矢を使って戦うような敵、つまり、闇の敵がまた現れたということに違いない、とフルートは考えていました。
闇の敵は強大です。また激しい戦いが始まるのかもしれませんでした。
ゼンが、ふーんとつぶやきました。
「ってことは、とにかく魔の森に行ってみりゃわかるってことだな。ポチに乗って、空を飛んでいくつもりだったんだろう? 俺も一緒に乗っていいか? 走り鳥は速いけど、風の犬には絶対かなわないもんな」
「ワンワン、もちろんどうぞ!」
ポチは嬉しそうに言って風の犬に変身しました。とたんに周りの粉雪が風に吹き上げられて、もうもうとした雪煙でいっぱいになります。
何も見えなくなって、フルートとゼンはあわてて手を顔の前にかざしました。
「おい、ポチ、準備ができるまで、ちょっと上空で待っててくれ」
とゼンに言われて、ポチは素直に上空に飛び上がっていきました。
雪煙がおさまります。
ゼンは鳥から飛び下りて荷物を下ろし始めました。
フルートは手伝おうと近づいていって、急に立ち止まりました。
「あれ……?」
ゼンの姿になんとなく違和感を覚えたのです。
「なんだ?」
と振り返ったゼンの顔が、フルートのすぐ目の前にありました。
以前はもっと下にあった茶色の瞳が、今はほとんど真っ正面からフルートを見つめています。
ゼンがびっくりしたように声を上げました。
「おい、フルート、どうしたんだ? おまえ、背が縮んだぞ!」
フルートはたちまち口をとがらせました。
「きみの背が伸びたんだよ、ゼン」
ゼンはドワーフですが、半分以上人間の血が混じっています。
大人になっても一メートル余りの身長しかないドワーフ族の中で、ゼンだけは群を抜いて大きくなって、ほとんどフルートと肩を並べるまでになっていたのでした。
ああ、とゼンはうなずきました。
「そういやそうか。俺、この半年でずいぶん伸びたんだよな。じいちゃんはもう抜いたし、親父のことも、もう少しで追い越すぜ。ドワーフの洞窟では三番目か四番目に背が高くなってるんだ。でも、まさかフルートまで追い越したとは思わなかったな」
「まだ抜かれてないよ」
とフルートはちょっとむきになりました。
人間の子どもとしては、フルートはとても小柄です。十三歳になった今でも、知らない人からは必ず二、三歳年下に見られてしまいます。
最近は同い年の男の子たちが急に背が伸び始めたので、なおさら小さく幼く見られるようになって、さすがのフルートも内心気にしていたのでした。
「あと二センチってところか?」
とゼンが笑いながら、手でフルートと背比べをしました。
「見てろ。じきに本当に抜いてやるからな。へへっ、人間より背が高いドワーフか。悪くないよな」
「抜かれるもんか。ぼくだって、もうすぐ伸び始めるさ」
「いいや、絶対に抜いてみせる!」
「身長なんて、自分で思ったから伸ばせるわけじゃないだろう!」
本気になってそんなことを言い合う二人は、すでに勇者の一行ではなく、ただの
フルートがやっと元気になってきたので、空の上でポチがほっとしていました。
たびたび見てしまう悪夢のせいか、フルートは最近ずっと沈みがちだったのです。陽気なゼンが、フルートにも活気を運んできてくれたようでした。
ポチは二人に呼びかけました。
「ワンワン、早く、魔の森に行きましょうよ! 泉の長老が待ちかねてますよ!」
「あ……」
「おっと、そうだった」
少年たちは言い争いをやめると、あわてて鳥から荷物を下ろし始めました。
朝の光に、雪野原はどこまでもきらめき続けていました。
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