目撃証言(取材日時 2022/08/05)

 はい……

 そうなんです、あいつ配信するって言って。

 あの。それで、それで……




 すみません、少し動転していて。


 あいつ俺と同じ大学の友人なんですけど、動画配信サイトで心霊とかオカルトを扱ったチャンネルを運営してるんです。投稿を始めたのはけっこう最近らしいんですが、何かの動画がバズったようで登録者はそれなりにいました。それで夏季休暇中に、夏の特別ライブだかなんだかで心霊スポットに深夜実際に行って配信するそうで「いい場所どっか知らない?」って言われて。自分のチャンネルなんだから自分で調べろよと思いましたが、しつこくて。そのくせ「有名どころは他と被るからいやだ」とか「できるだけエグい噂とかある過激な場所がいい」とか色々注文をつけてきました。自分でも調べるとは言ってましたが……それで「分かった俺も調べてみるよ」ってその場で折れて、何日かした後あの山のこと話したんです。「首吊り死体の霊が出る」って。あいつは食いついてきて「もっと詳しく話してくれ」って言ってきました。

 俺は出来るだけ事細かに話しました。どんな見た目の人だったとか、どんな状態で死んでいたとか…会ってしまったらどうなるのかとか。あいつはもうすっかり興奮した様子で、もう行き先はソコで決定したようでした。一緒に来ないかと誘われましたが、さすがに断りました。何か起きようが起きまいが、深夜に山で過ごすなんてまっぴらごめんだったので。でも気にはなっていたし、あいつが■■山に行くって言っていた日は特に用事もなかったので、配信は見てやろうと思ったんです。チャンネルは知っていたというか教えられてたし、ご丁寧にメッセージで配信のURLまで送ってきてたので。その日の深夜。俺が画面を開いた時ちょうど配信が始まって、あいつはすでに現地に到着していました。最初はなんというか……いかにも「それらしい」キメた挨拶をして、それから「事前に告知してた通りなんだけど……」と続けて配信企画の概要とスケジュールを説明しだしました。あの山にどんな曰くがあって、どんな恐ろしい見た目の幽霊が出るかを、おどろおどろしく視聴者に伝えながら。そして、早速あの山を登り始めたんです。

 あいつ本人と配信の視聴者たちはもちろん「首吊り死体の幽霊」が出ないだろうか、出たらどうしようかと期待でハラハラドキドキしていている様子でした。歳は三十代で髪は肩上ボブの黒髪、白いワンピースを着ていて、山頂の広場にある木の一本の、横に大きく伸びた太い枝にロープを引っ掛けて死んでいた首吊り死体の霊が、画面のどこかに映らないだろうかと。俺は俺で「そんなものは出ないだろうけど、何かしら怖いことや変なことが起きたら面白いのにな」と思いつつ、その配信を見守っていました。道中は特に何も起きていなかったと思います。あいつは風か何かが出したであろう音や木々のざわめきに大袈裟に反応して、なんとか場の空気というか配信の雰囲気を白けさせないように努めていました。俺は途中から退屈になってきて配信を閉じようとも考えましたが、山頂に着くまでは見といてやろうかと思い、そのまま見てたんです。結局なにもおきなかった時、あいつがどんなリアクションするのかも少し気になりましたし。




 それで、山頂に着いたんです。
















 あったんです。






 首吊り死体。




 俺があいつに伝えた通りの、あいつが配信を見てる人らに伝えた通りの容姿の女性が、本当に山頂の広場にある木の横に伸びた枝に首を吊って死んでいたんです。首が不自然に伸びて、舌が口からだらんと垂れて。目が……飛び出そうなくらい見開いていて。画面に映った「それ」をみる限り、幽霊というより本物の死体に見えました。直接見たあいつや視聴者が驚愕していたのは言うまでもないんですが、誰よりも驚いていたのは俺でした。だって……











 あそこで首吊って死んだ人なんか、居ないんです。


 全部嘘なんです。あいつがあんまりにもしつこく頼んでくるから調べたものの、何にも見つからなくて。でも何か言わないとあいつがうるさいから、仕方なく近場のあんまり知名度がなさそうな山を探して話をでっちあげたんです。女性の見た目も全部作り話です。だから居るはずがないんです。存在しないんです、そんな死体。でも居たんです。百歩譲ってその日偶然自殺した人がいて、それを偶然見てしまったとして。それにしたって、その死体の見た目が自分がでっちあげた話に出てくる死体の見た目と全く同じなんて、ありえないじゃないですか。だから、信じられなくて……でも画面にはハッキリと映っていて。俺は固まってしまって画面から目が離せなくなりました。

 直接見てしまったあいつはというと、最初はあまりの出来事に声も出せず固まっていたようでした。無理もありません、誰だってそうなると思います。でもその後あいつは配信者としてそう振る舞おうとしたのか「本物」を見てしまっておかしくなったのか分かりませんが……急に走り出して、その死体の目の前にカメラを向けて、目の見開いた顔を間近に映したかと思えば……






 急に笑いだしたんです。




「え、マジ?え?居るんだけど。えっマジで居るんだけど!?へへっ……マジでヤバいって皆んな見てよマジでいるよ!?ほほ、ほ、ほんとにいるんだけど、は、ははっ……半端ないって見てよヤバいって……ぇへへへっえへへぇ」って。




 笑いつつ泣いていた、叫んでもいたというか。何かに取り憑かれたような、とにかく滅茶苦茶な喋り方になっていました。その間ずっと、あの首吊り死体の顔を目の前に捉えながら。配信のコメント欄も大混乱でした。同じように興奮しておかしくなったのか変なコメントする者、真面目に心配する者、あまりにも突然すぎてドッキリやヤラセを疑う者、様々でした。俺も画面に釘付けになってましたがハッと我にかえり、とにかく逃げて警察に通報しろと、あいつにコメントか気づかなければ直接電話しようとしました。ただ同じタイミングであいつも正気に戻ったようで、まだ興奮おさまらず過呼吸気味でしたが「とりあえず山降りよう」と叫んでカメラを死体から離して急いで山を下りはじめたんです。












 その時でした。


 あいつも、他の視聴者も気づいていませんでしたが。




 俺は見逃しませんでした。

 ハッキリと見えました。

 見てしまいました。




 あいつが死体からカメラを離して、下りの方向に振り返る瞬間。




 あの舌を垂らして目の見開いた、首吊り死体の顔が。
















 にやって、笑ったのを。






 あの後、すぐに配信は終わりました。

 あれから、あいつは警察に通報したんだと思います。


 ……俺ですか?してません。あいつがしてると思ったし、それにこんなこと警察に言ったって信じてもらえないでしょう。それより、あれは何だったんでしょうか。何度も言いますが、あそこで首吊り自殺した女性なんか居ません。少なくとも、俺は知りません。誰かに言いたくて聞いて欲しくて。なにか「そういうもの」を調べていたり情報を持っていたりする人と話せないかと思って色々検索してSNSアカウント漁ったりして。それで野口さんのことを知って、連絡したんです。翌日になって確認すると、あの配信のアーカイブは消えていました。あいつが消したのか運営から消されたのかは分かりませんが、消えていました。その後どうなったのかですか?それが……分からないんです。その……






 あいつと、連絡が取れないんです。


 いくらメッセージ送っても電話をかけても返ってこないんです。他の友人伝いに聞いてみても、全員「連絡がつかない」と言うんです。ただ……あんなものを見たあとで、誰とも口を利きたくないだけなのかもしれません。俺だってあの日とてもじゃないですが、眠れたものではありませんでした。もしかしたら警察に色々しつこく聞かれて、それどころじゃないのかもしれません。でも心配ですね。無事だといいのですが……今日はそっとしておいて、また次の日に連絡してみようと思います。たぶん近いうち新聞か何かしらで「死体が見つかった」って報道されると思います。もしかしたら、もうされているかも。いくら信じられなくても、ありえなくても、あるものはあるんですから。


 いや、そうじゃなかったら。











 俺たちは、本当に何を見たっていうんですか。

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