ちっちゃいTS魔女ちゃんによる異世界ダンジョン探索配信
龍翠
プロローグ(前編)
昼過ぎ。ボクはいつも通り、自分の部屋で配信をしている。遊んでいるのはパソコンのオンラインゲームだ。いわゆるオープンワールドの人気ゲームで、最近は日本のような島国が実装されて話題になってる。
「やっぱり自分で操作するなら、かわいい女の子キャラだよね」
ボクがそう言うと、パソコンの画面の隅にたくさんの文字が流れていく。
『わかる』
『むさいおっさんの尻より美少女の尻を見ていたい』
『和装美少女、とてもいい』
操作しているのは、赤い忍者のようなキャラだ。性能としては正直微妙なんだけど、そこは愛でカバーってやつだ。
それにしても、このキャラ、技が派手だな。
「忍者なのに技が派手すぎる……」
『バカヤロウ! 忍者が忍んだら忍者じゃないだろ!』
『忍んだらそれはもう別ゲーだからしゃーないわ』
『言いたいことは分かるけどw』
こう、すっと回り込んでずばっと攻撃、みたいな暗殺スタイルとかも楽しいと思わない? ボクだけかな。
一時間ほどゲームをプレイして、ダンジョンをクリア。ダンジョンの最奥、報酬の宝箱が置かれてる部屋でコントローラーを置いた。
「はい、クリア。さすがにパーティ推奨のダンジョンをソロプレイは厳しいものがあったね」
『厳しいとか言いながら普通にクリアしてるし』
『相変わらずアクションゲームはうまいよな』
『リズムゲームとか壊滅的なのになw』
「うるさいよ」
ちょっと苦手なだけだよ。もう少し練習したら、きっと大丈夫。
パソコンの設定を変えて、モニター上部に取り付けられたカメラを起動させる。するとすぐに、配信の画面はゲームの画面じゃなくてボクの顔を映し出した。
ボクは特にリアルを隠してない配信者だ。学校に行ってない強みかもしれない。
「はい。あとは雑談でいいかな」
『あいよ』
『相変わらず美少女』
『だが男だ』
『リアル男はマジで卑怯なんよ』
「男女っていじめられてから言ってよ」
『ごめんて』
ボクはまあ、ちょっと顔が女の子っぽい。そのせいで、中学の頃から男女とか言われたり嫌がらせされたり、あとはまあ、襲われたり……。いろいろあって、今は立派な不登校だ。一応高校には在籍してるけど、そこでも初日からからかわれて行かなくなってしまった。
学費がもったいないし、退学した方がいいかな。でもお母さんが泣いちゃいそうだしなあ……。
『おーい、リオン?』
『戻ってこーい』
「ああ、ごめんごめん」
意識をパソコンに戻す。さすがにちょっとぼんやりしすぎだ。
ちなみにリオンっていうのはボクの配信者としての名前だ。好きなゲームキャラクターの名前を使わせてもらってる。ありきたりな理由だね。
「それじゃ、のんびり雑談でも……」
そう言ったところで、そのコメントが流れてきた。
『一目惚れしました! 大好きです!』
『おお、なんだなんだ? この過疎配信にご新規さんか?』
『ひとめぼれwww』
『こいつだけはやめとけw』
「ひどい言い草だなあ!? いや、ボクもボクだけはやめておいた方がいいと思うよ」
将来の不安とかそんなレベルじゃないから。いろいろ詰んでるから。将来は姉弟に養ってもらう予定です。それにしても、なかなか変な人が来たね。
『そんなこと言わずに! なんでもお願い事叶えちゃいますから!』
『なんがやべえ人っぽくないかこれw』
『アカウント名見たら神様でクソワロタwww』
あ、ほんとだ。このご新規さん、アカウント名が神様になってる。全く見ないわけじゃないけど、なかなか大それた名前だ。
『神様おかしいですか? GODにします?』
『一緒じゃねえかwww』
『この人わりと面白いのではw』
変な人、というのは確かだと思う。
さてと。願い事か。せっかくご新規さんが話題を振ってくれたんだし、付き合ってあげよう。はっきりと、叶えるのが無理で、ネタだと分かる願い事がいいよね。
んー……。
「日本にダンジョン作ってよ。ダンジョン配信してみたい」
『ダンジョンですか』
『リアルダンジョン配信が始まるんですね?』
『いいなそれ、是非見てみたいw』
お話で見てると楽しそうだからね。危ないことをやりたいわけでは決してないけど……。
ああ、そうだ。
「どうせなら、日本から行けるけど、繋がるのは異世界のダンジョンがいいな。異世界人との交流とか絶対楽しいから」
『贅沢すぎるwww』
『ネタにしても盛り込みすぎだろw』
「あはは。そうだよね」
『分かりました!』
ん……? 分かりました、て。いや、もちろん、乗ってくれただけっていうのは分かってるけど、この後はどうやって話を続けるんだろう。わくわくしてきた。
多分、少ない視聴者さんも同じことを考えてるんだと思う。そんなコメントが流れてる。
そして、そのコメントは、流れた。
『ダンジョンの入り口、作りますね!』
そのコメントが流れて、五秒後ぐらい。
大地震が起きた。
「うわあ!?」
すごい揺れだ、まともに立っているどころか、座っていることすら難しい。慌ててその場にうつ伏せになった。これは、震度六か、もしかして七か……?
ゆっくりと揺れが収まってきた。とりあえずは、生き残れたらしい。顔を上げて、部屋の惨状を確認する。正直、片付けとか考えると見たくもないけど……。いやそれより避難しないと……。
「え」
でも。部屋のものは、何も崩れていなかった。
ベッドとパソコンデスク、テレビや本棚が並ぶボクの部屋。本棚には本やフィギュアが並んでるけど、それすらも何も落ちてない。倒れてすらいない。あれだけ大きな地震だったのに。
配信画面を見てみると、コメントもボクの配信にしてはたくさん流れていた。
『なにこれめちゃくちゃ揺れたのに何も落ちてない』
『おなじく。気持ち悪い怖いなんだこれ』
『え、こっちも大地震だったけど、みんな近場なん? ちな俺青森』
『香川』
『鳥取』
『え? 日本中揺れたん……?』
ボクは山梨県だ。いや、本当に、なんだこの意味不明な地震。
気味の悪さに背筋が寒くなってくる。そう思ったところで。
「はーいみなさんにご連絡でーす」
そんな声が、どこからともなく聞こえてきた。まるで頭に直接語りかけられてるような、そんな声。耳が声を拾っているわけじゃないのに、どうしてか声と認識できる。気持ち悪い。
その声が、続いていく。
えー。私は女神でーす。女神様です。私の推しがダンジョンに入りたいと言っていたので、富士山の麓の洞窟を異世界のダンジョンに繋げちゃいました!
もちろん一方的に土地を使っちゃったので、日本にはお詫びがあります。ダンジョンでとれる魔石はいろんなエネルギーに使えるので、是非集めてみてね! 魔物を倒したら落ちるから!
あとは、異世界の人と会うかもしれないけど、仲良くするように!
残りは面倒なのでパス! 現地で調べなさい! 応援だけはしてあげるから!
そこで、言葉は途切れた。
「えー……。一応聞くけど、みんなにも聞こえたの?」
『聞こえた』
『とんでもないことが起きたとか何よりも』
『絶対これ元凶お前だよなwww』
「言うなあ!」
だって! 思わないじゃん! なんだよ女神って! 神様って! 本物とか思うわけないじゃんかよお……! 女神がボクに一目惚れとか、それこそ意味不明すぎて……。
『いや、というか、カメラの調子が悪いだけかもと思ったけど』
『リオン、ちょっとカメラ調整して』
『声おかしいぞ』
声がおかしい? あ、いや、確かに言われてみれば、いつもより高いような……。というより、視線が明らかに低いような……。
よいしょ、と立ち上がって、カメラを調整。パソコンに配信画面が、つまりボクが映った。
女の子、だった。
「は?」
『え?』
『え、まって、これリオン?』
『女の子っぽいだけだったのがマジの女の子になってるw』
いや、まって、ちょっとこれは、おかしいにもほどがある!
ボクは生粋の日本人だ。長く散髪に行ってないから髪は少し伸びていたけど、黒髪黒目の一般的な日本人だ。
でも、今映っているボクの姿は違う。長い銀髪に青い瞳の、見た目十歳ぐらいの女の子だ。なんだこれ。
ぺたぺた顔や体を触ってみる。ちゃんと感覚がある。えー……。
「うわ、ほっぺた柔らかい……もちもちだ……」
『おいwww』
『突然のTSにこっちは頭バグりそうなのに、お前は冷静に何やってんだw』
『さすが私の一目惚れの相手!』
『出たわね』
『邪神さん』
あ、このアカウント名、さっきのやつだ。ちゃんと戻ってくるとは思わなかった。
「ちょっと、推定神様! なんてことしてるんだよ!」
『うーん、物足りないなあ……。ちょっと今から行きます!』
『なんかすっごい軽くとんでも発言してますが』
『いや、まって』
『リオン! 後ろ! 後ろ!』
「え……?」
まさか、と思いながら、ボクは振り返った。
そこにいたのは、十代中頃に見える少女。長い金髪に白いワンピースの少女で、とても綺麗な笑顔を浮かべていた。
当たり前だけど。ボクにこんな美少女の知り合いはいないし、そもそも部屋に入れた覚えがない。
「うわあああ!? なんだ!? なんだお前!」
「私は女神です。女神アスティ。あなたに一目惚れして、がんばっちゃいました!」
「がんばっちゃいました、じゃないよ! なんでこんな……というか、神様って人間の姿なの!?」
「え? いえ、これは作りました。あなたの引き出しにある薄い本を参考にして……」
「やめろおおおおお!」
『草』
『突然のホラーと思ったらいきなり性癖の暴露でお腹痛いwww』
『前触れもなく性癖をぶちまけられる配信者がいると聞いてw』
くそ、こいつら、他人事だと思って……! いや他人事なんだろうけどさ! でもまさかいきなり、そんな、ボクの趣味を暴露されるとは思わないじゃん! ばかなの!?
「ちなみに結構激しい内容……」
「言うなあああああ!」
『あかん腹痛いwww』
『そっか、リオンはそういう趣味かw』
思わず手元にある無線のマウスをぶん投げた。自称女神様はふわりと受け取ってしまったけど……。なんなんだこれ。本当になんなんだ。泣くぞこのやろう。
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