苺畑の臨時調査員

 調査の過程で得た情報と途中経過を報告すべく、雪乃は真珠姫を呼び出した。

 依頼を受けた応接室に対面で座り、数枚の書類をローテーブルに広げて話し合う。あの日は遅れて真珠姫も飛び降り現場に現れたが、犠牲者と似た格好をした彼を見て野次馬が騒ぎ始めたため、早々に撤退していた。

 インターネット上では、大騒ぎを起こして飛び降りた人物がメリーベリーらんどの店員、かおりんであることがあっという間に拡散され、彼の最近の接客態度や発言も込みで憶測が飛び交っていた。中には画像を添えて容姿を揶揄するものや、無関係な店員のチェキやアカウントを晒して誹謗中傷するものまで現れる始末。

 元々女装男子の店だったことを指して『カマホモ専門店』『使用済みケツま※こはこちら』などの悪質な文言と共に、店員の顔写真やSNSのアカウントを裏サイトに転載する嫌がらせまで横行し始めた。

 店の公式アカウントも炎上し、店長の監督不行き届きを指摘するのみならず正義の棍棒で過剰な批判をするアカウントが集まっていった。

 真珠姫曰く飛び降りた店員がいる店を一目見ようと冷やかしに来る客も増え、暫く臨時休業することになったという。


「新聞社の情報網も借りて調査を進めているんだが、人物の特定には至っても当人のコンピュータにはなかなか手が出せなくてな。其方で難航している」

「コンピュータ……あの、それって、僕が手伝うことって出来ます?」

「えっ」


 驚きの声を上げたのは、雪乃の傍で控えていた愁作だった。

 雪乃も声に出さないまでも、どういうことかと真珠姫を見つめ返す。


「僕、ネット関係にはちょっとだけ強くて。うちに来てもらえればお手伝い出来ると思うんです」

「それは……そうだな、真っ当に警察に許可を取っていてはいつになるかわからん。頼めるか」

「はいっ」


 依頼人に仕事を手伝ってもらうという前代未聞な流れだが、現在の探偵事務所には機械に強い人間がいない。物理的な強さなら有り余っているというのに、だ。今後の運営について検討すべきだろうかと頭の片隅で思いつつ、雪乃は愁作を留守居に置き事務所をあとにした。


 真珠姫の自宅は、春盟地区と隣の秋陰しゅういん地区の境目にあった。

 地上十四階建てのマンションで、オートロックや宅配ボックス、管理人常駐などの付属サービスが充実したところだ。春盟地区の店で夜の仕事をしている女性の住民が多く、都内のマンションにしては比較的近所付き合いがあると真珠姫は言う。


「此処です。どうぞ」

「邪魔する」


 玄関扉を開けた先は、一見すると普通のマンションの一室だった。真っ直ぐ廊下が延び、左右と正面に扉がある。玄関の右手にはシューズボックスがあり、その隣には水場が、風呂とトイレは別となっていて、水場の正面の部屋は衣装部屋として使っているという。そして正面の扉を開けると、其処は少女趣味の寝室とサーバールームが一体となったような、不思議な空間だった。枕元に衝立こそあるが、コンピュータの特徴的な低い稼動音は僅かも軽減されていない。

 ファンシーなデザインのベッドと苺柄のラグ、白地に苺が描かれたローテーブル、そして苺の形のクッション。店も苺一色だったが、真珠姫の自室も苺まみれだ。


「リアル調査でわかったこと見せてもらっていいですか?」

「ああ、これだ」


 似顔絵を元に調べた結果、名前と顔写真は手に入った。尾行の結果自宅の特定にも至ったが、さすがに新聞社や探偵といえど個人宅に乗り込んだら此方が警察の世話になってしまう。彼は顔出し配信者ではなかったため、容姿からアカウントを探すのも不可能だった。

 新聞社のほうは正式に依頼したわけではないため、普段の仕事の合間に調査をしてもらっている。なるべく彼らの手を借りずに先へ進む糸口が見つからなかったのだ。


「なるほど。でもあの飛び降り動画を投稿してたとしたらすぐ見つかりますよ。あ、その前に……」


 そう言うと真珠姫はキッチンでカフェオレを入れて戻って来た。トレーの上には、蜂蜜とクッキーが一緒に並んでいる。


「良かったらどうぞ。お待ちいただくあいだに。其処の座椅子使ってください」

「ありがとう」


 見れば座椅子もパステルカラーの苺柄で、雪乃は此処まで徹底して統一していると見事だな、と感心しながら場所を借りた。

 真珠姫のパソコンはメインがデュアルモニターで更に別のモニターも並んでいて、機械に詳しくない雪乃にとっては、無数に絡み合うコード類も、居並ぶモニターも、二つあるキーボードも、全てがどう作用するものなのか全くわからなかった。

 静かな室内にカタカタとキーボードを打つ音だけが流れる。耳を澄ませばファンの稼動音も聞こえるが、まめに掃除をしているのか探偵社のパソコンのような断末魔を思わせる悲鳴は聞こえない。

 今日の真珠姫は仕事でないにも拘わらず、ピンクと白を基調とした甘い色彩の服を着ている。肩のフリルや襟首のリボン、ふんわりとしたスカートに、ハイソックス。玄関で鎮座している靴も、フリルやスカラップレースが使われたショートブーツで、苺味のキャンディのような艶のあるピンク色をしている。

 アルバイト先に選ぶだけあって、彼は元々苺や可愛らしいものが好きなのだろう。雪乃の周りにはいなかったタイプなため、新鮮な気持ちになりながら甘い苺畑の中で調査が終わるのを待った。

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