第89話 クソ女の処遇
世界を見下す〈七龍〉と聞いて、君は最初にどの龍が脳裏に浮かぶだろうか?
破壊の限りを尽くす暴虐の龍────〈影龍〉だろうか? それとも未来と過去を見透かし、全てを傍観する〈刻龍〉だろうか?
まあ、なんにしたって龍と言う生物はその正体や生態が全く未知の、正に研究家泣かせな生き物に変わりない。そんな龍について調べているとよくこんなことを聞かれる。
『龍って本当に七体もいるの?』『この世界に龍は七体しかいないの?』『どうして七体だけなの?』とね。確かに、これらの疑問はまったく尤もである。どれだけその姿を探そうと、突き詰めようとも、人のちっぽけな生涯をかけても龍に出会える確率なんてのは極めて少ない。
それは言い換えれば龍に出会うことなんてのはほぼ有り得ないということであり、彼らの眷属でさえそうそうお目に掛かれはしない。だからその存在を疑うのは別に、なんにも不思議な事ではないだろう。かくいう私も龍と面と向かって会ったことなんてないのだ。
私の場合はほんの一瞬だけ、空を優雅に飛び立つ姿を見た切りであり、いったいあの時見た龍がどの個体だったのかも分かっていない。それは傍から聞けば幻にしか思えない戯言だろう。
けれども、私は確かにあの時見たのである。
龍を、この眼で、ハッキリと!!
その時から私は龍と言う未知の生命に魅了されて、終ぞはこんな本を書くまでに至っている。そうしてこんな本が書けるくらいには知識を蓄えて、未来の同士に龍の事をほんの少しではあるが教示できる程には詳しくなったつもりでもある。それでも龍に関してはまだ不確定な事ばかりなので、全てを鵜吞みにして、信じ切らないでほしい。願わくば、私のこの本をボロクソにバカにして、否定できるほどの知識を持つ為のほんの少しの助力になればと思う。
さて、くだらない自分語りはこの辺にして、前述した質問に対する答え合わせをすると、この世界に龍はちゃんと七体いるし、この世界に龍と言う生命種は七体しかいない。
どうして見たこともない癖に断言できるのかって?
それは仮に八体目の龍がいたとしたら世界は確実にその存在を認知するからだ。龍とはそこに存在するだけで世界に影響を及ぼし、下等生物である私たちを破滅へも救いへも誘ってくれる。その存在に気が付けないほど世界は広くないし、私たち下等生物は鈍感ではいられない。だから、この世界には七体の龍しかいない。
それでは最後に述べた『どうして七体だけなの?』と言う疑問の答え合わをしよう。答えは至って単純だ。
それが世界を保つには丁度いい均衡だからである。
世界の至る所には龍によく似た生物が存在するが、けれどもそれらは何処まで行っても贋作である。魔物で言えば〈
どういうことかと言うと、世界を見下す七体の龍にはそれぞれ世界の理を制御する役割があるのだと────思う。
例えば、〈影龍〉や〈刻龍〉はとても分かりやすい。この二体はそれぞれ世界になくてはならない二つの概念の名を冠する龍であり。その実、〈ドラグニルの古文書〉には七龍はその名に関する権能を扱うとも記されていた。
今、世界を騒がしている迷宮とも龍は切っても切り離せない関係だと思うのだ。
突如として世界の奥深くからその存在を現した迷宮は〈地龍〉が作り出したのではと私は考えている。
次の章からはこの〈地龍〉と迷宮の関係性について、私なりの考察と実際の研究結果をもとに詳しく話していきたいと思う。
龍博士────グレイブル・ニューゲート著 『龍と世界の繋がり』冒頭より抜粋
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漸く閲覧が可能になった龍に関する書物だったが、開いて一頁目が謎の言語であったときは早々に詰みを確信した。
しかしながら、藁にも縋るような思いで他の二冊にも目を通してみれば最後の一冊だけは俺達でも何とか読むことのできる言語で書かれていた。その時の俺達の感動と言えば筆舌には尽くし難い。
「疲れた……」
それでもその本はかなり前の文献らしく、一つの章を読むのだけで半日を優に消費してしまった。
普段から本を読むことのない俺とフリージアには少し本の内容が難解すぎる。これは定期的に書庫へと通って本を解読する必要があるだろう。
────並行してあの謎言語も調べなきゃな……。
「はあ……」
やはり、やることは山積みだ。図書館の帰り道、深いため息を吐いていると結局最後まで一緒に本を読んでいたフリージアが不意に足を止める。
「どうした?」
「あれ」
「あれ……?」
突然の事に首を傾げると彼女は並木道の脇木を指差した。何事かと注視してみれば────
「ッ……!!」
不自然に草木が揺れ、咄嗟に木の陰に身を隠す見覚えのある女生徒の影を捉えた。
「はぁ……」
それを見つけた瞬間に俺は酷く後悔する。【迷宮踏破】以降、全く姿を見せなくなったクソ女である。
────見なかったことにしよう。
俺は即座に判断を下して、歩き始めようとする。が、件のクソ女はそんな俺の反応を見て、意を決したように目の前に立ちはだかった。
なんだこの女、こっちが見たら隠れたから見て見ぬふりをしてやったのに結局出てくるのかよ……。
「あ、あの……!」
今にも泣きだしそうな声に俺は自然と嫌気がさす。一見、か弱い女生徒に思えるが騙されてはいけない。何せこいつの中身はどす黒く、一度では飽き足らず二度目の人生でも俺を殺そうとしてきた女だ。いくらこいつの血統魔法が今回は効かないとはいえ、決してこの女を前に油断なんてしてはならない。
「はあ……なんのようだ?」
「ど、どうして私を助けてくれたんですか?」
再びため息を吐いて要件を尋ねると、眼前の女は困惑した様子で尋ねてくる。
質問を質問で返すな……と思わないでもないが、この女からすればどうして自分が今も平然と学院に通えているのか不思議でならないだろう。本来ならばあの騒動でこいつの身分は割れ、それ相応の罰を────具体的に言えば学院を去り、牢獄にぶち込まれるはずだったのだ。けれどそんな自業自得な不幸は訪れない。
何故か?
そんなの俺が意図的に話さなかったからで、この女もそれに気が付いて、わざわざ俺のところまでその理由を尋ねに来たのだろう。それならば俺の前に突然現れたことは我慢しよう。俺もこいつに用があると言えば、あったのだ。
「何を勘違いしてるんだ。俺はお前を助けたつもりはない」
「……え???」
ちょうどいいからそのふざけた誤解も解くことにする。間抜けな声を零したクソ女を無視して俺は言葉を続ける。
「お前が身分を偽った帝国の間者で、タイラス・アーネル同様に俺を暗殺しようとしていたのは理解した。そうしてお前らの親玉が〈影龍〉だってこともな。そして今回、俺の暗殺が失敗したことを考えるにお前、帝国に捨てられそうなんだろ?」
「ど、どうしてそれを……!!?」
図星とばかりに驚くクソ女。予想通り過ぎて何の面白みもないな。別にこんなの少し考えれば分かることだった。
────いや、考えるまでもなくこの必死な様子を見れば一目瞭然だな。
「どうして俺がこの前の事情聴取で、お前の事を話さなかったのか。それはお前にはまだ利用価値があると思ったからだ。俺としては別に本当の事を話して、お前がこのままどこで野垂れ死のうと知ったこっちゃないが、今までさんざん迷惑をかけてきたんだ。落とし前はつけねぇとなぁ?」
「……」
顔面蒼白になるクソ女。度々の発言から分かる通り、この女は生き意地がとても汚いのだ。自分が生き残れるのならば何でもする。だからこうして俺の前に現れて、今も自分が生き残る道を模索しようとしている。これを利用しない手はない。
「なあに、安心しろ。俺は帝国や国の司法と違って堅苦しくない。ちゃんと役割を果たせば殺しはしない────」
「ほ、ほんとうですか?」
「ああ、だから選べ」
縋るようなクソ女に分かりやすい餌を吊るす。救いの手を差し伸べられたような気分だろうが……残念。結局ここも地獄でした。
これでは本当に悪役みたいだが……そんなの知ったことではない。
「このまま野垂れ死ぬか。それとも帝国を裏切って、俺の手足となって帝国を欺くか。選択は二つに一つだ」
「あ、あなたを選べば私は助かり……ますか? もう、一人ぼっちにはならない? す、捨てられない?」
「ああ。意外と俺は身内には優しいんだ。俺を選んだ暁にはお前のことは絶対に俺が守ってやるよ。例え、その相手が〈龍〉であろうとな」
「ッ!!」
この女には計り知れない利用価値がある。それも宿敵である〈影龍〉の居場所を突き止めるためにはこれ以上にない駒だ。
「な、なります!私の身も心、何もかも全て捧げて、あなたのモノになります! だから私を捨てないで!!」
「いや、別にそこまでは……」
なんだか急に飛躍したクソ女の誓いの言葉を訂正しようにも、この女、全然話を聞かない。それどころかどんどん様子がおかしくなっているような……?
「ま、まあいいや……なら役に立て、ひとまずはそうだな。今回で失った信用回復の為に、まずはお前の雇い主に適当な虚偽の報告をしろ。俺を篭絡したとか重要な情報を手に入れたとかな。文言は何でもいい、そうして信用を回復したのちに〈影龍〉の情報を探るんだ。いいな?」
「分かりました!!」
これで一気に〈影龍〉と帝国の関係を深く探ることができる。
────一度目とは立場が逆になったな。
何とも皮肉なことだろうか。けれども俺をこのクソ女と一緒にしてもらわないでほしい。今、俺がこいつに言ったことは何一つ嘘偽りはないし、しっかりと約束は守る。俺は義理堅い男なのだ。
こうして、一連の騒動は一端の幕を下ろす。しかし、運命はまだ加速している最中であり、龍を殺すにはまだまだ課題は山積みである。
~第三章 昇級決闘編 閉幕~
――――――――
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