【小説導入】過去作供養

@Uyu_T

【ハルが終わってイチから始める】1話


「あ、おかえりー。イチ!」


「え、葉留?なんで……」


「彼氏の家だもん。来たっていいでしょー?」


 そこにいたのは間違いなく葉留だった。姿かたちも声も雰囲気もあの頃のままだ。

 

 村瀬壱丸。26歳。社会人になってから4年経つ。今日も家の扉を開けると物が少ないワンルームの部屋が目に飛び込むはずだった。

 だが、今日は部屋の明かりがついていて、なんなら美味しそうな匂いすらする。違う部屋に帰ってきた違和感まであった。


「イチ、冷蔵庫の中少ないからちゃんとしたもの作れなかったけど」


「いやいや、ありがたいよ。お腹すいた」


 目の前の葉留に色々聞きたいことはある。葉留の言葉通り俺は彼氏だ。抱きしめたい気持ちも大きい。


 でもそれ以上に戸惑いも大きかった。


 何故、葉留がここにいるんだろう。


「とりあえず食べてよ。イチのためにつくったんだよ」


 ちいさな一人用のテーブルには一人分の晩ご飯。俺の分みたいだ。


「わかった」


 葉留の言葉にはご飯の後で話そう。という意思がこもっていた。

 

 カバンを置いてネクタイを緩める。いつもなら部屋着に着替えてからご飯を食べるが、今日は葉留がいる。後で着替えよう。


「あ、そっか。イチは先に着替えだったね。はい、これ」


 部屋着まで準備してくれていた。まるで俺の普段の段取りを知っているみたいだ。


「ありがと。着替えてくるから」


「べつにここでいいよ。私はイチの彼女だもん。気にしないよ」


「……じゃあいいけど」


 一部屋しかないこの家には着替えようと思えば廊下か風呂場かまで行かないとならない。葉留が気にしないなら別にいいだろう。その場でいつものジャージに着替える。


「というか、葉留こそその格好でいいのか?」


「私はこれしかないもん」


「……それは」


「だからイチのエプロン借りたよー」


 今の葉留の格好のまま料理したとは思えなかった。

 葉留がばーん。と効果音を自分で口にしながら俺のエプロンを掲げている。


「別に、汚れないんだけどね」


「葉留?」


「着替えたんならとりあえず食べてよ!冷めちゃう!」


「ああ」


 よくこれだけのおかずを作れたものだ。あの冷蔵庫にはほとんど何も無かっただろうに。

 葉留の対面に座る。目の前の葉留は感想を待っているようだ。


「いただきます」


 わかめと油揚げのお味噌汁を一口啜る。やわらかな味わいが身に染みる。


「美味しいよ。ありがとう葉留」


「よかったー。味見してないからね。経験上問題ないとはわかってても不安だったんだー」


「いや、作ったんなら味見はしておいてくれ」


「あははー」


 曖昧に笑って返事する葉留は悲しそうだった。その理由はわからない。


 だから箸を進めることにした。


「玉子焼きも美味しいよ」


「綺麗に焼けてるでしょー?」


「うん。懐かしい味だ」


 高校時代、葉留が持ってきた弁当を思い出した。玉子焼きが上手に出来たときはよく食べさせられたっけ。


 白ご飯はレトルトのものを温めてからお茶碗に移してくれたらしい。その気遣いが嬉しい。


 仕事で疲れていたのもあってすぐに食べ終わってしまった。目の前の葉留も満足そうだ。


「美味しかったよ。ありがとう」


「へへー。よかったー」


「……そろそろ聞いていい?」


「うん。いいよー」


「なんでここにいるの?」


「えー。イチの彼女だもん。彼氏の家に来るのって変なことじゃないでしょー?」


「ちがう。そうじゃなくて……」


 ここに。とは俺の家にという意味じゃない。


「葉留は……もう死んでいるだろ」


「あははー。お盆は過ぎたけど来ちゃったー」


 葉留は、俺の恋人は高校三年の夏に既に死んでいた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る