第2話 自覚した恋

「賢吾くんだっけ? いい匂いだね。何の香水使ってるの?」


 いきなり名前呼びしてしまい、馴れ馴れしいと思われないか心臓が早鐘を打った。


 我ながら、図々しいにも程がある。高校時代の私を知る、クラスの目立つ系がこの様子を見たら、「あいつ何調子乗ってるの?」と思われるだろう事必至だ。


 けれど私を知る者がいない環境にいるからこそ、自分でも訳の分からない勇気と行動力があった。これが〝大学デビュー〟の底力かもしれない。


 ドギマギしている私の前で、賢吾くんは小さく笑った。笑顔まで大人びている。


「いい匂い? ありがと」


 教えてくれたのは聞いた事のないブランドだったけれど、彼が好むものならあとで調べてみようと思った。


 清潔感のある香りで、彼が言った通り森の中と海辺を感じられるような匂いだ。ほんの少し温かみがあり、嗅いでいると気持ちが落ち着いてくる。


 今まで街中で女性が強く香らせている印象が強く、香水は臭いものと思っていた。


 けど単純な事に、好意を抱いた人がつけている香りなら……と思う自分がいた。


「失敗したらごめんね」


 会話を続けないと。そう思って、ゲームの話をする。


「俺こそ、落としたらごめん」


 笑い合って、もう〝知り合い〟ぐらいには慣れたかな? と思った。


「私、塩澤あかり」


「俺、高沢賢吾。……あ、さっき名前呼ばれたか。〝さわ〟一緒だね。俺は簡単なほう」


「そうなんだ。私は難しいほう」


 とりとめのない話だけれど、「一緒」と言われたのがとても嬉しかった。今までは何の変哲もない名字と思っていたけれど、生まれて初めてこの名字に感謝した。


 話している間もゲームは進み、座布団が迫って来た。


「あかり、いくよ」


 賢吾くんは照れくさそうに笑い、前に並んでいる人から座布団を受け取ったあと、ポンとその場でジャンプして私のほうを向いた。


「はい」


「わぁっ」


 膝と膝とで座布団を受け渡ししなければならず、勿論距離が近くなる。


 賢吾くんからは香水の匂いがフワッと漂い、彼自身の体臭もあるのか魅惑的に私の鼻腔をくすぐる。


 目の前にあの平らな胸板があり、賢吾くんが少し腕を動かせば、すっぽり抱き締められてしまいそうだ。


 全身の血が沸騰したように思え、顔が熱くなる。


 何とか座布団を受け取って後ろに並んでいた人に渡したけれど、心臓がバクバクして結局ゲームの勝敗がどうなったかなんて、まるで覚えていなかった。




**




 オリエンテーション合宿が終わったあと、履修する講義を決めて本格的に大学生活が始まった。


 高校生までのように決まった教室はないけれど、オリエンテーション合宿で一緒だった私や賢吾くんたちは同じクラスらしかった。


 だから一泊二日のオリエンテーションで仲よくなった者同士が「一緒に講義を受けよう」と誘い合い、友達になっていく。


 私は宿泊した時に話が合った女友達三人と、四人のグループを作り共に行動するようになった。


 大学は文京区にあり、地方からきた友達はその近くにアパートやマンションを借りている。


 大学の多い地帯だからか、アパートやマンションに住んでいる住人のほとんどが学生といっても過言ではない所もある。


 私たちは空きゴマができると、大学のすぐ近くに住んでいる小島くんの家にたむろする事が多くなった。


 十人ぐらいのグループの中に、賢吾くんもいた。


 一緒に過ごすグループの中には、クラスで目立っていた系のよく喋る男の子もいれば、見た目は目立たないけれど面白い事を言う男の子もいた。方言が強い人はちょっと弄られていて、可哀想だなと思いながらも私も彼のイントネーションを興味深く聞いていた。


 女の子の友達三人は、駅を挟んで隣にある大学のテニスサークルに入ると言い、私も誘われた。


 けれど私はバイトをしたかったのでその誘いを断り、バイト先に向かう時間まで小島くんのアパートでたわいもない話をしていた。


 家主である小島くんがいない時も、彼は鍵を開けていたので私たちは自由にアパートに出入りしていた。




 その日は、たまたまアパートに私と賢吾くんしかいない日だった。


「何読んでるの?」


 床の上に座り、ソファにもたれ掛かった私は、隣にいる賢吾くんに尋ねる。

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