第100話 先約
夏季休暇に入って今日で三日目。
この三日間で俺が理解したことは、やはり実家とは最強だと言うことである。飯は上手いし、身の回りの家事雑用に気を取られることもなく鍛錬に集中できる。それにすれ違うたびに泣かれたり叫ばれたり怯えらることが無いし、何よりいつでもアリスの様子を見守れることが大きかった。
学院生活に不自由を覚えているわけではないが、やはり周囲の反応は少なからず精神的負担があり、アリスに何かあった時に物理的な距離があると言うのは不安要素であった。夏季休暇の間とは言え、これらのストレスと不安が解消されるのは大きすぎる。
────おうち最高すぎる。
もうずっとこのままが良い、学院なんかに戻りとうない……。それでもまだ学院でやることがあるし、仮にやることが無くても強制送還されるのは目に見えてるので今この瞬間を全力で謳歌するしかない。現実は無常で残酷だね。
「三日目にして既に休暇の終わりを嘆くとこれ如何に……」
気が早すぎる不安は我ながら馬鹿げていると思う。それでもこの世に永遠不変な物事は存在せず、流れる時間に引っ張られるように変化していくのだ。だからこそ、今享受できている「当たり前」を噛みしめて、少しでも享受できるように努力するのだ。
そんな思考を巡らせる俺の隣で一緒に朝の鍛錬を終えた勇者殿は死にそうな声で呻く。
「俺は逆に学院が恋しいかも……」
「今日もしっかりボコボコにされたもんなぁ。流石の勇者殿も脳筋クソジジイの鍛錬に順応するのには時間がかかるか……」
「逆になんであんな滅茶苦茶な鍛錬を小さい頃のレイくんは平気で熟せていたのか不思議でならないよ……」
まるで異常者を見るような視線に俺はなんと返せばいいか迷う。言ってしまえば今の鍛錬も昔と比べれば優しくなったものであり────
「それはほら……アレだ、小さい子供って物覚えがいいよな……?」
多分そういうのだ。
「適当だなぁ……」
俺のはぐらかすような言葉にヴァイスは力なく笑って、項垂れる。
いかん、流石に今の発言は師匠として投げやりだった。そもそも、あの爺さんの鍛錬に逃げずについてこれてるだけで相当凄いのだ。落ち込むどころか、もっと自信を持つべきだ。
「俺も最初はヴァイスと同じく鍛錬に付いていけなかった……なんならもっと酷かった。だからそう自分を卑下することはない。寧ろ自信を持て、見どころが無ければ爺さんも相手に合わせた教え方をする。爺さんから見ればお前はまだ伸びしろの塊で、つい熱が入っちまうんだよ」
「そうなのかな……?」
「そうそう」
勇者殿は少しだけ表情を上げて、元気を取り戻す。あともう一押しと言うところで件の爺さんが背後から大声で笑いながら現れた。
「おいヴァイス!何をそんなにしょぼくれてんだ!今日は駐屯所に行って無限模擬戦をするんだから、朝飯は腹いっぱい食っとけよ!!」
「あいたッ!?……は、はい!!」
盛大に背中を叩かれてもだえるヴァイス。爺さんは爺さんでヴァイスの面倒を見始めてから随分と楽しそうだ。
「久しぶりにレイも行くか!?」
流れで爺さんは俺にも声をかけるが、俺は頭を振る。
「今日は先約があるからいかない。……あんまりゴードンさん達に迷惑かけるなよ……?」
「わーとるわい!」
快活に笑う師匠に俺は更に不安になる。この爺さん、本当に何をしでかすか分からないので心配だ。
────俺も休みの間に顔を出そう。
駐屯所の騎士たちには随分と世話やら迷惑をかけた。久しぶりに彼らと鍛錬をしたいのも事実であるし、暇を見て駐屯所に行くのも吝かではない。そんな話をしながら俺達は朝食を食べるべく、朝の鍛錬を切り上げて食堂へと足を延ばした。
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朝食を取り終えて、今日の午前と夕方までは鍛錬を休み城下町の方へと訪れることにしていた。
「お気をつけて行ってらっしゃいませ、またお時間になりましたらお迎えに上がります」
「ここまでありがとうロブ爺、行ってくるよ。アリス、しっかりと掴まってるんだぞ」
「はい、お兄様。ありがとうございました、ロブ爺」
馬車から降りて、本日の目的地まで送ってくれたロブ爺にもお礼を言う。そうして馬車が一度屋敷に戻るのを見送ってから俺達は城下町の中心に位置する大広場に向き直った。
「それじゃあ今日はとことんアリスに付き合うよ」
「はい!今日は行きたいところがたくさんあるんです、早速参りましょう!!」
俺の腕をぎゅっと掴んで、今すぐ飛び出したい欲求を我慢するアリス。その姿が何とも愛らしい。
────お兄ちゃん、ここが公共の場じゃなければ悶絶しちゃってるよ。
そう、御覧の通り本日の先約と言うのが正にこれ────アリスとの久しぶりのデートである。
「あはは、時間たっぷりとあるんだ。焦らずゆっくり行こう」
────やっば、めっちゃテンション上がってきた!!
言葉とは裏腹。はしゃぐ妹の姿に平静を装ってはいるが内心では彼女以上に俺の興奮は最高潮であった。
何せ、久しぶりの妹との外出である。まだ街に来たばかりであるがもう楽しい。しかも、他の使用人やフリージア達などの同行を遠慮してもらっての完全なお出かけである。これでテンションが上がらないバカはいない。
……なに、気持ち悪いだって?
知るか。周りに何と言われようとこれは列記としたデートであり、滅多にない兄弟水入らずのお出かけなのだ。俺は全力でこのデートを楽しませてもらう。学院生活で疲れ切った心身をいやすためには、やはり妹とのスキンシップが一番なのだ。やはりアリスしか勝たん。
「それで最初は何処に行くんだ?」
「今日の
目的地を尋ねるとアリスは露天商が軒を連ねる通りを指さした。それを認めて俺は頷く。
「よしきた。じゃあ行こうか」
「はい!!」
アリスに腕を引かれて行動開始である。
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