第17話『襲撃』


 なんとなく鏡のあんにゃろめならこっちに居そうだぜ、と紀子が向った先に。


「いたよ……」


 これが意外とあっさり見つかった。


 それは忙しなく車が行き交う大通りを渡った先、ひなびた住宅地のその先にある神田明神下の石段に、なんかのほほ~んと腰かけてる鏡の姿を見つけたのだ。ああ、腹が立つ。


「野郎! どうしてやろうか!」


 何しろとんだセクハラ野郎だ。ふざけた事をやらかしといて、悪びれる素振りなんざ欠片もありゃしねえ。おまけに正面からぶん殴ろうにも、おかしな魔法でこっちの攻撃がかすりもしねえ。幸い、今なら隙だらけだぜ!

 思いっきり突貫してやろうかと足早に近付きかけたが、にやり。途中から忍び足に。

 うつむいて手元を見てるっぽいので、視界のすみに引っかからない様に回り込む様に~。


「どーん!!」

「のあっ!?」


 思いっきり横合いから蹴り込んでやると、鏡の奴が面白い様に転がるんで、これは腹を抱えて大笑いだ。


「あーっはっはっはっはっは!!」

「痛ってぇ~!」

「ざまぁ~」

「この野郎!」

「ざ~んねん、女でーす!」


 べろべろばあだ! はっはー!

 ぐぐぐっと起き上がろうとしてる鏡に、さて追撃してやろうかと身構えた。思った以上に軽いんで、本気のが入ったらちょっとヤバいかな? とか想いながら。


「どこが!? 女の皮を被ったおっさんのくせに!」

「なんだと、この野郎!!」


 やべえ。やっぱ、こいつは赦しちゃおけねぇや。こちとら華の十九才だ。花も実もある乙女だぜ。ズボン剥いで神田明神の山門に逆さづりにしてやろうかよ。


「きひひ……」

「うお? や、やるかこらぁ」


 じりりとにじり寄ると、じりりと下がる鏡。


「ふ……びびってるね」

「び、びびってねえしぃ!」

「く……くくく……」

「う……ううう……」


 おかしい。逃げる素振りを見せねえな。尤も、変な魔法を使おうものなら、即座に一発ぶちこんで、させねえんだが。


 正に一足一刀の間合い。変だ。まだ逃げようとしねえ。さっきの一発がよっぽど効いてんのかあ?

 ぐっと拳を持ち上げてみると、びくっとしやがる。


「おら。どした?」

「うるせえ」

「はっ! もしかして、MPがゼロって感じか?」

「やかましい」

「んだよ。拍子抜けだぜ」


 んんん? もしかして、マジメに仕事してたのか?

 まさかな。


 そんな疑念を思い浮かべた矢先の事。

 風を切る様に、ひゅんと何かが飛んで来て、ぼとりと足元に落ちた。


「な?」

「ん?」


 それは、一瞬、鳥の様に見えたが、それがほどける様に開き、一枚の紙に。その紙には、何やら不思議な文様が描かれていて、一目で呪符と判ったのだが、その中央に深紅の、まるで血の様な赤がべったりと……


「しまった! 式を返されたか!?」

「んだあ!?」


 鏡がそう叫ぶや、同じ様なものが次々と飛んで来ては、二人の足元に叩きつけられていき、まるで嵐の様な有様に。それに混じる異様な気配に、紀子は迷わずに剣を抜き放った。


 ぱっくり。緑の小鬼みたいなのが二つに裂け、びしゃりと不気味な体液を散らす。


 紀子の手には、夕べと同じく、水晶の剣が鋭利な霊気を帯び、すらりと伸びて曇り一つ無い。


「敵だ!! 敵の術師が式を打ってんだ!!」

「おめ、鏡ぃ! 何でその事、教えねぇ!!?」

「は! ガキが! 手前に人が斬れんのかよ!?」

「き、斬れらあ!!」


 ぴゅうんと唸る白刃に、またも数匹の小鬼がざっくりと散る。


「はん! 据え物斬りとは違うんだぜ!」

「やかましい!! へろへろ野郎は、その辺に縮こまってやがれ!!」


 悪態を返しながらも剣を振るう。


 敵だぁ!? やべえ! やべえぞ!! カウンターかよ!!? どこだ!? どんだけ居る!? 強ぇぇのか!?


 紀子は咄嗟に、水晶の苦無を右手に生じさせ、剣を振るいながらもそれをえいやと投げ付けた。それは狙い違わず、鏡に組みつこうとする小鬼を貫き、弾き飛ばす。

 敵の狙いは、明らかに消耗してるこちらの術者、鏡だ!


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