第116話 熱意への返答
決勝戦が終わり、勝利者インタビュー。
「私は────」
ヴァイスとの白熱した勝負を制し、優勝者の権利を手に入れたフリージアがいったい誰に決闘を挑むのか注目が集まる。
ここまでの彼女らの死闘を見届けてきた俺としても、彼女が一体誰を指名するのかは気になるところではあるが、まあ挑む相手なんてのは大体分かり切っている。それは確実に彼女の隣にいる〈比類なき七剣〉のどちらかで、戦闘狂の彼女ならば最優の騎士と手合わせできるまたとないこんな機会を逃すはずがない。
……だと言うのに、何故か距離が離れているはずなのにしっかりとこちらを見て好戦的な笑みを浮かべる戦闘狂と目が合ってしまった俺は一瞬にして嫌な予感を覚える。
「────クレイム・ブラッドレイとの決闘を希望するわ!!」
「……は?」
結果的にその予感は的中し、対戦相手を高らかに宣言した眼下の少女はとても満足げに笑みを浮かべている。
────どうしてこうなった……いや、本当にマジで。
聞き間違いとかじゃないよな?
と言うか聞き間違いであってくれ。高らかに俺の名前を呼んだ戦闘狂は満足げだ。対して会場は俺含めて何が起きたのか理解できない。
「「「……」」」
明らかに困惑の沈黙が会場内に伝播する。
それもそのはずだ、誰もが彼女の口から発せられると思っていたこの国最強の称号を欲しいままにする〈比類なき七剣〉の二人ではなく、たかだか侯爵貴族……それもまだ魔剣学院に在学している世間から見れば無名の少年の名前がでてきたのだ。なんならこの情報をこの会場にいる人間がどれだけ把握していると言うのか……もう殆ど皆無と言ってもいいのではなかろうか。「え?誰それ???」と観客が困惑するのは当然である。
────ほら!今からでも遅くないからそのすぐ隣にいる最優の騎士の名前を呼びなさい! 本当にお願いだから!!
懇願するように依然としてこちらから視線を外す気配のない大バカに念を送るが届くはずもない。それどころか「速くこっちに来い」と言わんばかりに手を振ってくる。
「お兄様、呼ばれてますよ!」
「うん、呼ばれちゃってるね……」
「愛する婚約者の直々のご指名だ。早く行かないのかい、レイ?」
「面白がらんでください、殿下……」
両隣に座った愛する妹と殿下の二人は他人事(実際そう)のように早く行けと急き立ててくる。既にこの場にて俺に味方してくれる救世主は存在しない。本当に勘弁してくれ。
「え、えっとフリージアさん? そのクレイム・ブラッドレイと言うのは……?」
「私の婚約者よ!!」
「はぁ、婚約者……はるほど?」
ほら、微妙になった場の空気を持ちなおそうと気を使って司会者のお姉さんが困っているじゃないか。しかも自信満々に放った戦闘狂の説明は説明の体を為していない。多分、司会者さんが聞きたいのはそういうことではないと思うよ。
────人に迷惑を掛けちゃいけないよ、フリージアさん……。
「えーっと、とりあえずその人はこの会場にいるってことで間違いないんですよね?」
「ええ!」
「それじゃあ、クレイム?ブラッドレイさん?優勝者のフリージアさんからのご指名なので、できれば今すぐ出てきてもらっていいですかぁ?」
終いにはこんな催促をされてしまう。あの司会者、このままじゃどうにもならないと判断して御座なりになりやがった。ちゃんと自分の仕事には最後まで責任を持てよ。
目立ちたくないと言うのに大目立ちしてしまう。しかも出るのを渋れば渋るほど観客のストレスが溜まっていくオマケ付き。
「おーい、早く出てこーい」
「恥ずかしがってんのかぁ?」
「白けんだろーーーーー!」
────これマジで詰んでんじゃねえか……。
「はあ……」
仕方なく、大変、遺憾ながらも俺は席を立ち上がる。すると一瞬にして会場の視線が俺に突き刺さる。それだけでもう吐きそうだ。
「おうち帰りたい……」
切実に願うが、状況がそれを許してはくれない。こんなたくさんの人が集まる場所で生じた集団意識に反発できる程の度胸なんて俺にはないのだ。長いものには巻かれろってね。
「階段なんかいちいち下ってないで、一気にこっちに来なさいよレイ!!」
責めてもの抵抗としてゆっくりと眼下の戦闘地帯へと長い階段を下っているとそんなことを言われる。
喧しいったらありゃしない。こちとら予想外のご指名で相当気が動転しているんだ……と言うか、まだそっちに行くのが嫌なんだ。せめて、心の準備ぐらいさせろってんだ。
「注文の多い奴だなぁ……!!」
周囲も「そうだよ早く行けよ」みたいな視線を向けてくるのだから、なんだか腹が立ってきた。どうして俺が責められなければいけないのだ。「ノリの悪い奴だなぁ」と非難の目を向けられなければいけないのか。
────解せん!全くもって解せない!!
周りの反応が正しいと言うのならばもういっそのこと言う通りにしてやろう。言う通りにしてこの場がお通夜状態になっても俺は知らん。
────当方、そう言った
「ッ────!!」
階数的に言えば俺がいた場所は二階から三階へと昇る中腹当たり。そこから一気に飛び出して、ご所望通りに直通で眼下の戦闘地帯へと着地する。周囲の観客はまさか俺が本当にその場からいきなり下に飛ぶとは思っていなかったのか絶句して驚いてる。
「ははっ、ざまぁ」
それに気分が少しだけ空いて、次いで今回の大元凶である戦闘狂に半目を向けた。
「ご所望通りに来ましてけど……それで?誰と誰が決闘をするって?」
「私とレイよ!!」
質問された少女は爛々と瞳を輝かせて答えた。
やはりこの女、正気じゃないだろ。普通に狂っているだろ。どうしてこんな大舞台で、それもとても貴重な優勝権利を使ってまで俺と戦いと言っているんだろうか。俺と戦いたいからってこんな大掛かりなことをマジでするかね。
「どうしてそこまで……」
困惑する俺にフリージアは真っ直ぐにこちらを見つめて言った。
「本気で、レイと勝負したいからよ」
「────」
その瞳は、意思の強さはどこか覚えがあって、不意に脳裏に初めて彼女に決闘を申し込まれた日を思い出した。
────いや、昔から彼女はこうだったな。
それにフリージアと戦う必要がないからと言って、変に彼女との決闘を避けていたきらいもある。それは俺の変な言い訳であって、彼女には関係のない自分勝手な言い訳に過ぎない。それこそ、こんな大掛かりなことをしてまで、〈比類なき七剣〉との勝負を蹴ってまで俺を指名してきてるんだ、俺はその熱意に応じる必要がある。
「分かった。こんなことまでされたら俺も腹を括るしかない────」
「ッ……!!」
もう本当に周りの事などどうでもいい。ここにいるどれだけの人がこんな個人的な、一人のクソガキと一人のマセガキの勝負に興味を持っているかは分からない。けれど、そう言うのも全部ひっくるめて知ったことじゃあない。
今はただ、目の前の一人の少女と本気で────
「お前の指名を喜んでお受けしよう────やるからには本気だぞ、フリージア」
単純に、純粋に、己の欲望のままに剣を交えたい。
言ってしまえば、
「ええ、望むところよ!!」
血が昂ってきた。
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