#3

「ごめん、部屋ぐちゃぐちゃで」


 翔太が入る間際に換気の為に窓を開け放った自室は、ビックリするぐらいの速さで冷気が占領していた。


「別にいいよ、急に来たの僕の方だし」


 徐に窓を閉める俺の後ろでツクツクと笑う翔太は勢いよく俺のベッドに腰掛けると、「あー」と意味不明な奇声を上げて倒れ込む。


「修也の匂いがする」


 さっきまでウダウダと過ごしていたベッドのブランケットに顔を埋めてはしゃぐ彼は、子犬のように潤んだ瞳で俺を見つめる。


 ──ヤバい、可愛い……。


「……そりゃ俺のベッドだし。ゲームやるんじゃねーの?」


 天然タラシの天才に思わずグッとくるも、男の姿ではどうすることも出来ず、雑念をもみ消すようにゲームの催促をした。


「うーん、もうちょいこのまま」


 グダグダと転がる翔太はブランケットに包まって狸寝入りを始め、俺は呆れ果ててベッドに上がってブランケットの端を引っ張り出す。


「やーめーろーよー」

「こっちの台詞だ」

「修也の部屋が汚いのが悪いんだろぉ」


 酷い理屈で文句を並べる彼に愛おしさを感じながらも、俺が行く時は必ず散らかっている翔太の部屋を思い出して「お前も汚ねぇだろ」と反論する。


 ──哀として行く時だけ、ちゃんと綺麗にしてるくせに。


 半分は嫉妬、もう半分は八つ当たり。


 口から滑りそうになる言葉が出ないように食いしばった俺は、「いい加減にしろ」とおふざけの過ぎる彼に吐き捨てた。


 俺が怒ったことに驚いたのか、一瞬目を丸くしてから「ごめん」と顔色を曇らせた翔太は、何かを決心したように咳払い一つすると、今まで見てきた中で一番真剣な表情で俺を見据える。


「でもさ、何で散らかってるか知ってる?」

「はぁ?……整理すんのが苦手だからだろ」


 突拍子もない質問に素っ頓狂な声が漏れ、俺は慌ててそれらしい言葉を探し平静を装う。


 その様子が面白かったのか、俺の腕を引っ張って自分に寄せた彼は悪戯っぽく「ハズレ」と口の端を吊り上げ、獣の様な瞳を細めると、妖艶な眼差しを俺の瞳孔に残す。


「……いつもこうやって、修也を抱き潰す妄想してっからだよ?」


 甘く甘く、それでもって刺々しい罠に掛けられた気分の俺は、「えっ……?」と空気に混ざるぐらい弱々しく言葉を投げると、鼻と鼻がぶつかりそうな距離に息を呑む。


「修也と哀ちゃんが入れ替わってることに気付いてないとでも思った?」


 意地の悪い問いかけに息を詰まらせた俺は、返す言葉を見つけられずにただ開いた口を当てもなく動かした。

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