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   ◇◇◇


 しかし白峰興信所は思いのほか手間取っていた。

 調査を依頼してから半月が経つが、音沙汰がない。すでに一樹の時の倍以上の日数が過ぎている。その気になればどんなに遠くへでも行けてしまう期間だ。今頃もう、碧斗は久遠の知らない街でひそかに暮らしているのだろう。むしろ海外にいるのではないか。心許ない思考がよぎって、久遠の焦燥はますます募る。

 正直、仕事どころではないのだが、『セヴンス・ヘヴンの爛光』の映画化作業は粛々と進めねばならず、今日もキャスティングやら演出の打ち合わせで丸一日がつぶれた。

 深夜に帰宅し、パソコンを開くと興信所からメールが入っていて、待ちに待っていた連絡かと期待に胸を膨らませた。

 碧斗を横須賀で見つけたという報告だった。とうとう見つけてくれたのだと感極まる。

『豊崎碧斗さんは日傭取りの仕事をしています。主に建築資材の木材運びで、横須賀の三笠公園近くにある建築現場に派遣されています。朝六時に集合場所で受付して、夕方六時には賃金を貰って帰途につきます。』

 白峰の社員の淡々とした文面が続けて知らせてきたのは、碧斗の仕事内容の過酷さだった。

 添付ファイルがあるので開いてみる。紛れもない、重い資材運びをしている碧斗の姿だった。今年は残暑が厳しいので汗にまみれていることだろう。日付から察するにいずれも最近の写真で、ほっそりとした長身に合わないだぼだぼの作業衣を着て、長い角材を肩に担いでいる。

 仕事の後はコンビニで夕食を買い、郊外にある寂れた旅館に戻って一人で連泊しているのだという。宿泊費は一般的なビジネスホテルの四分の一以下。質素というよりは退廃的な貧困すら感じさせるつましさだった。

 パソコンの中に小さく映っている碧斗を目に焼き付ける。相変わらず憂いめいた美しい顔立ちだが、一日中の外仕事のためか、服から出ている部分が赤土のように灼けてしまっている。

 色素が薄いから日に焼いても熱傷のようになって皮膚が剥けてしまうのだ。そうメモを見せて控えめにほほえんだ碧斗がむしょうに懐かしい。久遠はひっそりと静まった部屋で、しばらくパソコンの画面から目が離せなかった。


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