第4話 お誘い
これが気持ちいい事なのか、世間の皆がうっとりとするものなのか分からないまま、永遠にも思えたキスは突如として終わった。
放心している私の頭をポンと叩き、賢吾くんはまた本の続きに取りかかる。
留めていた息をゆっくりと吐いた頃、思いだしたようにジワジワと体温が高くなる。体が汗ばむのを感じ、手で顔を仰ぐ。
遠くなっていた街の喧騒が蘇り、私は現実に戻る。
そうだ。ここは小島くんの家。いつ誰が入ってくるか分からない。何事もなかったようにしないと。
私はスマホを取りだし、SNSを開く。
動転していて、いつもなら興味を持った投稿もスルーして、永遠に画面をスクロールしていた。
フォローしているインフルエンサーが流行のリップの新色を紹介している投稿を見て、ギョッとする。
(まるでキスの続きを催促しているみたい)
考えすぎだと分かっているけれど、必死になって画面をスクロールした。
そのあとどれぐらい経ったのか分からないけれど、私と賢吾くんはアパートを出て大学に向かった。
何事もなかったかのように会話をして外を歩いていると、まるでラブホテルで休憩したあとみたいな気持ちになった。……勿論、そんな経験はないけれど。
**
そのあとほどなくして、賢吾くんからメッセージがあった。
『週末、うちこない?』
たったそれだけの短い文面だけれど、読んだ瞬間ドキンッと胸が高鳴り、赤面、いや全身が火照った。
これは〝お誘い〟と考えてもいいのだろうか。
自室にいた私は、ベッドの上で正座をし、震える指でスマホをタップした。
『いく』
その後、夢見心地で平日の講義を受け、週末に向けて自分を整えた。
バイト先には家の関係で急用ができたと伝えた。ネットで検索していい匂いのシャンプーとコンディショナーを買う。ボディスクラブというのをしたら肌がツルツルになるらしく、それも買ってドラッグストアで買ったボディミルクで一生懸命保湿した。
とても面倒だけれど、賢吾くんが喜んでくれるなら喜んでケアできた。
同時に、今まで知らなかった女性らしいケアの方法を知ると、自分が女としてレベルアップできた気持ちになり、誇らしかった。
週末、私は精一杯の、けれどやりすぎないお洒落をして待ち合わせ場所へ向かった。
賢吾くんは一人暮らしをしていて、やはり大学近くの賃貸マンションで生活していた。
情報としては知っていても、実際にお邪魔するのは初めてだ。
マンション近くにあるコンビニまで行くと、雑誌コーナーで賢吾くんがスマホを見ている姿を見つけた。
(いた)
歩いてきて髪が乱れていないかチェックするより前に、賢吾くんが私に気づいて小さく微笑んだ。
「ちは。なんか買う?」
コンビニの外まで出てきた彼が、私に尋ねてくる。
「こんにちは。……じゃあ、飲み物でも買っていこうかな」
まだ暑くなる前だけれど、歩いて移動しているとじんわりと汗ばんでくる。
飲み物一本買うにも、賢吾くんにどう思われるかを気にして、ジュースはやめてお茶にしておいた。
彼の周りに彼女や女性がいる話は聞いていなかったけれど、何となくイメージで賢吾くんの側にいる女性は、甘いジュースよりノンシュガーのお茶を好みそうな気がしたからだ。
(そうだ。まだ彼女がいるのかも聞いてない。キャンパス内では女の影がなくても、私の知らない所で誰かとキスしてエッチしてるのかもしれない)
想像するだけで、胸の奥がジリジリと焼け付く。喉の奥に熱いボールを呑み込んだような心地になり、湧き起こる不安と嫉妬の衝動に駆られて、今この場で彼に問いただしたくなる。
でも我慢だ。私たちは今はまだ友達で、友達の延長でキスをした。
今日その続きがあるはずで、そのあとに彼女の有無をハッキリさせる。
〝そのあとに〟と思ったのは、ずっと想っていた賢吾くんと初体験を済ませたいという、いやらしい願望があったからだ。
レジの前に立ち、店員が商品をバーコードリーダーで読む。
スマホで電子決済したあと、シールを貼られたお茶のペットボトルを手に「お待たせ」と賢吾くんに微笑みかけた。
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