#4
翔太に勧められてお邪魔した彼の部屋は、いつも俺が上がる時より小綺麗に片付けられている。
何度も来たことのある部屋なのに、哀の体になっただけでこんなにも新鮮に感じるだなんて……。
妙な興奮に体を震わせた俺は、この後どうすれば良いのか分からずに太腿を擦り合わせた。
「今日は静かなんだね……なんかあった?」
不思議そうに俺を見つめる翔太は労うように笑いかけると、「さっき虫が出たんだって?」と揶揄う。
「……まぁ……そうだね」
曖昧に答える事しか出来ない俺は自分の肩を抱いて小さくなると、いつもなら俺の方が高いくらいの目線が交わらずに翔太を見上げる。
「可愛い」
さらりと息を吐くように言葉を並べた彼は膝を折って俺と目線を合わせ、優しかったはずの瞳の奥に獣のような力強さを宿す。
その色に囚われて足が竦んだ俺の唇に躊躇いなく自身の唇を重ねた翔太は、啄むように何度もキスを繰り返して俺の頭を痺れさせる。
「ん……や……ぁ」
漏れた吐息を吸い込むように捩じ込まれた翔太の下が俺の前歯を優しくなぞり、哀よりも激しい舌使いに足の力が抜けてゆく。
「『嫌』じゃない……大好き、でしょ?」
男の俺では一生浴びることのないであろう言葉を易々と溢してゆく翔太は、俺の知らない『男』だった。
「大好き……」
彼に釣られて言葉を吐いた俺は早々に腰が砕け、翔太はそんな俺をお姫様みたいに掬い上げて静かにベッドへと向かう。
絵本の王子様が飛び出したような足取りにときめきつつも、毎度こうやって2人が情事を重ねている事が身をもって分からされたせいで、俺の心は小さな棘が何本も刺さったようにジワジワと痛む。
「今日さ、占いやったんだ」
ベッドに腰を掛けた翔太は膝の上に俺を乗せて後ろから包むように座ると、俺の肩に顎を乗せて耳元で囁く。
「……占い?」
焦ったい吐息に顔が熱くなる俺は、彼の顔から目を逸らしてわざとらしく聞き返す。
「そう……めっちゃ当たっててビックリした」
知ってる──とは口が裂けても答えられない俺は必死で「どういう感じに?」とはぐらかしてみせると、ははっと小気味の良い笑い声がすぐ近くで爆ぜる。
「全部だよ、ぜーんぶ……タロットの『塔』と『吊るされた男』、あと『世界』ってヤツが出たんだけどさ」
優しくて尚且つ低く艶を帯びてくぐもった声が鼓膜を犯し、抱きしめていた翔太の手に力が籠る。
「僕が一目惚れした事も、哀ちゃんと約束してちゃんと待ってた事も全部……これから先、僕らには幸せで完璧な未来が待ってるんだって!」
今まで聞いた中で一番幸せそうで、一番毒っぽいその声に「えっ?」と言葉を漏らした俺が振り返ろうとすると、彼は首筋を舌先で静かに撫でた。
「あっ……」
不意打ちに肩を上げた俺は理解が出来ないまま抱き締める翔太の腕を握ると、「煽るなって」と呟いて撫でた皮膚に犬歯を乗せて甘く喰む。
頭を麻痺させる彼の香りに痛覚さえも混乱し、俺は翔太の為されるがままに身を委ねる。
「しょぅ……たぁ?」
噛み跡を優しく吸い上げる彼に寄り掛かりながら情けない声で縋る俺は、もう『松田 修也』としての自尊心を捨てていた。
──どうせ叶わぬ恋ならば、今この時だけでも溺れていたい。
体の芯が酷く疼き、下腹部が幸せそうに痙攣するのを感じた俺は、抱えた翔太の腕に顔を擦り寄せる。
これが夢でも構わないと願い、運命の糸を手繰り寄せるように──。
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